ブーケのようなご褒美を ep.女子会

そこから一星さんは今までの定期的に来てくれていた時とは打って変わって、あまり顔を出さなくなった。たまーに来ても閉店後しばらくしてからだった。どんな仕事をしていたのか聞くとライブのリハーサルをしている、とのことだった。こんな時間まで!?と驚くことが増えた。

 かといって関係性が進んだかと聞かれたらほとんどあの夜の前から変わっていない。

 唯一変わったことと言えば連絡先を交換したことくらい。逆に今まで交換していなかったことにお互い驚きを隠せなかった。それくらいお互い仲良くしている気がしたのだ。

 まぁでも、一星さんはいろいろな所に行くが私は基本的にこのお店から動かないので、ここに来れば会えるのだから交換する必要もなかった。

 でも、私がおばあちゃんのお墓参りに行った日、あの日に一星さんが来たらしくお店は開いてないし、しばらくお店の外で待っていたらしい。それにちょうどキヨさんが気が付いて今日は休みだよと教えてくれたみたいだ。

「あの炎天下の中待ってたんですか!?」

「ん?おん。日陰やったしそんな大変やなかったよ」

 なんて言ってくれたが今後はそんな事が起こらないように、と連絡先を交換したのだ。

 そこから一星さんは空き時間があれば連絡をしてくれる。大丈夫なのか聞いたが俺がすみれちゃんと連絡したいだけやねんと心配無用!と一蹴されてしまった。

 そうだ、あの夜から変わったことはまだあった。

 一星さんのまとう空気が格段に甘くなったのだ。今までは優しいふんわりした笑顔としか見られなかったのに今は、私のことが大切で愛おしいって書いてある。目は口ほどに物を言うとは本当にまさしくその通りだ。

「で?それが恥ずかしいって事?」

「はい…」

「何それ~、めっちゃいいじゃないですか!」

 私の目の前のカウンターに座るのは、日葵ちゃんと紫苑さん。私には一星さんとの恋は抱えるにはあまりにも大き過ぎたので、二人には他言厳禁を約束してもらい一部始終を話したのだ。

 紫苑さんは「あ~やっぱり?」とある程度察しがついていたみたいだが、日葵ちゃんは寝耳に水だったようで、「一星ってあの一星ですか!?」と何回も繰り返していた。

「というか私は全然不思議じゃないよ。あいつのすみれちゃんを見る目はもう好きな人に向けられるそれだったもん。まぁ、あの時は自覚してなさそうだったけど」

 人生経験も恋愛経験も豊富な紫苑さんがいうんだからきっとそうなのだろう。

「すみれさんはお相手の方の事どう思ってるんですか?」

 さん人の暗黙の了解で一星さんの名前は出さない。これでも一応営業中なので他のお客さんが来た時に聞かれたら困る。

「そうそう、それが一番大事な所だからね」

「わ、わかんないです…」

 いやもうこれ以上ないほどに自覚している。携帯がなってしまえば一星さんかなと飛びついてしまうし、営業終わりも一星さんが来るんじゃないかと少し待ってみたり。

 こんなの少女漫画に出てくる恋する乙女だ。

 二人の目は「本当かぁ?」とでも言いたげなぐらいジトっとしている。

「うっ…」

「絶対自覚してるだろ」

「顔赤いですもんねぇ」

 こうも改めて言われるとこんなにも恥ずかしいものか。久しく恋バナなどしていないからむず痒くなる。

「紫苑さんはお仕事一緒にしたことあるんですよね?」

「ん、でもあいつのメンバーとだけだよ。本人とはしたことない」

「え、そうなんですか?」

「うん、でも良いうわさしか聞かないな。メンバー全員。あそこまで善人が集まること中々ないと思うよ」

「逆に怖くもありますよねぇ」

「まぁそれもそうだな。すみれちゃんは?あいつとよく話すだろ?どう思う?」

「いい人だと思います。凄く」

 一星さんに極悪人の顔があるとは考えられなかった。

「なら付き合っちゃえばいいのに」

 日葵ちゃんがコップに刺さったストローでパインジュースを飲みながら言う。

 出来ることなら私もそうしたい。けど私にはまだ覚悟が出来ていなかった。多くの人の失恋を背負うことが。私で良いんだろうか、そう思ってしまう。

「相手が相手だからなぁ。こっちもそれなりに気を付けなきゃいけないし、好きだから付き合います!とも行かないだろ」

 紫苑さんはルフラのアイスティーにミルクを入れてストローでかき混ぜている。

「それで上手くいかなくて破局してるのも何人も見てるし、すみれちゃんが踏み切れないのも理解できる」

「まぁそうですよねぇ。私なんかはどんな人だって人間なんだから恋の一つや二つくらいするだろって思うんですけどね」

「そう思わない人の方が多いんだよ。ましてや、ねぇ」

 私は言葉を濁したが二人には伝わったみたいだ。アイドルの恋愛話はご法度だろう。芸能人のスキャンダルは世の中に大きな衝撃を与える。それがアイドルになればなおさらだ。

「まぁでも」

 紫苑さんは残りのアイスティーの残りを一気に飲み干してから、私の目を見て言った。

「最終的にはすみれちゃんの心に従うといいよ。上手くいく、上手くいかない、バレる、バレないは誰にも分からない。未来のことだからね。すみれちゃんがあいつの傍にいたいと願うなら飛び込んでいいと思うよ。逆に変なことを考えて後悔しないようにね」

 紫苑さんの言葉がすとんと心に落ち着いた。

「そうですよ〜。どんなことがあっても私たちはすみれさんの味方ですし、すみれさんを悪く言う人がいたら私たちがぶっ飛ばしに行きますよ!」

 日葵ちゃんの言葉が心に重く響く。

 そうだ、私はもう1人じゃない。こんなにも素敵な人たちに囲まれて自分の好きなことをして生活している。何も怖がることなんかないじゃないか。

「二人とも、ありがとう」

 今は、一星さんの仕事が落ち着くまで待つことしかできないけど、私は自分の心を信じて、好きだと行ってくれる一星さんを信じて、味方だという二人を信じて、待ってみることにした。


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