ブーケのようなご褒美を ep.甘く甘く
「なにっ!!してんねんっ!!」
一気に男が私の体から離れ、間に別の人が入ってきた。私はこの人を、この人の香りをよく知っている。会いたくて会いたくてたまらなかった人だ。
「な、なんだよ!」
まさかの男の介入に驚きを隠せないといった声色をしていた。というのも、一星さんの大きな背中のおかげで私から男は見えないのだ。これほど頼もしいことはない。
気が付くと私は一星さんの背中にしがみついていた。怖かった心が一気にお花畑に来た気分だ。
一星さんの右手が私の背中に回ってポンポンとしてくれる。それだけで涙が溢れそうだ。
「誰なんだよ!俺とその子の間に入るなよ!」
男は一星さんをどかそうとするけど一星さんはそこら辺の男ではない。ちゃんとアイドルをするために鍛えているのだ。そこら辺の男の力ではビクともしない。
「このっ…!」
男が更に力を込めるのが一星さん越しに伝わるが、一星さんは何も言わないし、決して動かない。ただ右手だけは相変わらず私の背中をポンポンとしている。大丈夫大丈夫、そう言ってくれているみたいに。
「さっさと去ねや」
一瞬誰の言葉か分からなかった。けどあんなに力をこめていた男がサッと身を引いた所を見ると一星さんが発したのだろう。元々低い声なのにそこに怒りを乗せると、とても凄みを増すみたいだ。
男はすごすごとお店を後にした。少し見えた後ろ姿は喧嘩に負けた犬みたいだった。
私と一星さんの間に少しの沈黙が訪れる。そしてすぐに一星さんがこちらを向き、これでもかというほど強い力で抱きしめられた。
「い、痛い痛い!!痛いです!一星さん!」
「うるさい」
それでもそれが心地いいと思う自分は変なのだろうか。
ようやく離してくれたと思ったら今度は思いっきり両頬をつねられた。
「いひゃいれす」
「ほんまに…紫苑先生から連絡来てからホンマに心臓止まりそうやったんやけど!?」
事の顛末はこうだ。紫苑さんが仕事の連絡が来てから、男の異様な執拗さをさすがに危ないと判断しその場で一星さんに連絡。一星さんは丁度仕事が終わったばかりで、たまたま今日は自分の車で仕事に来ており、そのまま駆けつけてくれたのだ。
「無事でホンマに良かった」
今度は優しく、ゆっくりと抱きしめてくれた。私はそのまま一星さんの背中に手を回した。
「一星さん」
「ん?」
「会いたかった」
安心したら、それが今度は体と脳を支配した。会いたかった。こんなにも。ずっと待ち焦がれた。
「そんなん俺かて会いたかったわ」
一星さんが少し体を離すと、その端正な顔が私の顔に近づく。
甘く温かい血液が全身を駆け巡る。これが恋だというのなら、悪くない。
「一星さん」
顔を離して少しの照れくささから、今度は一星さんの方に顔を預ける。
「ん?」
「長いよ」
「それはごめんやん」
一星さんの手が私の頭の上に乗る。安心する、何時だって私を守ってくれる手。私が話したくないと思う手。
会う前まではあんなにこのままでもいいとか思っていた癖にこうしてしまうと、離れないで欲しいと心のそこから願っている。
「やだ」
「んえ、どうしたら許してくれるん」
一星さんは体を離して、いつものように腰を屈めて、いつものように優しい笑顔で、いつものように柔らかい声で聞いてくれる。
「来年、またあの公園に行ってくれたら許す」
私は少し考えて、欲張りなお願いをした。
一星さんは少し目を見開いて、そしてまた笑った。
「そんなん当たり前やん」
私はもう一度大好きな香りに包まれた。
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