断髪小説「姉妹」
私とお姉ちゃんは似ていない。
お姉ちゃんは美人でスタイルが良くなんでもできる。しかも性格も良い。街に行けば芸能界にスカウトされることなんてザラだったし、芸能人に間違えられたこともある。しかも勉強もスポーツもでき、誰もが聞いたことのある大学を卒業し、一流企業に就職した。
それに反して私はブスでチビでデブ。しかもド近眼。成績はいつも中の下、彼氏いない歴=年齢。高校卒業後2浪したが滑り止めにすら受からず。将来やりたいことも特になく親の嘆きも聞き飽きて、大学進学は諦め、近くの工場で週4日アルバイトをする日々だ。
『お姉ちゃんと似てないね』何千回何万回言われたか分からないセリフ。
だけど私はお姉ちゃんと仲が良い。
私はお姉ちゃんのことが好きだ。
意外だって?
お姉ちゃんを羨ましいと思うことはもちろんあったが、彼女は自分が美人なことを鼻にかけたりしない。何より不美人な私を憐まない人は、世界中でただ一人、お姉ちゃんだけだったんだ。
だから私はお姉ちゃんが好きなのだ。
そんなお姉ちゃんは、就職してから一人暮らしを始めた。しかし私の住む実家とは同じ沿線にあるため、私はちょくちょくお姉ちゃんのマンションに遊びに行っていた。
それはむしろ、お姉ちゃんが望んだことなのだ。
お姉ちゃんちでは、だいたいお姉ちゃんのグチを聞くのが私の役目。
お姉ちゃんが仕事で新規の契約を取ると、「枕営業した」とウワサされる。
お姉ちゃんとしては実力を認めてもらいたいのに、外見で判断されるのが悔しいと漏らす。
また、付き合っている彼氏に「綺麗だ」と言われれば言われるほど、これから先、出産したり年齢を重ねたりして容姿が変化しても、この人は自分を好きでいてくれるのだろうかと不安になるそうだ。
美人がゆえの悩みだった。
だからこそ友人なんかに相談した日には、美人なのを鼻にかけてと言われるに決まってる。
お姉ちゃんが誰にも話せない悩みを、唯一打ち明けることができるのは、妹である私なのだ。
そう、お姉ちゃんにとっても、私が世界でただ一人の存在なのだった。
「変な髪型にしてみたらいいじゃん」
美形なことを悩むお姉ちゃんにそう言ったことには深い意味はなく、単なる思いつきだった。
髪型を変えるのは手軽だし、髪はまた伸びる。でもインパクトは、ある。
私の何気ない一言に、お姉ちゃんは「それいいね!」と瞳を輝かせた。
続けて、「みっちゃんが切ってよ」と言った。みっちゃんとは、私のことである。
「無理だよ!」
「だってみっちゃん、自分の髪、自分で切ってるんでしょう?」
私はクセ毛で剛毛。しかも美容にも恋愛にも興味のないオッサン女子である。
「お姉ちゃんみたいなサラサラヘアは切ったことないよ!」
「失敗してもいいから!」
ほんとに無理、みっちゃんが切って、としばらく押し問答していたが、美容院に行ったって無難な髪型にしかならないもん・・・、と呟いたお姉ちゃんの言葉が決め手となり、私は何も言い返せなくなってしまった。
次の日曜日に散髪屋さんしよう、と約束してその日はお姉ちゃんと別れた。
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約束の日曜日。
一応ネットでヘアカットの知識を学んだが、うまくできる自信は皆無だった。そんな私とは正反対に、妙に浮かれてるお姉ちゃん・・・。
「ドラッグストアと電器屋さんで道具揃えてきたよー」と散髪道具を並べ始めるお姉ちゃん。
「電器屋?」
「ほら」
「ぎょえ!」
かわいらしく微笑むお姉ちゃんの両手には、家庭用バリカンが抱えられていた。お姉ちゃんの本気を見た・・・。
お風呂場へ行き、張り切るお姉ちゃんにカットクロスを巻きながら聞いた。
「どれぐらい切る?」
「短く。首出るくらい」
だからバリカンか。納得する私。
「このくらい?」とお姉ちゃんのアゴあたりの髪を指で挟む。
「ん、みっちゃんに任せる。とにかくイメージ変えてほしい!」
と、難しいオーダーが入ったのだった。
私はお姉ちゃんのサイドの髪を束にして持ち、思い切って耳たぶの下でハサミを閉じた。胸の上まであった髪がバサッと床に落ちた。
お姉ちゃんは、ハッとして正面の鏡を見つめる。
これまでこんな短い髪にしたことはないはずだ。ちょっと動揺しているお姉ちゃんを見て、私はなぜか嬉しくなってきた。
最初の一刀はおそるおそるだったが、だんだん大胆になっていった。
ザクザクと長い髪をザンバラに切り落としていく。後ろ髪は、お姉ちゃんの希望通り襟足ギリギリで切って首を丸出しにした。あっという間にお姉ちゃんのサラサラヘアはザンギリのオカッパ頭になってしまった。
「なんか頭が軽い・・・」お姉ちゃんは呆けたような顔で言う。
髪を霧吹きで濡らし、毛先を耳たぶが見える位置で切り揃えていった。左右がなかなか揃わなくて調整しているうちに、耳が半分露出するまで短くなってしまった。
後ろ髪は、サイドと同じ高さで切り揃えた。そしていよいよバリカンを使うことにした。せっかくお姉ちゃんが用意したんだから使わなくちゃね。
アタッチメントがよくわからず、使いやすそうなのを付けて襟足にザクッと入れてみたら、一瞬で白い肌が露出してしまった。
あぁぁぁヤバい!と思ったが後の祭り。どうあがいても自分でやるしかなかったので、耳の真ん中から下の髪を全て同じ長さで刈り上げた。お姉ちゃんの頭半分は肌色になってしまった・・・
ふとお姉ちゃんを見ると、不安そうに、でも優しく微笑みながら私を見つめていた。お姉ちゃんはあたふたする妹を見て、自分の置かれている状態をうっすら察知していると思われる。
お姉ちゃん・・・こんな状態にあっても私を気遣ってくれるなんて天使すぎる・・・
後ろはアレだけど、前髪はまだ難を逃れていた。そこだけがやけに洗練された感じがしてアンバランスに見えたので、やはり前髪も切ることにした。
まっすぐ前にといて、横からハサミを入れる。眉下でまっすぐ揃えたが、『イメージ変えてほしい』というお姉ちゃんのセリフが頭をよぎり、おでこの真ん中でザクッと切ってしまった。ジョキジョキと、眉のはるか上ラインで切り揃えた。
「ど、どう?」顔についた髪をはらってやって聞いた。
「うわぁ・・・思い切ったね」お姉ちゃんはそう言いながら前髪を押さえて笑った。
「後ろはどうなってるの?みっちゃん、あの時おかしかったじゃん」お姉ちゃんが魅惑の笑みを張り付けた顔で聞いてくる。
「あ・・・怒らない約束だよね」
「うん、怒らない怒らない」おそるおそる手鏡を差し出すと、お姉ちゃんはそれを受け取り、正面の鏡に後ろ姿を映した。
「うわぁぁぁ!」お姉ちゃんは目を見開いてジョリジョリになった襟足を触っている。そして「やだー。ほんとにイメージ変わっちゃったー!」とケラケラ笑いだした。
「怒ってない?」
「怒らないよ!ありがとね、みっちゃん。上手じゃない、後ろ以外は。アッハッハ」
こうして姉妹の散髪屋さんごっこは無事!?終わったのだった。
見事なオカッパ頭になったお姉ちゃんは、ちょっとだけブスになった。元がいいから、ちょっとだけだけどね。
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翌日、お姉ちゃんは意気揚々とオカッパ頭にスーツを着て出勤した。
胸の上まであったサラサラの髪が、よりによって耳の真ん中までのダサいオカッパ頭に変化したのだ。周囲の者は驚愕した。
何があったんだ?と聞かれまくったらしい。お姉ちゃんはみんなの反応に「カットしただけですけど」とそっけなく返しつつ、胸の内では大笑いだったらしい。
お姉ちゃんはそっこー彼氏に振られた。
やっぱり私の外見だけしか好きじゃなかったんだと、お姉ちゃんは清々した様子で語った。
そして髪型のことを咎められので、そっこー仕事を辞めた。
それまでの実績を考慮せず、外見のことばかり責めたてる職場に嫌気がさしたそうだ。
でも1か月も経たないうちに、得意の英語を活かせる観光地での通訳の仕事を見つけてきた。何でもおかっぱなのが外国人観光客にウケるらしい。とは言え、美貌あってこそなのは間違いない。
収入が下がったので、それまでのマンションから格安のアパートに引っ越し、お姉ちゃんと私はそこで一緒に暮らすことになった。
就職祝いと引っ越し祝いを兼ねて、お姉ちゃんをさらに短いオカッパ頭に切ってあげた。耳全部出しで、それより下の髪は真っ青に刈り上げた。究極に恥ずかしい髪型だけど、お姉ちゃんは恥ずかしそうに、でも喜んでいた。
その後も刈り上げ部分は定期的にメンテナンスしてあげてる。
オカッパにしてからお姉ちゃんは、雑誌に出てくるような装いをやめ、安くて地味な衣類を好むようになった。
バッチリメイクもやめた。まぁメイクしなくてもかわいいのだけど。
ついにはコンタクトもたまにしか使わなくなり、普段は分厚い眼鏡を使うようになった。そうそう、近眼なのは私と似ているのだ。
でも前より大きな声で笑うようになったし、「いい子ちゃん」をしなくてよくなって楽になったと言う。
ダサくなったお姉ちゃんは、どことなく私と似てきたような気がする。
そりゃそうだよね、だって私たち、姉妹だもん。
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