壇ノ浦で平家が勝てなかった理由なんてとっくに『平家物語』の中に書いてあった(雑兵の目で見る源平合戦その1)
『鎌倉殿の13人』のひどさにあきれたのがきっかけで、
ドラマじゃない歴史番組を見るようになった。
そして分かったのは、
ドキュメンタリーも、ドラマと、けっきょく同じだということだ。
はじめにストーリーを立てて構想する。
そのストーリーが、偏っていない保証はない。
以前ここにいったん挙げた記事で、じつは削除したものが1本ある。
末尾でNHKの大河タイアップと目される歴史番組をお勧めしてしまったのだが、その後お勧めしたことを後悔したのが、削除の理由の一つだ。
「歴史探偵『源平合戦 壇の浦の戦い』」。 ※「壇の浦」は原文ママ
ほぼ同じ内容を特番「決戦!源平の戦い」でもやっていた。
この2つを見て、ひじょうにもやもやしたことがあるのだ。
今日は思いきって、そのもやもやを書いてしまおうと思う。
再現ドラマの俳優さん(平知盛役)の顔が同じことからもおわかりのように、内容的にかぶっていた。「歴史探偵」が45分、特番が120分なので、前者が後者のダイジェスト版という形。
なので、おもに特番のほうにそって話をしていこうと思う。
平家敗北の理由の「新解釈」?
特番「決戦!源平の戦い」であつかわれた壇ノ浦パートの内容は、だいたい以下のとおりだ。
すなわち、
平家が負けた理由は、従来
旧説1:合戦の途中で潮流が反転し、平家有利から源氏有利に転じたため
旧説2:義経が(卑怯にも)(非戦闘員である)船の漕ぎ手たちを射殺させたため
この二つだと言われてきたが、
コンピュータによるデータ解析で、新事実が判明。
新事実(1):当日(1185年4月25日)、潮流の反転はなかった。
新事実(2):そのかわり、対岸で「還流」が発生していた。
渦を巻き、岸の方へ向かう海水の流れだ。
そこで、新説。
新説1:潮流は反転しなかったが、「還流」が発生し、
新説2:義経が(卑怯にも)(非戦闘員である)船の漕ぎ手たちを射殺させたため、←旧説のまま
新説3:漕ぎ手を失った平家軍の船が岸に向かって流され、そこで待ちかまえていた源氏の援軍(大将は義経の兄、範頼)に矢を射かけられて沈められた。
とりあえずこの段階で言っておくと、
2も旧説のままだが3もべつに「新説」じゃない。岸から矢を射かけたって、もともと『平家物語』に書いてあることだよね。
義経のとった作戦がそもそも卑怯だったかどうかについては、
次回書く。
今回は
「還流」+「漕ぎ手射殺」+「岸辺の源氏軍」の3つが重なって平家は負けた
という、NHK大阪局の出してきた「新解釈」についてだけ考えてみる。
論理的に正しいかどうかということをだ。
AIでシミュレーションなんかするから間違う
ごくごくシンプルな論理思考をしてみる。
「還流」+「漕ぎ手射殺」+「岸辺の源氏軍」の3つが重なって平家は負けた
というNHK大阪局の新説が「論理的に」正しければ、
この3つのどれかが欠けてさえいれば、平家は負けなかった
ということになる。
この中で、該当するのは、一つだけだと私は思う。
3だ。岸辺の源氏軍。
これがなければ、あるいは平家に望みはあったかもしれない。
あとの二つ、とくに還流は、たぶんどうでもいい。
なくても大した影響はなかったと思う。
ちょっと考えてみてほしい。かりに平家の船が岸に向かって流されても、岸から攻撃してくる範頼軍に反撃すればいい。射られたら射返せばいいだけの話じゃないか。
それができなかったということだ。
なぜ。
射返す矢が、もうなかった。
矢種[やだね]が、尽きたんじゃないのか。
『平家物語』を読んでいるとくりかえし出てくる。合戦シーンではかならず出てくる。
「やがて矢種も尽きぬれば」
「矢種のあるほど射尽くして」
NHK大阪局の特番では、AIによる戦闘シミュレーションなるものが公開されていた。ディスプレイ上に壇ノ浦の海図。源平両軍の船がグッピーみたいなサイズ感でちりばめられている。はるか上空から俯瞰している感じだ。
プログラムを動かすと、源氏グッピーと平家グッピーそれぞれからピコピコ光線が出て、相手方に当たる。それを見つつプロの研究者さんたちがのんびりとコメントする。
「あーどんどんやられてますねー」
私も思った。
「うわーやられてるー」
「いいなあ、AIは。好きなだけ矢が使えて」
コンピュータでシミュレーションなんかするから間違うんじゃないのか。
リアルな矢は、モノだ。数に限りがある。
基本、一人24本だそうだ。(川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ』24頁)
前々から気になっていた。義経の戦い方だ。
一ノ谷でも屋島でも速攻、スピードで攻めに攻めるのが定番の彼が、
壇ノ浦に限ってはそれをしない。
先に猛攻をかけるのは知盛率いる平家軍のほうだ。
これを、Wikipediaでさえ「海戦に慣れない坂東武者の源氏軍」を平家軍が押して優勢に立った、なんて書いてしまっているけど、大丈夫か? いまさら何言ってるって話だ。屋島に上陸した時点から源氏軍の船を動かしているのは現地でリクルートした瀬戸内の水軍だ。プロだ。坂東武者ではない。
私は、義経が持久戦にもちこんだ可能性があると思う。
前半は耐えて、後半、反撃に転じた。
その「今だ! これなら勝てる」という見極めの時が、潮流の反転ではなかったのなら、あと考えられるのは一つしかない。
平家軍の矢のストックが、底を尽くのを待ったんじゃないのか。
私はスポーツができない。すがすがしいほどの運動オンチだ。動体視力と反射神経もなまくらだからバトルゲームも苦手。まして武術なんて言ったら、居合道の一日体験教室でおっかなびっくり模擬刀を振らせてもらった経験があるだけだ。
だけど、演劇なんていうものをやっている。だから知っている。
舞台上で使えるのは、人が舞台に持ちこんだモノだけだ。
例えば「手紙を破り捨てる」なんてシーンが台本にあったら、ステージの回数だけ、破り捨てられるべき手紙をいちいち用意して、破り捨てる役の俳優にちゃんと持たせなくてはならない。
だから気がついた。コンピュータの画面上でピコピコ無限に放たれる光線、あの違和感に。
矢はデジタル光線じゃない。1本使えば1本減る。そのうちゼロになる。
平家は自分たちが勝てないと知っていた
『平家物語』はあくまでフィクションだから、その言葉のすべてをうのみにすることはできない。
でも、前回も書いたように、壇ノ浦で開戦前に平知盛は言う。
「いくさは今日をかぎりなり」
「名将勇士といえども、運命尽きぬれば力およばず」
知盛はこの時点で、今日、勝てないことを知っている。
そこ、大事だ。ひじょうに大事だ。
だから泣けるんじゃないか。
なぜ、知っている?
「還流」の知識があった?
義経の「卑怯な」作戦や、阿波水軍の寝返りもコミコミ? まさか。
違うだろう。
物資の不足。そこじゃないのか。
この点はWikipediaにもちゃんと書いてある。
「(平家方は)兵糧や兵器の補充もままならない状況であった」
みんなどうして合戦当日の作戦や運不運ばっかり言うんだろうと思う。そんなの戦争のごく一部だ。演劇で言ったら本番の舞台。違う。そうじゃない。
それまでの、何カ月かの時間、どう備えるか。
それが明暗を分ける。
四月二十五日の朝の、知盛はじめ平家の人々の胸のうちを想像するだけで、苦しくなる。
どんな作戦を立てようと、どんなに勇敢に戦おうと——
まわりの陸地、ほぼ源氏に押さえられているのだ。
逃げ場がない。モノの補給もできない。
逆に言えば、源氏側だってただノリだけで突っこんでいったわけじゃない。もともと圧倒的に平家の支配下にあった関西・九州に乗りこんでいって、時間をかけて味方に引きこんでここまで来た。武力制圧もネゴシエーションも両方あっただろう。とにかく必死だったはずだ。
壇ノ浦はウィンブルドンじゃない。知盛と義経ふたりだけの一騎打ちではない。
ましてコンピュータゲームの光線ピコピコではない。
何千何万という兵が、一人ずつ、一本ずつ、弓を引いて矢を放ったのだ。
ドラマでもドキュメンタリーでも、歴史小説でも、下手するとまじめな研究書でも、その目線がすっぽり抜けていることが多すぎる気がする。
私が源平の世に転生して合戦に参加したとしたら、まちがいなく義経にはなれない。知盛にもなれない。無理無理。雑兵に決まっている。
いまこの文章を読んでくれている貴方も、いったん知盛と義経を忘れて、雑兵の気もちになってみてくれませんか。
矢筒にね、矢を入れて船に乗りこむんですよ。24本。
いや、はじめから24本はもう持たせてもらえないかも。10本くらいしかないかも。足りなくて。
で、かりに途中で自分が殺されなかったとして——
(私なんか開戦と同時に敵の矢がぶちっと刺さって死にそうだが、とりあえず)
早送りして、矢をだいたい使っちゃったあたりから想像してみてください。
カウントダウンですよ。
あと3本。
あと2本。
あと1本。
「やがて矢種も尽きぬれば」
『平家物語』が書かれた文章としてまとめられるはるか前に、
すでに一般の人々のあいだに口伝えで物語が広まっていたはずだ、という説を私は信じる。(兵藤裕己『平家物語の読み方』)
兵藤先生によると、語り伝えた人たちのなかには、じっさいに戦闘に参加して生き残った兵がいたはずだという。
そこだ。
勝てないと知っていて、平家のために最後の1本まで矢を射続けた、名もない人たち。
『平家物語』が私たちをわしづかみにし、泣かせるのは、このリアリティーだ。
このリアルな感覚を置き去りにして、
AIでシミュレーションして、何の「真実」をつかんだつもりでいるのか。
平家が負けたのは、還流だの潮流だののせいではない。
義経の「卑怯な」作戦のせいでもない。
まして、運命ではない。
矢が、尽きたのだ。
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