思ってたんと違う

夏が始まるのかなと思っていたら、次の日は雨だった。『思ってたんと違う』君はおかしなアクセントで、Eテレの真似をした。方言というものは、一朝一夕に身につくものではないよ。それから、出掛ける支度を急かした。傘を忘れないでと注意する妻の声、いってきまーす、と出掛けて行く娘の声。娘が小学校に入ってから、ほとんど変わりない日常。今日の予定を確認し、何時頃の帰宅か問われ、ゴミ袋を持って玄関を出る。職場にはバスで向かう。つり革に掴まると、思考が脳内を駆け巡る。おい、アホンダラ。いつまでこんなとこに閉じ込めておくつもりなんや。はよ出せ、はようはよう!もうずいぶん前から頭の中に飼っている思考だ。便宜上、関西思考と呼んでいる。彼は天界の法を犯してから亡くなったと言われる人で、現在行き場所が無くて、預かるべきところが困っていた。300年ばかり預かってくれと押し付けられるうちに、もう299年と11ヶ月と更に3週間が過ぎていた。あと1週間、1週間で私にも真の自由が訪れる予定ではある。天界さえ、約束を守るつもりがあるなら。関西思考が脳内にいる間に、二回も生まれ変わり、今はもはや三回めだ。どちらも天災によって早死にをしたらしい。関西思考だけがその全てを見てきているらしく、幼児の頃は不思議なおっさんが頭に住んでおり、少年の頃はやかましいおっさんが、大学生になってようやく、なんだか話の通じるおっさんになったようだった。そこから二十余年間、不正からは身を遠ざけるようにしてまじめに生きてきた。まるで私の方が罪人のようである。せや、今日は奈々美ちゃん、プールだったんやないか。忘れ物はしとらんか。同じ脳内に居ても、思考はてんでばらばら、人が明らかに忙しそうな時はともかく、目的地へのバスなんかだと気楽に、非常に気楽に話しかけてくる。奈々美は、今日は、プールバッグを持っていた。傘をさすのに邪魔そうにしていた。しかし、雨なのだから要らないのではないか。天気予報は晴れると言うとったで。関西思考が口を挟む。忘れ物してへんのやったら良かったわ。せっかくのプール、早く晴れたらいいけどな。関西思考がそわそわするのが、伝わってくる。彼はもうずっとこんな感じで、私の助けてもくれている。一体どこが罪人なのか、私には全くわからなかった。罪人で、天使にも捕まえておけないような者を、私がどのようにして捕まえているというのだろう。バスを降りて歩いて職場に着き、私の思考はほどなく消えていった。

それから更に6日が過ぎ、とうとう最期の1日になった。仕事が終わり、帰りのバスに乗りつり革に掴まると、関西思考が話しかけて来た。あのな。私は黙って窓の外を見る。木々の緑が空に向かって深呼吸をしている。雲が夏の形に変わってきている。あのな、本当は俺とお前は双子やねん。突然、割り込んできた関西思考の声が意味を持たないまま、消えそうになった。何だって? 本当はな、双子だから、俺だけじゃなくて、お前も天界に閉じ込められるはずだったんや。嘘だろう? 俺が唆したんや。俺がお前を唆して、天界の門からおとんとおかんを逃げさしたから、罪人になったんや。扉を開ける手伝いをさせて、ほんまにすまんかった。俺だけでやれば良かったんや。関西思考が泣くのを感じて、私はずっと不思議だった。生まれてからこの方、関西思考は自分より年上で、上から目線で、ちっとも同情してくれず、黙っていて欲しい時は必ず静かにしていてくれて、口出しは一切無かった。どうして。どうして言ってくれなかったんだ。言った。え? 前の二回は話したで。でも、お前は生きようとしてくれへんかった。双子なんだから罪は一緒に償わなあかんって、無茶してまで人助けしようとすんのや。それで死んでしまいよった。記憶が蘇る事は無かったが、兄の話すことは真実だとわかった。バスを降り、夕闇の中を歩き出すと別れを感じた。こうやって家庭持って立派なってくれてほんま、兄ちゃんはやっと成仏できるんやで。元気にやるんやで。私は泣いた。君は泣かなかった。生まれ変わってから、きっと君は泣くだろう。


さくらさんには「夏が始まる」で始まり、「君はきっと泣くだろう」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
shindanmaker.com/801664
え。やるの?

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