明け渡さない魂と文体

言葉を表現するとき、自分ではない誰かを感じる人生。
自分の言葉に対する離人感。

常に、みんなと同じような言葉を使えているかどうか、「間違った言葉」を使っていないかと自分を圧するものがあった。
言葉に対する自分の不能感。

そんな生き方はもう終わりだ。
言葉自体は「間違っていてもいい」。
今ある言葉もいつかは過去の古語となる。
そんなものに拘る必要はない。
人の使う言葉が「正当な言葉」であった瞬間などないのだ。

自分の言葉で話す権利は魂が保証する。
自分だけの文体が魂の現れとなる。




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