マガジンのカバー画像

55
ショートショート、瞬間の切り取りが多いです。 お花や空の写真を眺めるだけでも…楽しんでいただけますと幸いです。
運営しているクリエイター

#イラスト

『夏のはじまり』

あなたとこっそり 二人で出かけた日の 夢を見た 知り合いのいない 海を目指した 電車の旅 地元を離れて五つ目の駅で 手を繋いで 九つ目の駅の通過待ちで サイダーを一本買い足して 一緒に飲んだ バスに乗り換え 後ろから二つ目の席で あなたの肩に頭を預けて 眺めた景色は 白く眩しかった 海に着く 大きな声で 互いの下の名前を呼びながら 波打ち際で足を濡らし遊んだ お昼前には空腹に負けて コンビニで買っていった おにぎりを 一口ずつ交換こした 「おかかも  なかなか

『知らない空』

今にも降り出しそうな風が 半袖のブラウスをひやりと撫でる なんとなく今日は ミルクの甘さで温まりたい 「一緒に飲む?」 狭い路地で 蓋を開ける 先に飲んだ君の吐息は 柔らかな笑みと溶け合って 私の一口目をさらに甘くする 車が来たのか 思いがけず 肩を抱き寄せられた 君越しに見えた知らない空に 不安と期待が入り混じる ふわりと漂う 同じ香りを頼りに 目の前の胸元に 頭を預ける 君の優しさが 白く じんわりと 私を包み込んでくれた #詩 #散文 #イラスト #恋

『音の記憶』

君が私の名前を呼んだ 苗字ではなく 名前の方を呼び捨てで 戸締りを終えた薄暗い 二人きりの教室で お返しに 君を名前で呼んでみた 精一杯の呼び捨てで 「悪くないね。」 どことなく照れを隠した返事は 少し熱を帯びていて 耳の奥がこそばゆかった #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト

『カフェオレ』

いつもは砂糖も入れない君が 珍しく買ったホットドリンク 「一緒に飲む?」 狭い路地で 蓋を開ける 甘党の僕と 同じ香りをまとう 君の唇 カフェオレ色の吐息を 独り占めしたくて 車を避ける素振りで 思わず抱き寄せた肩は か弱くて 切なかった #詩 #散文 #イラスト #カフェオレ

『手紙』

"桜が咲いてた!" "今朝は暑い…" "「天高く」ってこういう空?" "風で耳が痛い" 退屈だった授業中に こっそり交換していた手紙には 君といた四季が 残されていました 古びた便箋の薄くなった文字を 光にかざすと 君のぬくもりを 思い出しました #詩 #散文 #イラスト #手紙

『遠回りのその先で』

卒業してから一度だけ 君を見かけた事がある 仕事帰りの深夜バス 信号待ちの坂の途中で 聞き覚えのある苗字が 耳に飛び込む 思わず振り返ると 楽しそうな酔っ払いが二人 先輩らしき女の人が 君の頭を撫でまわして 会社の愚痴を溢している "明日もちゃんと来てくださいよ" 君は慣れた口調でなだめながら 降車ボタンを押した 一瞬目が合った気がして 僕は慌てて前に向き直る "ちゃんとお家まで帰ってくださいね あと、明日本当にちゃんと…" 絡まれつつも 去り際まで彼女を気

『橙色の』

線路の向こう 西の空に 一日を終えた太陽が 速度を上げて沈んでいく 「ピザまん買ってこ!」 同じ空を眺めて歩いていた君は 急に思いついたのか 私の手を取り 走り出す どちらも意外にせっかちで だけど毎日そばにいる また明日も 会えますように #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト #夕日

『交差点』

もう繋がることもない 声 指先 心 それでもまだ見ぬ未来の交差点で すれ違う事があるのなら あなたは気づかなくていい 忘れることを諦めた私に 気づかず通り過ぎて欲しい あの晩 共に見上げた星達が どうかあなたの足元を照らして ただただ何処かで幸せに 誰かと生きていて欲しい #詩 #散文 #恋愛 #イラスト #星

『紅い稲妻』

「これ、交換こしない?」 証書の筒の下に置かれた 君の宝物に 初めて触れる 伸ばし始めた後ろ髪も 血色の良い頬や唇も 君ごとぐるりと巻いていた 暖かそうな 真紅のマフラー 君は目を瞬かせ 視線をはずした 戸惑うのも無理はない 少し間をおき そろりと細い手が伸びてくる 「じゃあ、これと。」 君は名札でもボタンでもなく 詰襟のクラス章に指を当てた 「これ?同じの付けてるのに。」 「うん、同じクラスで過ごせた  記念に。あと…」 指先はすっと横に移動し 僕の首元

『重なる熱』

いつものベンチ。 ふと、小指同士が触れる。 びくっと手を戻す君。 僕は動かない。 気にはなったが、問題はない。 いくらでも待てるから。 今度は僕の手の甲に、 君の手のひらが重なった。 少し震えている。 「大丈夫?」 君は真下を見たまま、頷く。 重なった分だけ、 少し強くなれた気がした。 僕は手首を返して、 君の手のひらを迎え入れる。 そろりと指の付け根を広げると、 君が指をおろしてくれた。 閉じ込めた体温を逃がさないように、 今度は深めに、君を受け入れる。 指

『遠回り』

夕闇の街。 私の家も、君の家も通り過ぎて。 他より安い自販機で、 なんとも言えない味の メロンソーダを買う。 新緑で満たされた小さな神社の、 錆びたベンチで 空を見上げて。 あと5センチ身長が欲しいとか、 じゃあカフェオレ買った方が 良かったんじゃないかとか。 今日でなくてもいい話。 それでも。 今、この時間、この場所で、 君の隣で話していたい この気持ち。 近道なしのこの気持ち。 #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト

『ダイヤモンド』

今もなお鮮やかで、 差し込む光は眩し過ぎて。 揺れるままに 大好きな人。 5年、 10年。 跳ねて、笑って、 私の中で反射している。 君があの日のままなのは、 もう思い出になっているから。 柔らかな時は、硬く、硬く 閉じ込めたままに。 #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト #思い出 #創作

『青の記憶』

『青の記憶』 車のおもちゃ、洋服、空、海。 僕は青色が好きだった。 青に合う色は、白だけだと思っていた。 空の雲も、海の砂浜も、 ブレザーの中のワイシャツも、 みんな白だったから。 いつものように僕は、 真っ白な画用紙に、 青い絵の具で空を描く。 不意に隣に現れた君が、 カラフルなパレットを差し出してきた。 黄緑、茶色、オレンジに水色。 君の視線を追って、なんとなく僕は 桃色をひとすくい、筆に取る。 君も同じように、その色を拾う。 心の端には、まだ抵抗がある。

『白バージョン』

「この花、ピンクバージョンもあるよね。」 連休前の帰り道 歩道橋脇の駐車場 君が指差す足元に 真ん丸な黄色と細やかな 無数の白い花びら達が 互いに寄り添い ゆったりと 夕暮れの風に揺れていた 「じゃあこの子達は、  白バージョンだね。」 私の答えに君は微笑み こくんと小さく頷いた いくつかの春が過ぎたけど そんな会話が忘れられず 今も昔も私のなかで その花の名は"白バージョン" #詩 #散文 #創作 #イラスト #花