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借金は怖くないw:金を借りるのは当たり前。銀行は金を貸す事でメシを食っている。

 銀行業は一大産業ですよね。あれの本業は金貸しです。とにかく資本主義社会は金を貸す人がいないと機能しない。
 貸すのも借りるのも当たり前です。

 借金を嫌う人は多い。それが悪いとは言いませんが、別に悪ではない。いずれにしても、現実にほとんど全ての企業は借金をしているし、大方の人はローンを組んでいる。政府は国債を発行する。
 借りているのです。

 返せば良いのですよ。それが信用経済というものであり、資本主義の基本をなすものです。確かに返せない可能性はある。しかしそれは避けて通れないリスクです。努力して返すしかない。(注A)

注A:「借りるのは当然」と考えている人は信用をとても大事にします。「嘘はつかない」「約束は守る」「借りたら返す」。この実績がないと金は借りられません。
 極論ですが「借りない人」は「約束を守らない人」です。彼等は信用がどれほど貴重でどれほど簡単に崩れるかを知らない。
 欧米文化圏は性善説なので、若い人は金(および様々なもの)を貸してもらえます。例えば奨学金がそうです。
 とりあえず信用されるのです。しかしその信用に応えなければ、すぐにブラックリストに載る。そこから先は信用の有無で人生に決定的な差が付きます。
 約束を守らない人には、誰も何も貸さないし、仕事も頼みません。その人との約束も破るでしょう。お互い様だからです。
 ちなみに国際的にはプーチンとXiが、最近になって明確にブラックリストに載りました。国際政治・経済の中ではもう死んだも同然です。

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 しかし返せなかったらどうなるか。それは怖いですよね。良心的な人は心配して当然だ。でも過度に心配したり罪悪感を感じる必要はない。
 借金を返済できない人がいるのは当たり前のことであり、貸す方は織り込み済みだからです。

 企業の平均寿命は30年ほどです。つまり倒産する。特に新規事業は軌道に乗る前に多くが倒産する。起業からの10年間に9割は倒産します。

 これらの企業は最後に何をするか。借金を踏み倒すのです。倒産というのは、払いたくても金が無いという意味です^^;

 実のところ、長期的には全ての企業が借金を踏み倒します。永遠に生き残る企業はない。そして個人と違って、企業の借金を相続する人(法人)はいない。「親の借金を背負う子」はいないのです^^;

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 「借りたものは返す」という道徳観は大事だと、私も思います。返さない人は信用を得られずに、ろくでもない人生を送るでしょう。(注0)

注0:ちなみに法人(企業)は返せなくなった時点で「死」を迎えます。つまり消滅する。でも法人は生存本能がないので、別に悲しんだりしないw
 そこが個人との違いでしょうね。

 しかし、返さない/返せないのは日常茶飯事のことです。それが現実です。だから、まともな経済人は金を返さない人を(ことさら)責めたりはしない。そんな事をしても無駄だからです。特に法人を責めても何の意味もない。どうせ解散して消滅するだけだからです。法人には罪悪感などありません(笑)

 ぶっちゃけ、返せないやつに貸すほうがマヌケなのです。 (注1)

注1:ちなみに日本の銀行はマヌケばかりです。それはバブル崩壊のときに、はっきりとわかりました。
 本来は、メガバンクの人間は「返せない相手を見極める能力」に対して高給を受け取っていたはずなのですがね。それは単なる自信過剰だったのです^^;

 しかも(今の若い人には信じられないでしょうが)政府はその損失を国税で補いました。その金額は驚きの40兆円。国家予算の半分です。
 つまり銀行は「ごめん、失敗した。てへぺろ」と言って頭を下げるだけで、国民が払う税金の半分を横取りしたのです。
 酷い話だ。

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追記

 「人から何かを借りる」ことの道義的責任について。

 他人に借りを作るのは嫌だという人は、少なからずいるでしょう。でも「何を今さら」と私は思います。

 子供を独り立ちできるまで育てるのは、膨大なリソースを必要とします。それを提供するのは親や国家だ。その間、子供は「借りっぱなし」です。

 子供を一人育てるには3千万円かかると言われています。これに国費を加えれば、5千万円ぐらいが一人に注ぎ込まれている。親の労働力を加味すれば1億円では済まない。親が育児に費やす20年間の労働力は、少なく見積もっても、それだけで1億円の価値はある。

 だから、新成人は既に社会に対して1億円を超える「道義的負債」があります。普通は自らが親や納税者となって「返済」します。

 そこに数百万円が加わったところで、ほとんど誤差です^^;


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