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あなたのことを、つれづれに No.1

No.1 住友さん

 京都市街から北に向かい、比叡山を右手に望む大学には、住友さんの研究室がある。研究棟の階段を上って重い扉を開けた先は、本で埋まった壁面と「お~どうしたんや」と、にこにこと学生を迎えてくれる住友さんがいる。

 住友さんとは十数年前のAO入学制度で出会い、入学後、AOで知り合った学生たちと自然に住友さんの研究室=住研(すみけん)に集まるようになっていた。知ってる顔も知らない顔も、朝から晩までいつも誰かがそこにいた。住友さんが講義や会議で不在のときも大体研究室の鍵は開いていて、レポートや卒論で唸る学生が留守を預かっていた。
 知らない顔は、すぐに知ってる顔になる。それは先輩や後輩だったり、他学科の学生や院生だったりしたけれど、住研で顔を合わせるうちになんとなく挨拶するようになり、話をしたりごはんを食べたりするような関係を築いていった。

 6畳ワンルームの一人暮らしが身に応えるときは、講義がなくても大学に行きふらりと住研に顔を出す。先客がいたら研究室のお菓子をつまみながら、課題やゲームに読んだ本のこと、恋愛談義や人生論と語る話題はどこまでも広がり、扉が開いてまた別の学生がその輪に加わった。住友さんがパソコンに向かっているときは、サーバーからコーヒーを淹れて壁面の本棚から目についた本を選び、椅子に座ってぱらぱらめくる。そうしていると誰かが研究室を訪れたり、手の空いた住友さんが「何かあったんか~?」と声をかけてくれたりした。

東に「朝から飴しか食べてへん~」と言う学生がいれば、食堂に連れていきごはんを食べさせ、
西に「卒論書けません…」とうなだれる学生がいれば、つまずいた部分まで付き合ってやり、
南に「家庭がしんどいねん」という学生がいれば、とことん話を聴いてやり、
北に「住研にロフト作って住みこみましょー!」という学生がいれば、いやや!と却下する。

 住友さんは、そんな先生だ。

 住研にいつも温かい「家」みたいな空気が流れているのは、住友さんが研究室の「お父さん」でいてくれるからだ。ゼミ生はもちろん、他ゼミの学生やOBまで、学生(元・学生)たちが住研の扉を開けるのは、そこが自分の存在を否定されず、受け入れてもらえる場所だと嗅覚で知っているからだ。
「しんどいときは、食べて眠る。それだけでええねん」
 今でも困ったときは、住友さんのこの言葉を思い出す。教員も職員も学生も人格的平等主義のもと、役職で呼び合わない大学の慣習で住友さん、と呼んでいるが、住友さんは私の恩師の住友先生である。住友さんが資格課程の部門長となり住友ゼミはなくなったが、今でも住研には学生たちが集まって、研究室からはたこ焼きのいい匂いが漂っているに違いない。

(2021.1.1 左京ゆり)

住友剛
京都精華大学人文学部教員(※)
共通教育機構 資格課程部門長
専門分野/教育学・子ども支援論
※ 2021年4月から国際文化学部になる予定

※この記事は自分のWebサイトからnoteに転載したものです。記載内容は2021年時点のものとなります。

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