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【応援団】「応援団」と「応援歌好き」

こんにちは、サク来です。

今回は応援団内における、応援歌作成者についてお話ししていきたいと思います。


応援歌だけ作る団員


応援団に入る人は、大きく分けて二つのタイプがあるとサク来は考えています。
その「チームが好きな人」と「応援することが好きな人」の二つです。
多くの場合、応援団を続けていくとこのどちらもがより高いレベルへと上がっていき、応援に特化した眼差しを会得するようになります。

独立リーグの応援団を見ていると、団員の中には応援歌を作るだけの方がいらっしゃいます。
シーズン中に現場には参加せずオフに応援歌を作成されている場合が多く見受けられます。
そしてこのいわゆる応援歌好きはチーム愛や応援好きの特徴には当てはまらない、応援歌を応援ではなく音楽として捉えている人特有の行動をとります。
例えば、

  • 鳴り物演奏を無視した曲の構成(ブレスが不可能、複雑で運指が困難な譜面)

  • 鳴り物よりYouTubeにアップロードする音源に標準を定めたメロディ

  • いわゆる応援歌投稿者がアップロードした動画に「作成したものです!!ありがとうございます」とコメントを残す


などなど。

最前線のレベルで活動する応援団からすると、理解し難い行動をとるケースはいくつも見られています。


応援歌は実際に目で見て作るべき


21シーズンの火の国サラマン隊では応援歌投稿者や外部の方に応援歌を提供してもらうスタイルを取りました。
これは当時応援歌についてのノウハウを持っていなかったサラマン隊が、複数の方に作詞作曲を依頼したからでした(現在隊員となったshoさんも当時は外部の人間でした)。
多くの応援歌はその歌詞やメロディから「名曲」などと呼ばれることとなり、サラマン隊の知名度は少しずつ上がっていった記憶があります。

確かにゼロから1を積み上げる過程、このような話題を作ることは応援団をアピールする意味では成功だったと言えます。
しかし長い目で見ようすると、果たしてあれはどうだった一回冷静な眼差しから判断する必要があります。
その中で当時と全く異なる観念として、選手への理解力が出てきました。

松本陽雅選手の応援歌で考えてみると、「フェンス超える」や「驚天動地のアーチ」などおおよそ松本陽雅選手のプレースタイルを知る人からすれば違和感しか覚えないフレーズが出てきます。
この違和感は初年度を戦い抜いたサラマン隊内でも覚え始めていたそうで、当時のzono隊長が歌詞の変更を決定しました(後から聞けば作者に無断で変更していたというが、それはまた別の話)。


以前の応援歌カテゴリーでも書きましたが、応援歌はその選手をよく理解した
人間:現地での活動を行う人間が作成するべきだと考えています。
実際にその目で確かめないとわからない選手の特徴/本質は、人から聞いた情報・インターネットで得た情報より素晴らしいものです。
安直に出身地や複雑なコード進行を取り込んだ応援歌も、所詮は子供騙しでしかありません。

サク来は、応援歌だけしか活動しない団員のものより、最前線で活動する団員が作る応援歌の方が、選手をより映えさせると考えます。
いくらインターネットで知り得た難しい語句を盛り込んでも、本質まで飾られることはありません。

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