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目を開いた瞬間に生じる

暫く書けていないけど、今日は特別公開の内容を多分最後の方で書くことになる。
本来は有料記事にすべきなんだけど、時々こうして公開で。ここでの有料記事はコンテンツを売ってると言うよりはセキュリティの意味が殆どなんだけど。

でもねぇ、相変わらず書きかけの記事も下書きのまま残してるし、あとね、「ダウンズワールドと僕」と言うブログを断続的に書いていたんだけど、そっちもそろそろもう書くこともないかな、という中で2本ほど最後に書いておきたいことがあって、。

今まで人生の殆どの時間を場に賭けたし、場の中に居たんだけど、そんな中でよく目にした光景と言うかね、何度もああそうなんどよね、って、やっぱりそうかと思ったことがね、人間ってその時に全てを理解出来る訳でも感じ取れる訳でも気づける訳でもないってことで、その時は起きたこと起きていることの数%しか実は経験出来てなくて、後でと言うかその後時間をかけてそれぞれの経験を生きて飲み込んで行く、って。そこに消化出来なかったり、不具合が起きたり、壊れたりがあるわけでね。
それは何もトラウマ的な悪い経験ばかりではなく、良い経験もそうで。いや、それは僕らが人生の中でやがて気づいて行くことなんだけど、そもそも物事に良いも悪いも無くて、ね。
だからこそ、本来は誰にとっても場は必要なんだよね。

経験して来たことをその人が自分の中にしっかり入れることが出来た時、途轍もない生命力が湧き上がる訳でね。そう言うのを場の中で何度も何度も見て来た。
だからね、過去を生きることは全く逆行ではないし、寧ろ必要なこと。
いや、もっと言うと過去じゃないんだよね。
それは時間の概念にとらわれているわけで。
この世界に時間なんて存在しないんだよ。
時間って言うのはそれもまた認識の1つなんだから。
前にここで書いた、気づいた時には遅すぎる?ってタイトルの記事もこのテーマと通じてるね。

でね、人間が奇跡の様に変わる瞬間や、この世界が輝く瞬間をこれまた何度も何度も見て来た。
もちろん逆の景色も嫌と言うほど見たけども。
だからね、奇跡が起きることなんて当然だと思ってるし、絶えずその可能性は感じているんだよね。
で、何故それが可能か、何故、一瞬にして人も世界も変わり得るのか、それをね、今回のテーマにしよう。
これは有料記事に書いて居る内容と同じ。

この前、Amazonプライムで娘と二人でドラえもんのスタンド・バイ・ミー2を見た。50周年作品でドラえもんの人生系のドラマの集大成、走馬灯の様な作品で。これがよく出来てて感動した。
大切なメッセージは過去からも未来からもやって来るけど、そればかりではない。
このドラえもんでは現在が起点になって過去へ行ったり未来へ行ったりするばかりではなく、過去は過去で主体性を持って未来へ介入しているし、未来も未来側での視点で動いて過去へ介入する。
ではその何処の時間が主体なのかと言ったら、そんな中心は存在しない。いや全ての時間がそれぞれが真ん中にあって相互に働き方かけている。
ここが1番良かったところなんだよね。シンプルなんだけど。つまりね、現在が基点になって過去へ行く、未来に行く、って言うだけだと現在と言う時間は全く揺らがないんだよね。でもこの作品でもそうなんだけど本当は、過去から現在へやって来る世界があり、未来から現在にやって来る世界もある訳でね。
だからこそこの現在がどの現在なのか分からないんだよね。
空間もまた然りで、どの場所が舞台かといえば全ての場所が、と言える。

そうだよな。と。これは場が見せる景色と同じだ。
この世界には本当は時間も空間も存在しない。
それを無限とも言う。

さて、ここに書くべきか、本来はある程度限定した場所で語るべきなのだけど、ここまで書いてしまったのでこのまま行こう。

場はそれら全てを語っていた。

人が一瞬にして変わるとか、この世界が一変するとか、何故その可能性がいつでもあると言えるか。
それは場で学ぶ重要な秘密なのだけど、時間も空間もないどころか、世界そのものが存在しないと場によって僕は見たからだ。
何も無いところに何かが突然生まれる訳ではない。
何も無かったところにビッグバンが起きた訳では無い。では最初に何があるのか、一言で言えば限定されない波長のようなもの、何処にも向かわない、つまりは方向性を持たないポテンシャルの集まりの様なもの。つまりは無限。
何処までもそれがあって、それだけがある。
そこから世界がどう生まれるか、それは意識を向けたことで形が生まれる、意識を向けたことで方向性が生まれる。意識を向けたことで限界が生まれる。

今目を開いた瞬間に世界が作られた。
そうそれまでは無い。
だから瞬間瞬間に絶えず僕らは世界を作っている。
限界を作っている。
作り続けていて隙間が見えていないだけで、それは無限から実は絶えず創り出している。
だからこそこの世界の外へ出ることは可能だ。
この世界を変えることも出来る。
意識をどう向けるか、で変ってしまう。
今あるこの世界は目を開けた瞬間に出来たに過ぎないから。

さあさあ、とんでもない内容で書いてしまったけど、まあ久しぶりに良いでしょう。

続きはないかも、と言いながらまたたまに書くかも、ね。それではまた。

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