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あなたのことを、つれづれに No.3

No.3 もりす

「鏡よ鏡、世界で一番かわいい男の子はだぁれ?」

 もしもこんな風に問いかけられて、私が魔法の鏡なら「それはもりす」と答えたい。記憶の中のもりすはいつも笑顔で、それは彼が描く絵と同じで太陽みたいな温度を感じさせた。
 もりすとの出会いのきっかけは、今ではもう記憶がおぼろげだ。友人が紹介してくれた気もするし、大学祭で初めて言葉を交わしたのかもしれない。だけど、独特のゆったりとした京都弁でにこにこと話す彼を初対面から「かわいいな。こんな男の子もいるんだな」と思ったことだけは覚えている。

 大学は外部講師を招いてさまざまな公開講座を開催している。二回生の秋、私は友人とある講座に参加して、その場にもりすもいた。それはシルク・ドゥ・ソレイユのメンバーたちが講師を務める講座で、私たちはそこで知り合ったメンバーを通じて、キダム東京公演の舞台裏を見学できることになった。

 年明けすぐの1月、もりす、友人、私の三人は青春18きっぷで京都から東京へ向かった。朝6時に出発して鈍行列車を乗り継ぐ9時間弱の道中、米原、豊橋、浜松、静岡、熱海、と流れゆく車窓の景色は変わっても、私たちは始終笑いっぱなしだった。早起きで寝不足気味のテンションとこれから目にする舞台裏への期待が相まって、見知らぬ土地を走る列車の見知らぬ誰かの日常に紛れこんだ非日常を三人とも深く吸いこんでいた。代々木競技場に到着した私たちは、公演前の舞台裏に満ちた緊張と和やかさを、そして魔法にかけられたようなテントの舞台を胸を躍らせながら観た。
 今、振り返ると舞台の高揚感とともに、通勤時間と重なったぎゅうぎゅうの車内でも品川に近づいてへとへとになった頃でも、変顔を披露するもりすに友人が笑い、冬の窓から差しこむ陽だまりのように温かい二人との列車内の景色を思い出す。 


「あんなぁ。この前、好きな人に冷たくされてん。悲しかったぁ」

 その日もりすは笑っていたけれど、少しだけ陰りが見えた。こんなにかわいい男の子にも冷たい態度を取る人がいるのか、と半ば驚きながら、一方で恋愛のもどかしさは誰もが抱えているんだよな、と思い直す。もりすの笑顔は小春日和みたいにいつも周囲の空気をぽかぽかと温めてくれていた。その笑顔に他の色が混ざりそうなときも、彼は自らの意思でそれを消していたのかもしれない。
 ふとした瞬間に彼のこの言葉と大学の石畳を思い出し、その度にもりすが今、曇りなく笑っていてくれたらいいと遠い空の下で願う。

 もりすが暮らす英国は今、三度目のロックダウンの最中だ。世界中からこの感染症の波が消え去り、人びとがまたふらりと空の旅を楽しめるようになった暁には、ロンドンっ子にも旅先の日本人にも愛されるKoyaで讃岐うどんを食べながらもりすの笑顔に会いたい。

(2021.3.1 左京ゆり)

もりす
京都市出身・ロンドン在住
Koya勤務・イラストレーター

※この記事は自分のWebサイトからnoteに転載したものです。記載内容は2021年時点のものとなります。

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