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国内旅行中にマスクはどうしてたか

について書く。今回は本当に書く。

前回記事の続きである。


1日でも早くノーマスク社会を取り戻さなければいけないので(なんでかは前回記事を読んでね)、私は基本的にマスクをしていない。

とはいえ私も第一優先人物は自分であるので、「いつ何時でも、口論しても飛行機を降ろされてもマスクをしない」というまでの強硬派ではない。
日常の97%のシーンではノーマスクだが、「マスクをしなければ自分の行動が妨げられる」時にはする。1ヶ月はポケットに入り続けている、ドぎたない雑菌細菌ウィルスまみれ汚染マスクを。マスクしないよりも何倍も不潔を振り撒きそうな50回利用中使い捨てマスクを。

しかし結局「脱着時には必ず手洗いもしくは手指消毒を行い、一度使用して外したマスクは決して再利用しない」という感染対策に有効な使用方法を実践している人は医療従事者の人以外は誰もいないと思うので、汚染マスクをつけているという点はみんな同じである。私もあなたも汚染マスク。

では、「マスクをしなければ行動が妨げられる」時というのは、どんな時なのか?
普段の生活については後でリンクを貼るが過去に一度書いているので、今回は主に旅行中に訪れるような場所について。
つい今月私は東北地方を2週間ほど旅行して来たので、「最近旅行してみてどんな感じだったか」をここで述べてみたい。

なまはげさんのお宅にもお邪魔しました。


この6月に旅行して私が思ったのは、「なんとなくマスク圧が弱まって来ている気がする」である。個人の感想であるが。

前回取り上げたが、連日熱中症により子供が倒れて搬送され、だからかなんなのか医師会や厚労省も「屋外ではマスク不要」の方針をアピールし出した。
その報道がちょくちょくテレビやネットで流れることで、なんとなく人々が「どうやらそんなにマスクに厳しくしないでもいいらしい」と考えるようになって来ている、という気がしたのだ。

「『屋外では不要』という方針を発表するのは、逆に『屋内ではマスク必須』という印象を与えてしまうので良くない」と言う人もいて、私もまったく同じことを考えたのだが、意外にも、実際のところはそうでもないっぽかった。
実際には、「屋外では不要」に引きずられて、屋外屋内こだわらず「そんな厳しくしなくてもいいらしい」と考え始めている人が、前よりは増えている気がしたのだ。

理論的に考えれば屋外の緩和と屋内の緩和は別物であるのだが、この2年でわかったであろう。人々は、理論ではなく、「なんとなく」で行動するものなのだ。しかも世界の趨勢を見てのなんとなくですらなく、日本だけのガラパゴスなんとなくで。
2年前の第一波や第二波、今よりもはるかに感染者も死者も少なかった時に、国民はどういうビビり方をしていたか。
そして、あの頃より感染者も死者も俄然多い現在は、どうなっているか。県民割とか Go to キャンペーン再開とか言って、人々はウキウキしている。もはや怖がっていない。
矛盾である。
ほとんど怖がらなくなった割にはマスクは外さずに、子供をマスク洗脳して虐待している。お茶したり飲み会やったりペチャクチャと会食を楽しんでいるのに、最も感染被害のリスクが少ない子供には黙食をさせている。
矛盾である。
しかし所詮、動物なんてそういうものかもしれない。

さて。
旅行の2週間のあいだ、まず、交通機関では一度もマスクをつけなかった。
これは普段の生活と同じであるが。
新幹線、電車、そしてタクシー。タクシーは個室だし、特に年輩の運転手さんだと警戒されるかなと思ったが、「お兄さん、どこから来なさったの? へー東京。せっかく旅行なのに雨続きで大変だねー」みたいに普通に話しかけられて、ぺちゃくちゃとノーマスクで会話した。
どの交通機関でも一度も、誰からもなにも言われていない。新幹線も長距離電車も車掌さんが目の前を何往復もするが、スルーである。
他人の視線を感じることすらない。私が気にしていないだけかもしれないが、旅行中は私も景色を見るためキョロキョロしているし、誰かにじろじろ見られるようなことがあれば気付くはずである。いや、「ノーマスクで電車内でキョロキョロするおっさん」が不審すぎて、あえて見ないようにされていたのだろうか?

しかしもう大抵の人は、「そのへんにマスクなしの人がいても気にしないフェーズ」に入っていると思う。ていうか本来それが人間の世界では当たり前なのだ。
よく「勇気を出してマスク外してみたけど、やっぱり周りの視線が気になる……」みたいに言っている人がいるが、気になるのは自分が気にしているだけで、周りの人は別に気にしていないから。
ただし、「女性がマスクしていないのを見るといきなりマスク警察に変身する昭和生まれの弱い者イジメ性差別野郎」は一定数存在するので、女性は気をつけて欲しいし警戒のためにマスクをするのもやむなしと思う。理不尽極まりないことであるが。

次であるが、今回私が「マスク圧が弱まっている気がする」と感じた主な原因は、ホテルと飲食店をほぼマスクなしで通過できたからだ。

私の経験上、マスクを注意されるかされないかの境目は、「受付があるところでは言われる」であった。
そこに入場する時に、スタッフの方との会話が発生するところ。例えばチケットが必要な施設とか、「お店の人に席に案内されるタイプの飲食店」とか。居酒屋とかファミレスみたいな。

その基準で言えば、ホテルはノーマスクでは通過できないはずだった。
ところが、今月の旅行で私は、ホテルの敷地内で1秒もマスクをつけていない。
6箇所のホテルに泊まったが、チェックインからチェックアウトまで、すべてノーマスクでなにも言われずまったく嫌な顔もされず、にこやかにお出迎えされお見送りされた。
いやいやっ、ホテルパーソンはプロなんだから、顔で笑っても心で「チッこのノーマスクインモラル野郎が!」と思われてるんだよ!!……とか言われそうだが、そうでもない。
わかるよそれだったら。こっちも「マスク社会になってから自分だけノーマスクでいる歴2年」である。心で「ぎょっ」と思っている人は、笑顔だとしても「心でぎょっと思っている笑顔」になるものである。それは何度も見て来ている。ほぼわかる。私も5年くらいサービス業やっていたし、それはちょっとした雰囲気とか喋り方とか間(ま)とかでわかるものである。
本当に普通であった。

ホテルのチェックインの手続きでマスクなしでなにも言われないというのは、なしで行っておいてなんだが少しびっくりであった。そこそこの時間やり取りするのに。
私は貧民だが変なホテルにばっか泊まっていたわけではない。普段は引きこもりで娯楽にお金をかけないため、たまの旅行では奮発してちゃんとしたホテルに泊まるのだ。某航空系のホテルにも宿泊したし、JR系のホテルにも泊まった。でも毎朝毎夜、何度素顔で出入りしても、マスクについてひと言も言われることはなかった。
半年前なら注意されたのではないだろうか?

加えて、飲食店も基本的にノーマスクでOKであった。
1度だけ言われた。銀山温泉のごはん屋さんで入店時に「マスクはお持ちですか~?」と一度言われた。なので「あっそうだ」とか言ってつけて、10秒後に席についたら外すというアホのコントみたいな行動を一度だけした。
私が汚染マスクを素手で着脱してから店内のあれやこれやに触れたことで、この店には雑菌細菌ヌメヌメ汚れが存分に広がったことであろう。よかったね。

しかし、その一回だけ。
2週間で25回くらい飲食店に入ったが、他の24回はなにも言われていない。
店員さんに席に案内されるタイプのお店がほとんどであったのに。
特に夜は、一人なのに居酒屋に通う日々であった。土地の名物みたいな料理って、居酒屋に行かないと食べられないことが多いのよね……。たとえば芋煮とかきりたんぽ鍋とかしょっつる鍋とか……。食べたいかどうかはさて置いて、旅先ではそういうのを食べるのが義務でしょう。旅行中はファストフード禁止だから。
でも、居酒屋で店員さんに席に案内される時も、ノーマスクでいけるのだ。

謎なのが、検温と消毒は必須なのである。
私が素顔で入って行って「予約してなくて1人なんですけど大丈夫でしょうか…?」とおずおずと訪ねると、「大丈夫ですよー、では検温と消毒お願いしま~す!」と言われる。
そして消毒をして、ハンディ検温器でピッとやられる。
おでこにハンディ検温器を当てられるのである。
ノーマスクで店員さんと向かい合って、おでこで検温をさせられるのである。検温しているあいだ、面と向かって近距離でノーマスクで私は店員さんに顔を向けているのである。それなのにマスクについてはなにも言われないのである。

これはおかしい。
イケメンだと素顔でも注意されないのだろうか? ウソです彼女いない歴46年ですごめんなさい。
おかしい気もするが、要するに、マスクの優先順位は検温や消毒より下ということなのだろう。
だいたい、居酒屋さんなんて料理や飲み物を目の前にして人体から1番唾液が出るタイミングでノーマスクでわいわいガヤガヤ騒ぎ倒す場所なのだから、そこで無言で席まで歩く数十秒だけマスクをして席についたら外すなんて完全にアホのコントだというのは理性というものを持つ人間なら誰でもわかることであり、飲食店で働く方たちこそなによりそのアホさ加減を1番わかっているのだろう。

これも、1年前、いや数ヶ月前だったら「お客様マスクは……」と言われる方が標準だったと思うが、今は逆転しているように感じる。
もちろん入る時にマスクなしであれば、店を出るまでずっとマスクなしである。マスク会食なんて汚染と雑菌を広げるだけなので本当にキチガイ沙汰でありやめた方がいい。

余談だが、最初に「検温と消毒お願いしま~す!」と言われてシュッシュと消毒して、その後に「ではお履き物を脱いでこちらの靴箱にお入れください~~」となることがあり、順番おかしいやろっ!!!!と私はさすがに心でツッコんだ。
靴を触った後に消毒がいいと思うよ。下手したらドぎたない靴箱の扉を触ってスーパーおんぼろ不潔木札とかも持たされるんだから。
まあどう工夫したところで、結局人間は全員、便座と同じ汚染度であるスマートフォンを消毒せずに常時ベタベタ触っているわけだからいつ消毒しようが何度消毒しようが意味はないのだけどね。
まあ大衆というものは理論で行動するわけじゃないので。

むしろ便座よりスマホの方がちょっと汚かったという検証記事
スマホはトイレの便座より汚いは本当か!? 「arrows Be4 Plus F-41B」でガチ検証

ただし、
「○○館」系は、まだノーマスクで行くのは厳しかった。
特に規模が大きなところほど。
観光で訪れるような屋内の施設だ。博物館とか歴史展示館とか、あるいはなんとかショーの観覧とか、主にチケットを買って入るような館。
その系統の施設では、どうしても受付で「お客様マスクは……」を言われがちである。
そもそも受付に到達する前に、「モニターがついていて枠内に顔を移動させると体温を測定してくれるタイプの機械」で、素顔で体温を計ろうとすると「マスクをつけてください♫ マスクをつけてください♫」と機械の音声に甲高い声で叫ばれて注目を浴びるという、辱めにあわされることも何度もあった。予算のある館系では、マスクをしていないと機械に検温すら拒否されるのである。おまえは人間の体温を測るために作られた機械だろうがっ。差別してないで万人の体温を測れやっ!!
受付の後にも、展示スペースでパイプ椅子に座ってじーっとお客さんの様子を見守っている係の人もいるので、「お客様マスクはお持ちでしょうか……?」と言われる。

場所にもよるが。
某県立博物館に行った時には、私は、マスクを忘れた。
ズボンを洗濯したため、ポケットからマスク(汚染マスク)を出して、そのまま部屋に置いて来てしまったのだ。ホテルからてくてく20分歩いて、博物館に着いてから「しまった、マスク置いて来た……」と気付いたのだ。
普通の人だったらホテルの部屋を出た瞬間に気付くのであろうがノーマスクが当たり前生活だといざ必要になる時まで気付かないという面倒さ。
そこで、私は受付のお姉さんに聞いてみた。
「すみません、マスク忘れちゃったんですけど、マスクないと入れないですよね……?」と。
すると、「そうですねえ、ま、喋らなければ大丈夫ですよ」とのお答えが。
よもや公立の博物館でノーマスクの許可が出るとは思わなかった。
一桁くらいしか見学者がいない博物館であったが、それでも見て見ぬフリでもなく堂々と「大丈夫ですよ」と職員の方が許可してくれたというのは、想定外のことであった。

規模が小さめの、お城とか、郷土歴史館みたいなマイナー館系だと半分以上はマスクなしでOKだった。係の人は受付に一人だけというパターンが多いので、いちいち「客にマスク注意する」という余計な仕事を彼らは増やさないのだ。
ただし、武家屋敷はほぼダメという、謎の傾向がある。城はけっこういけるのに、武家屋敷では素顔だと止められることが多かった。武家屋敷なんて屋内とはいえほぼ屋外なのに!! 空気の通りは屋外なみのスッカスカ、冬なら室内でも凍死できるのが武家屋敷なのに!!
日本の武士もずいぶん度量が小さくなったものだ。新渡戸稲造が生きていたらさぞ嘆いたことだろう……。

他には、駅ナカや周辺の土産物屋、コンビニスーパーではなにも言われず。コンビニ&スーパーでは2年間を通じてノーマスクで注意されたことは一度たりともない。
しかしこれも女性の話を聞くと、入店するなり店員さんに文句言われたなんていう経験をしている人もいるので、お店の人にも性差別弱い者いじめマスク警察野郎がいるのだと思う。
男なら99.5%お咎めなし、私だけの確率なら100%スルーだ。


……と、いうように、なんとなくであるが以前と比べて世界でも希有なマスク教国家となったこの日本でも、マスク圧は徐々に薄れている気が個人的にはした。

旅行中ではないが、先日はマイナンバーカードを取得しに区役所に行った。
そこでも、最初から最後までノーマスクでなにも言われず。
なぜかカードの受け渡し時に「では、お顔の確認のためにマスクを外していただけますか?」と言われ、いや、こういう顔なんですけど!! これはマスクではなくて口ですっ!!! たしかにマスクくらい巨大ですけど!!! 勘違いされてもおかしくないくらい大きくて四角い口ですけどっ!!! でもこれは僕のナマの顔なんですっっ(泣)!!! と心で叫んだ。
すると職員のおばさんは「あらっ、マスクしてませんでしたね! すみませんオホホ!」と笑っていた。
もうそういう感じなのだ。「あら、すみませんオホホ!」という感じなのだ。「えっこの人マスクしてないギョッ!」の時期はもう終わっているのである。まともな人たちのあいだでは。


「マスク、強要される場以外では外したいけど、長くマスク生活しすぎて外すのに勇気がいる」というところで逡巡している人もいるでしょう。
しかし穏健派ノーマスクとして2年暮らしている私が思うに、そもそも第一波からマスクなしでも絡まれることなんてなかったのだから、マスク圧がさらに弱まっている今、マスクを取ってなにか不都合が出るなんてことはないのである(少なくとも男は)。
もしお店の人などに要請されたら、「あっ、そうでした!」と笑顔で今気付いたフリしてつければいいだけの話だ。強硬派の人はそこで退店したり法には触れない程度に戦ったりしてもいいと思うが、穏健派なら「あ、そうだ」と言ってつければいい、それだけだ。
そして日常の暮らしでは要請されることはほとんどない。

きっとマスクを外せばマスクなしの快適さにびっくりするだろうし、顔も引き締まるし、堂々と「子供にマスクをさせるな!」と主張できるようにもなる(自分がマスクマンなのに「子供にマスクをさせるなー!」と言うのは、歩きタバコを注意する万引き家族みたいなもので筋が通っていない)。
そして、この狂った国を少しでも元に戻すことに貢献できるのだ。
つまりマスクを外すことにはプラス効果の方が多い。
強要されない場でもマスクをつけることはマスク社会の維持に貢献することであり、「外国人旅行者にはマスク強制。従わなければツアー中止」みたいな文明人として恥ずべき人種差別カス政策を肯定することである。子供への影響は言わずもがな。
どっちの生き方が、親として将来お子さんに誇れるだろうか?

もう「ほんとは外したいんだけど、周りがみんなしてるからね、あはは」とか言ってる場合じゃないのだ。国が滅びかけてるのに。


なお今回は旅行中のマスクについて書いてみたが、この2年間の、日常生活においてのマスク環境・ノーマスクの暮らしというのはどんな感じであるのかは、過去記事に書いている。
これは110円であるが興味のある方は読んでみて欲しい。

終わり。


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