ブーケのようなご褒美を ep.電話

そんな話をした次の日、一星さんから連絡が届き、今までは閉店後にちょろっとだけ寄るくらいは出来たけどそれが出来なくなる、という連絡だった。

 ライブのリハーサルにドラマの打ち合わせ、それに伴って番線の為のバラエティー番組の撮影、雑誌の撮影、自分たちの冠番組の撮影と聞くだけでめまいがしそうだ。

 ごめんやで、って電話でたくさん言って貰ったけど私はそれよりも一星さんの体が心配だった。

 それを伝えると大体ライブ前はこんな感じなのだそう。

〈まぁ、今回はドラマもあるからいつもより忙しいけどな〉

「そうですよね、本当に体壊さないでくださいね」

〈体は慣れっこやから問題ないねんけど、すみれちゃんに会えへんのが一番しんどいわ〉

 全身の体温が二度くらい上がった気がした。私が何も言えずにいると一星さんはその甘い空気をそのままに言葉をどんどん続ける。

〈うわぁ、会えへんとかホンマにしんどい。好きな子に会いに行って癒された方が仕事もはかどるわ。あ、なるべく電話はするな。俺が声聞きたいだけやけど。いや、あかんわ。声聞いたら会いたくなってまう。車すっ飛ばして今から会いに行こうかな〉

「い、今からですか!?」

 時計を確認すればすでに0時を過ぎている。

〈ウソウソ。すみれちゃんも仕事やし、俺も明日朝から仕事やし〉

「朝からですよね?もうそろそろ寝た方が…」

〈ん~せやな。そろそろ寝ようかな〉

 あ、もう電話が終わってしまう。忙しい中欠かさず連絡をくれて、少し早く仕事が終わった日はこうして電話をしてくれる。この時間が何よりも嬉しいのだ。

 それなのに、終わってしまう。

〈なぁ、すみれちゃん〉

「はい?」

〈切りたくないって思ってくれてる?〉

「え!?」

 心を読まれたのだろうか。いつも一星さんには顔に出やすくて分かりやすいって言われるけど、まさか電話でもバレてしまうの?

〈いや、ちゃうわ。そう思ってくれてたら嬉しいなって俺が思っただけやわ。うん、ごめん気にせんで。おやすみ〉

「思ってます」

 切られてしまう。終わってしまう。そう思ったら素直に言葉が出てきた。きっと一星さんはエスパーなんかじゃない。

 私たちはまだ恋人同士じゃない。私はまだ一星さんに好きだとは伝えていない。でも一星さんは真っ直ぐに伝えてくれている。まだ、恋人同士になれなくても。

 一星さんが私に伝えてきてくれるなら私だって伝えていいはずだ。

「電話、切りたくないって思ってます。声が聞こえなくなるの、寂しいって思ってます」

 今なら火を吹けそうだ。それくらい顔が熱い。一星さんの長い沈黙が更に私を熱くさせる。でも言葉を取り消したりはしない。これが私の本心。

「あの…?」

 あまりにも長い沈黙にさすがに耐え切れなくなった。

〈ずるいわ、すみれちゃん〉

「ず、ずるい!?」

〈ホンマに…なんでそんなこと言うん〉

 さすがに迷惑だったのだろうか。明日も朝から仕事だと言っていたいのに寝る時間を遅くさせようだなんて…

〈なんでそんな可愛い事言うん。会いたくなってもうたやん…〉

「かわ…いくはないです。本心です」

〈なおさら可愛えわ〉

 早口で言われる。いつもは余裕な姿しか見ない一星さんが私の言葉にきっと顔を赤くしてるだろう。電話で顔は見れない。でもなんとなく一星さんがこんな感じなんだろうな、というのは想像が出来る。

〈いま揶揄って笑ってるやろ〉

「え〜?そんなことないですよ?」

〈うわ、絶対そうやん〉

 電話越しに二人で笑いあう。こんなに楽しい恋愛は初めてだ。

 そんなことをしていたら切ろうとしてから更に一時間が経過していた。

「うわ、一星さん、もう寝ないと」

〈ホンマや。さすがにそろそろ寝るわ。おやすみ〉

「おやすみなさい」

 私が携帯を耳から外し、通話を切ろうとした時。

〈すみれちゃん〉

 一星さんがもう一度私に話しかけた。慌ててもう一度携帯を耳に押し付けると

〈ホンマに好きやで〉

 それだけ言うと耳からはもうツーツーツーという電子音しか聞こえて来なかった。

 携帯を手に持ったまま横にばふんと倒れる。

「ずるいのはどっちよ…」

 なんて呟きながら口がにやけて行くのが分かる。

 心臓がドキドキして甘い血液が全身を駆け巡る。あぁもう、私まで一星さんに会いたくてたまらなくなってしまった。

 私は携帯を胸にギュッと抱きかかえて、まるで一星さんのぬくもりを携帯越しに感じるようにそのまま眠りについた。


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