見出し画像

【全曲解説】Lianne La Havas『Lianne La Havas』②

満を持して5年振りのリリースとなるセルフタイトルアルバム『Lianne La Havas』全曲解説が遂に始動です。前述の通りデジタルリリース版は10+2つのボーナストラックを加えた全12トラック収録。毎回4曲ずつの計3回を予定していますが結果暴走して4回、5回と延びていく可能性も排除できません。あしからずご了承下さい。

M-1 Bittersweet

アルバムに先立ちリリースされたリード曲のフル尺版。Colorsでいち早く披露されました。補足説明すると、楽曲の大枠は去る50年前リリースのIssac Hayes「Medley: Ike's Rap III / Your Love Is So Doggone Good」。ディテールのみならず歌詞の世界観もオーバーラップする部分が随所にあり興味深い。歌い継がれ、語り継がれる音楽。先述の「奥行き」が意味するところ。

前作『Blood』を思い起こせば、Paul Epworthプロデュース「Unstoppable」で幕が開けました。先頭打者ホームラン以外の何物でもありません。主宰の独自統計では、アルバムタイトルを模した楽曲は得てしてアルバムの中腹に並べられる例が多い。しかしお構いなし、1曲目から決定打を食らわせようという力強いメッセージを感じる。ちなみに超主観です。

もしセルフタイトル以外に別案を考えるとすれば迷わずこの楽曲を選ぶことでしょう。黒い絵の具が筆洗いバケツを一色に染め上げるかのような、高い浸透力を持った楽曲。シングルカット1曲目を飾るにふさわしい充実度。5年待った甲斐がありました。本当にごちそうさまでした。お茶碗に白飯を盛り直したところに2品目が運び込まれてきます。

M-2 Read My Mind

「心を読む」ではなく「テレパシー」と意訳したほうが正確かもしれません。移ろいやすい人間の心を表現するかのようなコード進行の暗中模索感/不時着感、それでいて絶妙な収まりの良さ。その秘密とは。作品全体のテーマである「自然と植物のライフサイクル」と照らし合わせつつ極私的考察を深めてまいります。

「風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に」から始まるのは「徒然草」の26段。『Blood』制作時最も早く完成し、作品全体のモチーフとなった楽曲ははからずも「Tokyo」でした。ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸のちょうど中間、しばしば心の距離を表す「記号」として楽曲に用いられるケースは少なくない。日本固有の精神世界/輪廻思想がスパイスとなることもしばしば。

冒頭述べた「不安定ながらもどこか収まりの良さがある」楽曲のフォーマットは、そうした東洋的形式美に通ずる部分が随所にある。花道かあるいは茶の湯か。実家の洋室で聞いた後、場所を和室に移して再度聞き直してみましたが楽曲の印象は見事に180度変わりました。楽曲の行間が紡ぎ出す侘び寂びの数々、騙されたと思ってどうか是非。

M-3 Green Papaya

まさか楽曲解説の為にパパイヤをGoogle検索することになるとは。前作収録の「Green & Gold」からも推察できるように、トロピカルフルーツの名産地・南アフリカの風景を思い浮かべ描き出された楽曲では、というのが主宰の読み筋。イギリス旧植民地。とはいえ氏の出自に関わる過度なメタ考察はできる限り控えたい所存ですのでこのくらいにしまして。

まだ3曲目というのに、もはやアルバム全体が壮大な組曲となっている印象。改めて音楽史に残る名作であることを実感。しかも前作『Blood』から続く自身のルーツを深堀りする姿勢、換言すれば自己との対話がさらに密度を増す様が克明に記録された逸作だと思います。MJの「Human Nature」を彷彿とさせるようなNo Border感、優しく力強く響くアンセムソング。

多年生植物ながら、茎が弱くうまく雨風を凌げない。つまり繁殖力の高さに反し生産力に乏しい食物の象徴。これらのファクターを「自然と植物のライフサイクル」に焦点を当てた本作の理解にどう取り込むか。人は強さと弱さとを持ち合わせ、確実さと曖昧さとの間をたゆたう生き物。一見地味に聞こえるかもわかりませんが、本当に多種多様な解釈が成り立つ楽曲ですよ。

M-4 Can't Fight

先行シングル3曲目。唐突ですが、中学英語の参考書が手元に残っている方は是非傍らに置き、主宰の独演会を聞いて下さい。つまりWon't Fightではなく「Can't Fight」としたところが意義深い。ちょっとした言葉選びにも敏感。強い打ち消しのニュアンスWill Notと不可能のニュアンスCan Notとの違い。明確な意思を持ち争うことを避けた主人公の真意を、どう読み解くか。

Indie R&BやNu Discoの名手として名高い、鬼才Mura Masaプロデュース。10年代に円熟期を迎えた両ジャンルがLianne La Havasの音楽性に見事帰結。最初期の名曲「Elusive」や「Is Your Love Big Enough?」の面影を残しつつも着実にアップデートされる、伸びやかで軽やかな裏打ち主体のギターリフ。まさにフォークとソウルの中間、ボキャブラ天国的に言えばシブ知。

トップシンバルの鳴らないモーダルなドラムパターンに、70s風のフィールあるいは打ち込みサウンドのような宅録感も同居している。さりげなく花を添えるコーラスワークにも、アナログテープに音を重ねていた当時の質感が漂っている。先に挙げた2曲の歌詞はサブリミナル的に散りばめられておりもはや過去の自分さえもサンプリング対象。あらゆる点において隙なし。



この記事が参加している募集

私の勝負曲

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?