あとがき 2022
去年描いた二次創作の漫画のあとがき、もとい演出意図のメモを書いたのが楽しかったので、今年もまた書いていきます。メギドの日5周年おめでとうございます。(カップリング要素があります)
前回のあとがき↓
https://note.com/sakuranomorino/n/nd54af3284e0b
4周年カウントダウン企画のシャミハザのこぼれ話を見て描いた漫画です。かわいいですね。
・1ページ目
2ページ目から始まっても話は分かるのですが、「肖像画に対してこの部屋は狭い」というオチに向けて部屋の中を描いておきたかったのと、このやり取りがかわいいので挿れています。かわいいですね。
ジルベールはアーシャに手紙を送っているので、(手紙はペンで書くでしょうが)手紙に何を書くかメモしたりするのに鉛筆は普段からよく使うだろうなと思い、鉛筆は短めです。梅雨のログインボイスで「読書したいな」と言ってたので机の上に本が置いてあったり、机の横にあるタンスの上に手紙の束が置いてあります。
リジェネレイトシャミハザの衣装はジルベールが自分で着替えたものなので、カウンターの衣装とリジェネ後の衣装が同時に存在してるの面白いな〜と思ったので壁にカウンター衣装の上着がかけてあります。
・2ページ目
下段の3コマは無声でもいいかなと思ったのですが、「別の場所に飾る時はまた2人で相談しようね(その時まで死なせないからね)」というオチを強調したかったので、2人で仲良く相談している台詞を入れました。台詞入れてもシャミハザ全然喋んないですね。かわいいですね。
・3ページ目
かわいいですね。生活感があります。家電屋で見た時はそんなに大きく見えない家具、家に来ると思ったよりデカがち。
・4ページ目
「いつかこの戦いが終わったら」の話はCシャミハザキャラストーリーを読んでから(これを描いた当時から3年半くらい前)いつか書きたいな~でも公式からの答えを先に見たいな~と思っていた話で、Rキャラストでジルベールがシャミハザを死なせたりしないと誓ったことでやっと書けた台詞です。前述した通り、「その時まで絶対死なせないからね」という台詞なのですが、シャミハザはいいよとは言ってくれません。ジルベールもそれは分かって言っています。
アザゼルのアジト台詞の「俺は、表情が硬い、らしい …水に浸けてみるべきか、それとも揉むべきか…?」から膨らませた漫画です。
作中で言いたいことはほぼ言っており、ページ毎に解説するほどのことがないのでザックリ全体の解説をします。
・構成
最初に思いついたのはアクィエルとのシーンだったのですが、前向きな方向で終わらせたかったので色々追加してこの形になっています。
シーンが変わるごとに同じような構図で始まりますが、それぞれのキャラクターがジャンの中で同じくらい頼りにしているという表現でもあり、アザゼルというコミュニティに依存していた(させられていた)ジャンが依存先を分散させること=自立することであり、ジャンが「個人」になっていく過程を意識しています。
アクィエルのシーンが全体的に暗めなのは、色んな人の中のひとりとして付き合う分には問題ないのですが、彼は停滞することを許してくれるので「アザゼル」という停滞し続ける存在だったジャンにはちょっと恐ろしくもある存在です。このシーンの最後のコマはアクィエルへの恐れというよりは、優しさを恐怖してしまう自分への自己嫌悪です。
・花
花が診察室の机やビフロンスの家の机の上に飾ってあります。わかりづらいですがアクィエルのシーンでも花が咲いてます。アンドラスが花に触れているシーンで「持っていないから理想を持ってしまうんだ」と言っているように、花はジャンが自分の在り方に疑問を抱くきっかけになったアザゼルを想起させるもので、彼がアザゼルでありながら持っていた「個」への憧れ=理想のモチーフです。
・光
窓から差し込む光は、日中にやることが終わってから相談しに行ってるイメージで、夕方の時間帯を意識しています。昼から夜への過渡期で、ジャンもまた過渡期にあります。
前回のあとがきを書く前に描いた漫画なのですが、読み返したら理不尽すぎる!となったので言い訳をしておくか…ということで。(クイズの元ネタはリアルイベント「メギド72 garden ~ソロモン王たちの休日~」で実際に出題されたものです)
元々はもうちょっと複雑なネームだったんですが、テンポ悪くね?となり全部カットした結果がコレです。一応ソロモンの解答としては、クイズ形式なのは引っかけで流石にフォルネウスも分からないだろうからその時のリアクションで偽物か判断しようとしたというのが真相です。
ネーム見返したらフォルネウスが本物と証明するためにソロモンが初めて自分と話してて笑ってくれた日のこととかを真顔で語るけどソロモンに「えっ!?覚えてない…」とか言われるくだりとかあったらしいんですが、かわいいじゃん!描いてよ〜!なんで〜!?
ちなみに今まで描いた漫画の中で唯一のバッドエンド二次創作です。
かわいいですね。マネージャーはアンジャッシュのコント状態で勝手に精神をすり減らしています。マネージャーはめちゃくちゃ苦労してきたであろう無知な人間がいつも自分の都合のいい方に頷いてくれることに罪悪感を感じていますが、ロキはタイトル通り「副官って言ったし死ぬまで一緒にいる」くらいの気持ちでやっています。
2ページ目の文字が読めないし勉強するつもりもないのに隣に座って椅子を近づけているロキが見てるのはマネージャーの嬉しそうな顔です(今回のカップリング要素)。
3ページ目の「でも……」の後に続くのは「まともな人生送ってきてないんだろうな」です。頭の中だろうと言葉にすると自分の最低さを自覚してしまうのでここから先は言葉になりません。
「文字教えてやろうか」は、上記のような罪悪感を薄れさせるために「教えてくれ!」と言ってほしかったが故の言葉です。ロキはマネージャーにとって憧れであり手の届かない輝きを持った人なので、そういう人に自分が教えられることがあるという優越感もありますが、年下相手(とマネージャーは思っている)にそういう優越感覚えること自体にも自己嫌悪があります。そして、なまじ頭が回るばかりに教えないことのメリットも同時に考えてしまっている自分も嫌になっています。
同ページ最後のコマで、マネージャーの首が映るのは服の装飾と合わせて首輪のイメージです。マネージャーはロキを捕まえたと思っていますが、囚われているのはマネージャーの方です。
4ページ目の「笑ってんじゃねえよ」はロキが自分を頼りにしてくれている事実が思ったより嬉しくなってしまった自分・ロキの言葉に乗っかって教えないメリットをとってしまい「これからも頼りにしてくれ」と笑顔で言えてしまう自分・無邪気に笑うロキに対しての言葉です。
ちなみにロキの顔が上の上として、マネージャーは中の中〜上くらいだけど笑うといい男に見える顔という気持ちで描いています。あの世界の役者は舞台役者なので、顔の演技も上手いと思いますが、表情よりも身体や声を使った演技の方が上手いと嬉しい。(漫画に活かせてはいないが…)
イベストでもロキはなまじ歌わなくても言葉が通じるので、それこそあのシーンまでマネージャー相手にはあまり歌で言葉を届けない(本心でぶつからない)ので、無言で笑いかけるシーンを入れました。キャラストでマネージャーのために歌うシーン本当に良かったですね。
かわいいですね!!!
イベントストーリーの(ここで歌ってりゃ、そのうちマネージャーのヤツも気付いて飛んでくるだろ…)という台詞から考えました。ロキは自分のことがめちゃくちゃ好きという感じのキャラクターではないのですが、マネージャーがロキのライブが好きなことには自信があってかわいいですね。
精神病院なので嵌め殺しの格子状の窓がついてます。
かわいいですね!
2ページ目の2人の寝方はマネージャーが半胎児型と胎児型の中間くらいで、ロキについてはメギドの寝相って何…?と考えて布団に手を置いて常にすぐ起き上がれるようにしているとかかな…?という発想で描きました。
マネージャーは寝る時ピアス外してるけどロキは外してません。3ページ目以降の時系列では、入院してしばらく経っているのでピアス穴が塞がっています。
タイトルの「不正解」は、あの事件の後、全てが噛み合って正解の中にいるという錯覚は終わって、今の彼らは相手に対しての正解が分からないけど不正解なことばかりはわかるという状態にあるという意です。雨の中「置いていってくれ」と言えば怒るし、「二度と来るな」も正解じゃないし、人を殺したのも間違いです。「よくやった」なんて声をかけてはいけないこともわかります。最後のページのマネージャーはうなされています。
タイトル付けるなら「それでもお前がお前で良かった」です。
カラダンダはコシチェイに対して明確に上の立場に立つこと恐れているというか、遠慮しているのではないかと思って描いた漫画です。カラダンダは高潔である種潔癖な人物なので、どう見ても差がある人に対して「俺はお前たちよりも上だぞ」ということを避けている気がします。それによってコシチェイは自己の尊厳を取り戻しますが、誰かに無条件で保護してもらえる子供時代というものが与えられませんでした。「なにか」というのは大人と子供、教師と生徒、保護者と被保護者のような、温かい上下関係に類するものの想定で描きました。(イベストでカラダンダがコシチェイに最後にしてあげたことが「身を挺してでも守る」なの、良かったですね)
コシチェイに知恵を与えたのはカラダンダである以上、コシチェイの人生や末路に責任や「もしかしたらこうすればもっとよかったのではないか?」という後悔が無いはずはなくて、それ故に生涯を共にしたという側面もあると思っています。
しかし、それでもコシチェイはコシチェイだったと、彼個人の尊厳と存在を絶対的に肯定するというオチです。本当にそれで良かったのかは分かりませんが、カラダンダはこう思うのではないかと考えました。
コシチェイはメギドラルのことが好きではないですが、ヴァイガルドに対しても特に特別視していないんだろうなあと思った漫画です。カラダンダは帰りたかった故郷なので当然めちゃくちゃに思い入れがあります。
この2人の意識の差ってかわいいな…と思ったので描きました。
作中の2人は既にヴァイガルドに来る手段を手に入れていて、逃げ出してもわざわざマグナレギオは探しに来ないので多分逃げおおせるのに、そうしなかったことが、選択肢の少なかった2人がその中でも選んだ選択を感じられて好きです。
コシチェイはメギドラルが好きではないし、故郷と呼ぶなどまっぴらごめんなのですが、別段ヴァイガルドも故郷ではないですし、カラダンダは彼に故郷と呼べるような場所がないことに気づいてしまいます。
故郷がない彼に何か言ったところで、故郷ができる訳でも、探すつもりも毛頭ないのです。そもそも、故郷がないことを不幸だと思うことさえ傲慢かもしれません。
カラダンダを見下ろしたコシチェイの後ろから光が当たっています。カラダンダにとってコシチェイは自分が灯した光であり大きく育った炎なので、影を落とす存在であり道を照らしてくれる存在です。
最後のページすごいイチャイチャしていてかわいいですね。最初はもっと悲しい感じの終わりにしようかと思ってたのですが2人に喋らせたら勝手にめちゃくちゃイチャイチャし始めて良い思いをしました。故郷がないことなんて気にする必要ないのかもしれません。
もう内容がド直球なのでそんなに書くことがないですね。
最初のネームでは死体を埋めているシーンにしようとしていたのですが、よく考えたらメギドラルでは幻獣に食べさせるのが1番手っ取り早い死体遺棄方法かもしれないなと思って運搬してる場面になりました。
手当てする時に顔を焼かれた時に焦げた髪の毛をカラダンダが剣で切ったので前髪が所々パッツンになっています。
カラダンダはコシチェイが生きてるだけで結構嬉しいのですが、コシチェイは生きてるだけでは家畜だった頃と変わりないので嫌です。かわいいですね。
かれこれ三、四年前に書いたネームを元に加筆して描きました。全然変わらないまま加入してくれてありがとう。
メギドの日記念イベントでガギゾン出てくるかも!?もしかしたらついに会話するかも!?と思って急いで描いたのですが、出てきませんでした。残当…。
「ドキドキメギドの保健教室」でシャミハザが「2度と聞きたくない名前だ」と言ってたのをジルベールは覚えてるので、2人を対面させるくらいなら代わりに対応しようかなと思ったのですが、シャミハザはジルベールがガギゾンと関わる方がよっぽど嫌がりそうだなと思います。
「よりにもよって」のコマの表情が、普通は逆だろ!というところがお気に入りです。
かわいいですね!
ガギゾンは170㎝はあるようなので、ベルゼブフが3mくらいになってますが、まあブネも3mなので大丈夫でしょう。
キャラストを見るにガギゾンとベルゼブフの接触は本当に短い短い間しかなく、こういう隙はないようなのですが、かわいいので描きました。多分これからも描くかもしれません。かわいいので…。
藤本タツキ先生の雨や雪の表現が好きなので真似してみたのですが、難しいですね。
ベルゼブフの存在があやふやな感じを出したいけど表情は描きたい……みたいな苦肉の策を感じられる描き方になっていますが、笑顔のコマが効果的になったので結果的には良かったかなと思っています。
ガギゾンは何も持っていないので、恩を感じる人になにも返せず、傘を差してあげたいと思っても人に優しくしなれていないので素直には言い出せません。風邪を引かないベルゼブフにも特に傘は必要ないのですが、その図々しくもいじらしい気遣いにベルゼブフは笑ってくれます。(「一緒に入ろう」も結局借りた傘でしかないので、ガギゾン自身は無力な存在です。)
ガギゾンは悪意によってこの身体にならなければベルゼブフと出会えませんでしたし、もしベルゼブフが蛆によって人格を破壊されていなくても出会えません。彼らには友達のような関係の萌芽があったかもしれませんが、前提の時点からそうはならず、常に不均等で、おぼつかないところがかわいいところです。
おわり
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