ブーケのようなご褒美を ep.不安

 それから一星さんはお店に来なくなった。連絡だけは毎日コンスタントに届いている。でもそれもかなり遅い時間や早い時間、少しだけだったりとかなり不規則だった。

 不安にならないかと言われればウソになる。いや、とても不安だ。でも長谷川さんの言葉や紫苑さんに話を聞いてもらったりなどしてどうにかこうにか不安をやり過ごした。

 一星さんも時間が取れた時は電話をかけてくれたりと、不安になり過ぎないように努力してくれている。そんな努力を私のわがままで潰してしまうのは間違っている。

「こんにちわぁ~!!」

 ちょっと気分が落ち込んでるときに私の太陽がお店に舞い込んできた。

「あれ今日配達の日じゃないよ?」

「はい!SOSが聞こえた気がしたので遊びにきました!」

 私の太陽は超能力が使えるらしい。

「日葵ちゃ~ん…」

「うお!本当にSOS出してた感じですか!」

「出してた~」

「仕方ない、この日葵サンがすみれさんのお話聞いてあげましょう!」

 そういうと日葵ちゃんはキッチンの一番近いカウンターに腰かけた。今日はニルギリのアップルティーだったのでホットにして自分の前に置いて、日葵ちゃんにはいつものパインジュースを出す。

 要点を摘んで日葵ちゃんに話す。私が純粋に男の人を信じることが出来るのなら今も悩まないのだろう。こんな時に、ようやく幸せを掴めそうなときに過去の男性不信にさせた出来事が足を引っ張る。

「まぁでもそれを覚悟でこの状況だから…」

 正直こんな会えなくて、みたいな悩みさえおこがましいのだ。

「でもそれ、好きなら当たり前の感情じゃないですか?」

 私はポットからカップに紅茶を注いでいた手がぴたりと止まった。

「え?」

「え?好きなんですよね?彼のこと」

 いまだにこの質問にどぎまぎしてしまう自分がいるが、心の中はもうすでに一つの答えを出していた。

 私はポットを横に置いた。

「うん」

「なら、会いたいって思うのは当然ですし、それだけ好きって言ってくれる相手ならきっと彼も会いたいって思ってくれてますよ」

「そう…かな…」

 そうだと嬉しい。けど心のどこかでまだ引っ掛かっている自分がいる。

「それにちゃんと連絡してくれてるんですよね?なら大丈夫ですよぉ。しかも一番近くで見てる人からいい人っていうお墨付き!絶対大丈夫ですよ!」

「まぁ、確かに…」

 まったくもってその通りなのだ。長谷川さんからも気が使えるかなりいい人と力説されたし、連絡は不規則ではあるものの絶対に毎日来る。きっと寝る前だろうなとか、起きたからだろうな、というタイミングで。しかも「おはよう」と「おやすみ」は欠かさない。私が寝ていても絶対に起きたらどちらも来ている。

 それなのに不安がどこかぬぐい切れない自分が嫌になる。

「あ!じゃあ!」

 と日葵ちゃんは自身の携帯を取り出して素早く操作する。そして目的の画面に辿りついたのか、携帯の画面を私に向けた。

 そこにはドラマやバラエティー番組等がずらりと並んでいた。

「なに?これ?」

 自慢ではないが私の携帯はあくまで連絡手段でしかなく、こういった別の用途にはとことん弱かった。

「これでテレビの見逃し配信が見られるんですよ。だから、テレビが無くても彼の姿が見られるし、彼がどんな事をして頑張っているのかも見れますし、会いたい気持ち少しだけまぎれるんじゃないかなぁって!」

 そういって日葵ちゃんはもう一度携帯を操作して違う画面を開いて見せてきた。

「これは…?」

「凄いですね、こんなに出てるんだ…」

 日葵ちゃんは数回画面を下にスクロールして感嘆の声を漏らした。そして、今度は私に説明してくれた。

「これ、彼が出てる番組一覧ですよ」

「これ全部!?」

 数回スクロールしても出てくる番組の量。これを彼はこなしているのだ。ライブをやりながら。

「すご…」

「なんか私も頑張ろう!って思えてきません?」

「確かに」

 日葵ちゃんはこんなにも簡単に私の心の靄を払ってくれた。結局自分の心のくすみは何だったのか分からないが、これだけ頑張っている一星さんを見たら自分がちっぽけに思えてどこかに消えてしまった。

「もしこれを見ても辛くて本当にしんどかったら私を呼んでください!楽しくおしゃべりしてたらあっという間ですよ!」

「それには私も呼んで欲しいねぇ」

 私と日葵ちゃん以外の声が聞こえたと思ったらお店の扉の所にキヨさんが立っていた。

「最近遊んでくれないと思ったら恋愛にうつつぬかしてたのかい。いいねぇ若いって」

 キヨさんは日葵ちゃんの隣に腰かけた。クッションを渡すのも忘れずに。

「すみれちゃんの彼もの凄ーくカッコいいんですよ!」

「聞いた聞いた、あの柳に。おれのすーちゃんが男前に取られるってぼやいてたさ」

 私はキヨさんに私と同じアップルティーを出した。

 そして一口ゆっくり飲んでからキヨさんは口を開いた。

「いっぱい恋愛して、いっぱい失敗なさい。今は好きに恋愛が出来るいい時代なんだから。失敗は間違いじゃない。間違いも失敗じゃない。間違いも失敗も、後の自分がどう行動するかで変わるんだから。自分の思うまま好きに生きなさい」

 キヨさんはいわゆる政略結婚とされる物をしたとおばちゃんに聞いたことがある。当時は親が結婚を決めるなんてよくあることで、キヨさんも当時そうだったらしい。

 だけどキヨさん自身心に決めた人がいた。でもその人は戦争で帰らぬ人になった。泣く泣くキヨさんは親に決められた人と結婚したのだ。

 前にキヨさんが

「当時は本当に嫌だったさ。でも、逃げるのも嫌でね。仕方なく受け入れたんだよ。嫌々だったけれど今思うと悪くない結婚生活だったよ」

 と語っていたのを思い出す。失敗も間違いも後の自分の行動次第。

 なんだか心に凄く刺さった。

「うん、キヨさんも日葵ちゃんもありがとう」

「はい!何時でも呼んでください!」

「老いぼれの相手も頼むよ」

 何言ってんですか!まだまだ元気じゃないですか!と日葵ちゃんの元気な声が響いた。


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