12月いっぱいで退職すると決めたのでこの仕事をするのもあと2ヶ月。 と言っても有給を消化するので実際出勤するのは数える程度しかない。 7月に病院に行ってから今日まで何だかんだあっという間だった。 7月中はまだ安定せず早退してしまったり、薬の副作用で身体に異変が出てしまったりもしたが今は落ち着いている。 もちろん薬も変更してもらった。 辞めると決めて居たのもあるが、休職せずに有給消化だけでここまで来れた自分を褒めたい。 そして何より、理解のある上司と同僚たちが私が無理なく出
正直に言おう 私はこの一文が好きじゃない!!! というのもだ。これも正直に言うが私の最愛の最推しはグループ内での人気が低い方なのだ。 というかこんな事を言ってしまうのはどうかと思うが一番低い。 好きなメンバーのグッズだけを買えるものであれば問題ないのだが、どうしても避けられないのがランダムグッズの存在である。 そこで交換募集となったときの文句に出てくるのがタイトルの一文『難しいとは思いますが交換お願いします』だ。 いや難しいって何!?そのメンバーを推してるファンに対
前回「前に居た営業所は残業が60〜80時間が当たり前だった」と書いたがそのときのことについて振り返ってみる。 いつ振り返ってもあの時の私は今よりも正気じゃ無かった。というか多分鬱だった。 私は高卒で今の会社に就職した。最初に配属されたのは社内でも1、2番目に忙しいとされる営業所。 最初は仕事を覚えるのに苦労しミスをする事もあったが、同期含め営業所の人間関係は良好で忙しくても毎日が楽しかった。 また部活が忙しくバイトもしてこなかったタイプなので、自分の自由に使える給料を貰え
そう思う日が続いた6月。 何故急にそうなったのかは分からない。むしろその前までは仕事楽しい!サービス業大好き!とさえ思っていた。 しかしながら5月末に推し活を控えてたのもあり徳を積まなきゃ!全てのお客様の要望に応えなきゃ!!他の社員さんが仕事しやすいようにもっと私が頑張らなきゃ!!と思い、気付かないうちに自分を追い込んでしまっていたんだと思う。 残業は月20時間ほどだったが以前居た営業所では残業が月60時間〜80時間が当たり前だったこともあり、こんなのまだまだ!と思って
その日は土曜日。 私はいつもの如く仕事をこなしていた。 バタついたお盆期間中にできなかった仕事を多めに終わらせておくぞ!と意気込んでいた。 午後3時前。 事務作業ばかりだったため睡魔との戦いが始まりかけていたその時だった。 いつぶりだろうか、交流サイトで推しの怒涛の返信大会が始まったのである。 返信大会?という人に説明するとXのような感覚でメンバーもファンも文章や画像を自由に投稿できる交流サイトがある。 そしてたまにメンバーがそれに対して返信をくれる事があるのだ。 私の推
私の推しはアイドル。 アイドルは表のキラキラした部分だけをファンにお届けするプロフェッショナル。 何かに抜かれない限りプライベートを知ることは難しいだろう。 というか、芸能人は私生活を垣間見せることはあってもどんな家で生活しているか、どこに行ったかを大々的に見せてくることは少ない。そう思っていた。 なぜなら実際に私が推してきた芸能人はそういった人が多かったから。 だが彼は違った YouTubeでとある日の一日を大公開 これは昨年の12月。私の推しが初のソロアルバムをリ
2021年 少しずつ彼について調べることは増えていったものの『嵐が活動休止したばかりなのにこんなにすぐ他に目を向けてしまうのはどうなのか』という気持ちが私の中にあり調べることについては抑えていた。 はずだった。 推しの魅力 本当に調べれば調べるほど魅力が出てくる。 BTSのリーダー、*ラップ担当、身長181cm、IQ148、英語が堪能、小さな頃の夢は詩人であり現在はBTSの多くの曲の作詞・作曲に携わる。 (*BTSはラップ担当3人とボーカル担当4人で構成されています)
はじめに 私はK-POPはおろか韓国文化に触れることはほとんど無かった。 理由は明確で母が嫌韓だったからだ。 テレビにアイドルが出ていてもすぐに番組を変えられていたので見る機会なんて無かったし私も見ようとは思っていなかった。 食わず嫌いをしていた。 そんな私が韓国アイドルにハマるとは── 出会う前まで 考えてみれば物心ついた時から2次元3次元問わずに推しがいた。 私は常に推しが居ないとダメなタイプの人間なのである。 今の推しに出会う前までの数年間は嵐の大野担だった。