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9月24日のマザコン12

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夜の10時過ぎ、ファミレスで一人ぼんやりと、Twitterのタイムラインを眺める。
今の状況を包み隠さずカミングアウトしたおかげで、励ましのリプライや経験に基づくアドバイスなど、様々なコメントをいただけて非常にありがたい。
もしSNSがなかったら、友人などいないこの町で私は100%の孤立感を味わっていたことだろう。見知らぬ人たちとネットを通じてという、かなり薄い繋がりではあるがそのわずかな繋がりがあるかないかでは大違いである。SNSがある時代で良かった……。
その多大なありがたさを感じる一方で、SNSは精神的に諸刃の剣でもあると思う。
TwitterやFacebookのタイムラインを見ると、世の中は自分なしでも今までと変わらず着実に動いていることを痛感する。自分は人生に強制ストップがかかったのに、みんなは今日も会社に行き友達と会い飲み会に参加しテレビを見て健康に過ごし、社会を動かしている……。
私は、今その社会から脱落している。
楽しいことを楽しいと、何の気なしにSNSに書き込めるような、健全な精神状態の人たちがうらやましくてしょうがない。いつものSNSを見れば見るほど、自分だけが世間から蚊帳の外だと感じ、孤立感が増す……。じゃあ見なけりゃいいだろという話だが、一方で自分へ向けられたコメントには励まされたりもする。だから諸刃の剣なのである。なんだこの野郎。

こういう気持ちになるのは「うつ病あるある」である。7年前もまったく同じことを思ったし、母もそうだった。
7年前に母のことを私が最初に「やばいな」と感じたのは、帰省した私を母が駅まで送ってくれる途中、母が「そのへんを歩いてる人が、みんな楽しそうですごくうらやましい」と言ったことだ。自分や家族から、体は健康であるのに「普通の人がうらやましい」という感情が出たら、それはその人が少なからず精神を病んでいるサインだと考えていいと思う。そこの段階で、なんらかの対策を打つべきだ。
私は対策を打てずにボロボロになったからこそ、後に来る人に向けてそれを言いたい。

夜の9時を過ぎると両親は寝てしまうので、それ以降の時間、私はやっとひと息つくことができる。
落ち着くと、少しごはんが食べられるようになる。
浜松へ戻ってから、日中は精神的に疲労困憊で食欲がないのに加え、あちこち出かける用事に追われて時間もなく、食事はなにも食べないか朝昼兼用でウィダーインゼリーを1個だ。
しかし21時以降はいくらか気持ちの平穏と食欲が戻るので、なるべく親が寝た後は車で一人外食に出かけるようにしている。そういえば、7年前は私が夜出かけると言うと母が「やめて! 夜運転なんかして事故したらどうするの!」と発狂したため夜の外出も封じられたのだが、今回はそれはなくて助かっている。
日によって調子は違うのだが、食べられそうな時は、ファミレスでがっつりした食材にチャレンジする。例えばハンバーグとかステーキ。ライスまで食べるのはとても無理だけど(健康な私だったらごはんとハンバーグを2人分ずついけるのに)、おかず単品で「ハンバーグだけ」「ステーキだけ」なら深夜になるとわりといける。1日1食でも、ステーキのようなパワフルな物を食べれば日々活動するエネルギーは保てそうだ。

なお、ファミレスには「元気な人がたくさんいる」という安心感もある。店員さんや他のお客さんが元気だ。うちは同居人2人がああいう状態なだけに、ファミレスに来ると「自分の周りにいる人がみんな若くて健康」という環境にホッとするのだ……。
当然、家に帰りたくなくなる。
だから一度デニーズやガストに来てしまうと、連れもいないのにだらだら22時23時と留まってしまい、寝るのが遅くなり翌日が辛いという、良くない流れになる。とはいえ気晴らしは必要なんだ……。

そんなことで火曜の夜も寝たのは夜中の2時近くだったのだが、翌朝は7時から母親に起こされる。
私が熟睡していたところ母が勝手に部屋のドアを開けドカドカと入って来て、「ツヨシくん、車が盗まれちゃった!!」と騒ぐのだ。
……寝ぼけながらも私は、えっ、車が? マジか……今うちから車がなくなったらどうなるんだよ……病院も買い物も役所も銀行も不動産屋も夜のごはんもどこも行けなくなるぞ……本当だとしたらもう終わりすぎて笑える……と、起きている部分の頭で絶望を噛み締めた。
と思ったら、母は次の瞬間、「あっ、置いた場所が変わってるんだった!」とひと声あげて、そのままUターンしてまたドカドカと出て行った。
………………。
なんなんだ……。そんなことじゃないかっていう気はしたけど……。
うちには車庫が2台分あって、そういえば昨日コープの人が来るということで、うちの車を車庫Aから車庫Bへ移動していたのだ。Aの方が停めやすいので、うちの車はBに入れて、Aをコープの人に使ってもらったのだ。その後すぐにBからAへ元通り戻しておいたのだが、なぜか母の中では「Aへ戻した」という記憶は消去され、「昨日車をBに移動したはずなのに、Bに車がない! 盗まれた!!」となったようだ。
普通、「あれ、昨日Bに車を置いたはずなのに、Bにない!」となったらまずはAを確認するものだろう(玄関のすぐ前だし)、なんで「Aを確かめる」より「早朝に息子を叩き起こして『盗まれた!!』と騒ぐ」を優先順位で上に持って来るのか。
なんだかわからないけど、頭がしっかり働いていないというのは、大変だなあ……。本人も大変だろうし、こういうのに父と母のダブルパンチで毎日付き合わされる一人息子も大変だよ……。寝ている間だけは現実と距離を置ける時間なのに……。俺、この生活続けて行けるんだろうか。

水曜日。
早く起こされた流れで、そのまま午前中は母を連れて銀行を回ることにする。
これからうちは病院に相当お世話になるはずなので、資産管理が非常に大事だ。
うちはおそらくリスク分散のためだろう、父と母がそれぞれいくつも口座を保有しており、さらにその個々の銀行で普通預金口座と定期預金口座を別に持っていたりするため(お金持ちなわけではなく、少額ずつ分けている)、資産(貯金)の全容を掴むのがかなり困難なのだ。
そのため今日は母の口座がある銀行を順番に訪れて、1.定期預金をすべて解約し普通預金にまとめる 2.ネットバンキングを開設する という手続きを行う。
幸い、親が持っていたのは解約手数料がかからない円定期預金だけで、この超低金利下では満期まで持っていようと中途解約しようと払戻金はほとんど変わらない。だからいったん普通預金にまとめ、さらにネットで残高が見られるようにしておけば、管理がとても楽になるはずだ。
普通預金だとカードで簡単に出せてしまうのでセキュリティ面が弱いかもしれないが、たとえ泥棒にカードを盗まれたとしても、暗証番号まで知られることはまずないと思うので大丈夫だ。番号は家族3人の頭の中にしか入っていないのだから。親のどちらかが特殊詐欺に引っかかって出金しようとしても、彼らはそもそも自分でATMまで行けないので心配はない。だからセキュリティの問題はないように感じる。
唯一残されたリスクは、私が使い込まないかという点である。
それに関してははっきり言わせてもらうが、私は、両親ともに正常な判断力がなくなっている今は、とても大きなチャンスだと思っている。今こそ、混乱に乗じて小遣いを……いや大遣いをせしめる、人生最大の好機なのである……!!
……と言いたいところではあるし本当に少し思っているのだが、しかし残念ながら親の治療費がなくなったら1番地獄を見るのは私だ。そしてそもそも一人っ子の私は遺産相続で争う相手もいないので、今さら親のお金をくすねるメリットは全然ないのである。だから僕は取りませんし、千円2千円くらい取っても別にいいでしょう。これだけやってるんだからっ。

本当は定期解約とネットバンクの申し込み以外にもいろいろ手続きしたいことがあった。例えば「念のためATMの出金限度額と振込限度額を引き下げておく」とか。
しかし追加の書類を書くというところで母がそれ以上じっとしているのが無理になり、「もう帰りたい! もういいよ、帰ろう!」を連発し出したので、諦めることにした。
名義人は母なので、申込書類を書かなければいけないのも母だ。頭がうまく働いていない母を誘導して書類を書かせるのはけっこう大変で、ましてや「頭がうまく働いていない上にそわそわし出して『もう帰ろう!』を連発する母をなだめながら誘導して書類を書かせる」というのは、もっと大変……というか無理だ。
………………。
疲れた……。

一度母を連れて家に帰り、午後は私だけで行くところがある。
S病院に行くのだ。
S病院は、父が入院していた病院だ。今日の午後2時から、父の担当の先生と面談がある。すでに書いた通り、私が電話して面談をお願いしたのだ。
出かけるにあたって、私は正直に「今からS病院に行ってくるから」と両親に報告した。
母に「なにしに行くの?」と聞かれたので、「Y先生(担当の先生)と話しに行くんだよ」と答える。さらに、「なんで?」「うちのことを相談しなきゃいけないから」「なんで?? もうお父さんは退院してるんだから、Y先生関係ないでしょう。話したってしょうがないじゃん」「でもなにかアドバイスくれるかもしれないから、会ってくるよ」「なんで、もうお父さんは退院してるんだから! Y先生に会ったってしょうがないよ!」「でも行くの!! 話せる人には話さなきゃいけないの!! 僕一人で行くんだからいいじゃん!!」
というように、なんでもかんでも否定してくる母に、私も徐々に口調が荒くなる。
みんな疲れているんだよ。家族3人の疲れが、日に日に増しているんだ。

私は両親が昼食を食べるのを見届けると、「なんで行くの?」としつこく絡んで来る母を振り切ってS病院へ向かった。
たしかに、父はもう退院しているし、別に退院後に病状が悪化したわけでもない。その点では母の言う通りY先生と会う必然性はないかもしれないが、でも、今の状況は話しておきたいのだ。だって、入院していた人が退院した結果、健康だった母は精神を病み、子である私もこれまでの生活を全部吹っ飛ばされて病みかけているのだ。「病気で入院している一人と、健康に暮らしている2人」だった我々家族は、父の退院によって「病気の3人」になろうとしているのだ。では入院とはいったいなんだったのか。病院とはいったいなんだったのか……。
そういう文句を言うつもりはない。先生の仕事は「入院患者を診る」ことなのだから、家族のトラブルの責任を先生に問うのはお門違いだろう。でもそうだとしても、今の状況を知ってもらうくらいは、してもらっていいと思うのだ。

話が進むのが遅くてごめんなさい。続く。


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