刀ミュの思惑と、来鶴の未来

岡宮来夢くんという人は、大変に運の強い人です。まあ、その、パライソはあんなことになってしまったわけですが。コロナには世界中が酷い目に遭っているので、岡宮くんだけが運が悪いわけではないですね。

運がいい、というのは「ちょうどいい時と場所にいた」ということでもあります。

私は若いころ、ある仕事で契約職員として働いていました。その職場は女性を正職員にするのに消極的で、男性はどんどん採用されていくのに、女性は1年ごと更新のまま。だから、数年たつと辞めていきます。

ところがあるとき、管轄官庁から指導が入ったんですよ、男女の正職員の比率について。それで、上の方では慌てて何人か女性を昇格させました。私は三年目で「お手頃」だったんでしょうね。その枠に入ることができました。以前辞めていった人たちと、資格も能力も同等だったのですから、運が良かったとしか言えません。

脱線しましたが、岡宮くんもそういうところがあったのではと思います。

刀ミュは、新たな「顔」を必要としていました。加州や三日月といった、発足当初からのスターが離れて…とは言わないけれど、出演しなくなっていますよね。三日月に匹敵するスターといえば、もう一振り、平安刀で人気の高いキャラがいる。鶴丸国永。おそらく、「刀ミュに出してほしい男士」として、アンケートでもよく名前が挙がっていたことでしょう。

問題は、すでに刀ステには二人の鶴丸がいて、しかも人気を博していること。後追いのミュ鶴丸は、圧倒的に不利です。ステージの二人を超えるような役者、探せばいないことはないだろうけれど、知名度も芸歴もある人気俳優が2.5に出てくれて、しかも続けてくれるかといえば…ねえ?

私は刀ミュが好きだけれど、世間の認知がどんなものかは、テレビでの扱いを見たらわかりますから。

で、芸歴まあまあのそこそこイケメンを連れてきたって、ステの鶴丸には勝てそうもない。「だったらいっそ、ずぶの新人を」という発想になったのではないでしょうか。

葵咲に鶴丸を出そうと考えた時点で、運営は次の布石も考えていたはず。そう、歌合の判者です。

三日月が出ないなら、鶴丸がそれにふさわしい。そしてもう一作、主演をさせたい。そうすると、1年にわたってスケジュールをがっちり抑えることになります。売れっ子では無理でしょう。そして、無名の新人の方が当たったときインパクトはでかい。うまくいかなかったときも、言い訳がたつ…。

思惑というより、オトナの事情が透けてみえますね。

もうひとつ、若くて認知度の低い俳優を欲したのは、歌合のためかとも思いました。

鶴丸の立ち位置は判者(はんざ)、歌合を主導し勝敗を決する役です。歌合の真の姿は、顕現の神事でした。つまり、判者は祭主でもある。ならば、講師(こうじ=歌の披露役)は、じつは憑坐童(よりましわらわ)だったのではないでしょうか。講師に今剣と堀川を当てたのは、実年齢はともかく、二人の姿が「少年」だからだと思うのです。

古来、怖ろしいことに、祭主がそのまま神事の生贄となることもあったと言います。ですから祭主は、穢れなき若者であるべきなのです。小狐丸や石切丸に祭主をさせなかったのは、彼らには純潔を連想させる「稚さ」がないからでしょう。

岡宮くんが実際に純潔かどうかはどうでもいいことで、そのたたずまいに新鮮さと清らかさが感じられたらOKなのです。実際、歌合の神事の場で中心に立つ鶴丸は、メイクも葵咲のときとは異なり、人ならぬ美しさと永遠の若さを具現して、神々しくさえありました。紅組にも青組にも与さない立場ゆえの、純白の浄衣とあいまって、本当に生贄にされてしまいそうで、ちょっと怖かったです。

運営側は探していました。芸歴の浅い、まっさらな若者を。歌が上手いことは必須です。ソロを任せられるだけの実力があってほしい。そしておそらくステージとの差別化をはかるため、ミュ鶴の個性を「ギャップ」と定めた。

新人に、ステージの鶴丸たちを凌駕する殺陣や演技の上手さは、さすがに期待できません。それより、顔立ちが男くさくないこと、むしろ可愛い、少女のような容貌であることが望まれました。オーディションで、岡宮くんの姿を見、声を聴いたとき、審査員は「この子なら鶴丸になれる」と確信したことでしょう。

「こんな逸材、どうしてこれまで埋もれてたの」

岡宮くんのデビューを受けて、そんな言葉がTLを賑わしました。たぶん、鶴丸役に求められた「ギャップ」が、岡宮くんを干していたと思うのです。

たとえば、書類審査で「可愛い系だね。この役に向いてそう」となって、オーディションに呼ばれる。しかし、しゃべると、顔に似合わない太い声で、「ごめん、ちょっとイメージと違う」と撥ねられてしまう。そんなことが、何度もあったのではないでしょうか。

外見と中身にギャップがあることこそが求められた、鶴丸役のオーディションは、岡宮来夢という新人俳優にとって、最大のチャンスだったわけです。

すでに鶴丸として踏み出した今、歌が上手いこと、天然の可愛さがあること、すなおな努力家であること、スキャンダルを起こしそうにないことwが、芸能界に広く知られています。

鶴丸役のあとも、きっとどこかから声がかかるでしょう。ストレートプレイだと、せっかくの歌の実力が活かされないし、彼の歌い方はアイドル向きではないので、やはりミュージカルでこそ輝く存在かと思います。


なんてことをノタノタ書いているうちに、岡宮くんは次のステップに進んでいました。所属事務所の若手男優で構成される「青山表参道X」を、今月いっぱいで「卒業」するそうです。いわゆる「ピン」でやっていける目算が立ったからでしょう。もしかすると、すでに刀ミュ以外から、何らかのオファーが来ているのかもしれません。

昨年の今ごろ、まもなく始まる「葵咲本紀」の稽古を前に、岡宮くんは緊張と不安と、目のくらむような栄光の予感に震えていたことでしょう。夢は、現実のものとなりました。これから先、いくつもの舞台、いくつもの新たな役があなたを待っているのです。

どんなに成功しても、遠くまで歩いていっても、いつまでも鶴さんを忘れないでほしいな。岡宮来夢を世にしらしめた、付喪神のほほえみを、どうか心にとどめておいてくださいね。

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