取り留めもないこと

LIGHTHOUSEを観た。
お二人に感化されて、なんか日記とかその時の思いとか、書き残しておいた方が良さそうな気がしてきて、このnoteを書いてみる。
取り留めもない文章になっていく気がするが、とりあえず書いてみる。

入社して丸一年が経った。
最近は漠然とした不安感・抑うつ感に苛まれている。
というか、入社して2ヶ月経ったあたりからずっとそうかもしれない。

何なら逆に、中学1年からずっとそうで、落研2年目の後半からADやめるまでの約6年間だけが、夢を持って希望に満ち溢れていただけかも。

中学に入学してから漠然と毎日「しにたいな」と思っていた。幸いにも「これからも生きなければいけない」ことよりも「現実の物理的痛み」の方がギリギリ嫌だったので、実行には至らなかったが。

今年、物心ついた時から悩んでいた自分の多動性や、不注意にやっと病名がついた。
周りは『気にしなくていいんだよ』などと病気を気にするな!といった方向で励ましてくれたが、当の私からすればむしろ嬉しい出来事だった。
こんなに生きづらいのに、これで障害じゃなかったらどうしよう、と思ってずっと生きてきたから。
診断されて、『あー、脳に異常があるなら出来なくてしょうがないよね、』と一気に気が楽になった。

子供の頃からどうやっても部屋が片付けられないこと、どんなに物減らしても散らかしてしまうこと、物を無くしたとき、探したはずの場所から後日無くしものが出てくることがよくあること、ランドセル・エナメルバッグ・スクバ・リュックの奥底からクチャクチャのプリントが出てくること、どうしてもベッドから動けない日があること、そしてその頻度が多いこと、幼稚園の頃から授業をまともに最後まで聞いてられなかったこと、唇の皮を剥くのがどうしてもやめられないこと、貧乏ゆすりが止まらないこと、飲みかけのペットボトルで部屋中が溢れかえること、、
全部全部障害のせいだったなんて、、本当に良かった、と、

ただ、社会は(障害のせい)で終わらせてはくれない。『障害があるからしょうがない、ではなく、じゃあその状態の上でどうやったら働けるのかを教えてください』と。

そりゃそうだ。だが私には今その努力をする気力もない。

落研時代は、落研を日本一にする、とか、めちゃくちゃ面白いバラエティー番組の制作に携わる、とか、そんな夢があったから頑張れたし、自分のやってきたことや能力・適性にある程度の自負があったから、周りに多少何か言われてもどこ吹く風でしにたいと思うまで病むなんてことはなかった。

今は、正直やりたいことじゃないどころか、新卒でも転職活動中でも『この職業だけはやりたくない』といっていた仕事をしているので全く自分に自信もなく、案の定会社ではできないもの扱いされ、既にほとんど残って無い自己肯定感がどんどん抉られている。

ただ、それも分かった上で自分で決めた道なのだから腹決めて一回本気で向き合わないといけないなとも思ってる。

頭の中のごちゃごちゃ加減が窺い知れる乱文ぶりになってしまった。
話のまとまりがない。

とにかく、疲弊しています。
仕事での夢が欲しいです。

今一番の夢は可愛過ぎる子供を産むことですが。
結婚の予定すらありません。

明日の朝から新しい薬の服薬が始まります。

副作用出ないといいな。

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