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常識と違うことを

さてさて。
台風が吹き荒れる中で。
昨日の記事は本当にさわりだけでしたが、でも、書いておいて良かったです。
僕じゃなくても良い。誰かがね、やらないかなぁ、ってところも含めてね。

人生難しいですよね。お金とか生活に追われ、家族のこと、子供のことがあり、その内自分の親も年を取ってほうってもおけなくなる。
そこにまた地理的な距離があったり。

やるべきことがあっても、よほど家族をも含めて人を振り切れるだけの覚悟や非情さや、ある意味でのわがままさがないと突っ走ることは出来ません。
で、まあ意外に僕はそう言うタイプでも無いんです。

だからね、手順を踏んでる内に時間切れかも知れませんけども、でもね、やれる限りはね、ちょっとでも。

このページは飛び抜けて行ってね、もう人間の可能性の極限であるゾーンをテーマとしてきました。
だから、そう言う本題からはね、最近ちょっとだけ寄り道させて貰ってます。
東京で続けて来た母川回帰シリーズもね、もっと分かり易いテーマで行くと言う選択肢は当然あって、まあ、今のね、ウケを狙うことも出来たんですけど、それは止めてどんどん突き進みましたね。
僕が追い求めて来たようなジャンルにおいては、他が居ないと言うのはあるんですけど、それよりも外から見て近い領域に見える人達や世界でね、まさかこんなところまで行く人間は居ないですからね。
だからね、誤解恐れず言いますけど、オリンピックだかギネスブックだかでもね、やっぱり記録ですよね。
行ける人間が行かないと言う選択肢は無いんですね。
だから、まあ、ここまではね、行っておこうと、言っておこうと、そう言うテーマで語ってましたね。
さて、それはもちろん、これからもやります。

けどね、前回とか、ここ最近で書いているような、ね、僕が関わった共働学舎であるとか、宮嶋真一郎であるとかね、そこもね、母川回帰シリーズとかからすればもうちょっと手前にあるテーマなんですけどね、でもそろそろね、これもやっておこうかな、ってことなんです。

今ね、なかなかこんな状況ですから生きて行くだけでもやっとですね。東京出てあれこれってのも難しいですけどね、やっぱり東京にどんなに小さくてもね、拠点がね、場があると良いですね。違いますね。
持ちたいですね。まだ無理ですけど。
で、母川回帰シリーズのようなトークは少しまたおいてですね、三本立てくらいのね、集中講座とかねぇ、良いですね。

今やりたいのは、
1 共存のモデル、多様性への実践と実験、我が共働学舎論
2 人間と心への冒険 預言者パイオニア宮嶋真一郎とは何者だったか。
3 存在の根源へ ダウン症文化論

この3つのテーマを1度腰を据えて徹底的に集中して掘り下げてみたいですね。
そして、その先にあるものこそがゾーン論です。

前回ちょっと書きましたけど、共働学舎論は難しいです。学舎を誰も定義出来ません。だから共働学舎の構想なんて冊子を持ち出して時々、そこへ帰ろうみたいな議論も起きますが、実はそんなところに本質はないんですね。つまり、誰も分からない、誰も知らないところにこそね、学舎の本質があるんです。重層的なんですね。無限の解釈が成り立ってしまうんです。そう言うのを全部ね、渾然一体と化した状態で浮き彫りに出来たらね、それこそが本当の学舎論と言えます。
いずれお披露目しましょう。これかなり奥深いですから。

これもね、ものの流れ。今回はちょっとだけ宮嶋真一郎のことを書きましょう。全面的に語るのはまたしっかりやりますので。

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