ブーケのようなご褒美を ep.柳じいさんの話

今日の目覚めは良かった。

 急いで支度して、ポニーテールもいつもよりきつめに。リボンも巻いて。

「よしっ!」

 私がこんなにワクワクしてるのは、ポプリを開ける日だから。上手くいってるか不安はある。でも、サシェを手作りした影響なのか、かなりの愛着が湧いて不安より楽しみが勝っていた。

 欲しいと言って楽しみにしてくれている皆にあげた時の顔を想像するだけで嬉しくなる。きっと皆喜んでくれる。

 いつも通りイベリスのお花にお水を当てようと外に出るとなんだか皆が「どうしたの?」「何かワクワクしてる?」「何かあったの?」と聞いてくれているような気がして独り言のように答えた。

「んふふ、ポプリ完成したんだぁ。上手くできてるといいなぁ。皆にあげるんだぁ」

 そう言うと、なんだか皆に祝福されている気分になった。「そっかぁ、楽しみだねぇ」って言われてるような。

 自分で言うのもあれだが、イベリスの花とはちゃんと意思疎通が出来ていると思う。まぁ、自己満足なんだけどね。

 お店に戻って早速ポプリの瓶を開けてみる。

 ゼラニウムの香りとローズ、ラベンダーの香りがちょうどいい感じに交じり合い店内に広がる。そこまでたくさん作っていないのできつすぎることはない。

 そのポプリをお茶を入れる時に使うパックの中にちょうど七等分になるように入れる。キヨさん、柳じいさん、日葵ちゃん、紫苑さん、一星さん、自分。そして…

 カレンダーに目を向ける。もうそろそろ夏の本番が始まりそう。そっとリボンに手を伸ばす。おばあちゃんの命日。

 おばあちゃんのお墓参りにポプリを持っていこうと思っている。きっとおばあちゃんなら、「よくできたね。ありがとう」って受け取ってくれるだろう。

 パックの中に入れたポプリを今度はこの二週間必死に作ったサシェの中に入れて、菫色のリボンで入り口をリボン結びすれば完成。

 全部を並べてみる。一つはかなりの不格好。柳じいさん用の奴。こうしてみるとかなり上達したな。多少の縫い目のズレはご愛敬。二週間じゃキヨさんの様には上手くいかなかった。

 これを機にお裁縫も少し頑張ってみようかと頭を考えていると真夏がよく似合う、向日葵がお店に飛び込んできた。

「おっはようございま~す!ポプリ受け取りに来ました!」

 ビシッと効果音が付きそうなほどの敬礼をしながら日葵ちゃんが入り口に立っている。日葵ちゃんの横にはこれからの季節にピッタリな向日葵の束が置かれている。一応仕事はしてくれているみたいだ。

「ちょうど一個完成した所だよ。はい、どうぞ」

 日葵ちゃんの手のひらに乗せると、日葵ちゃんはポプリの香りで肺をいっぱいにして幸せそうに息を吐いた。

「めちゃくちゃいい匂いする〜!大切にします!ありがとうございます!!」

 またも元気いっぱいに敬礼した。

 私もそれに釣られて敬礼し返して

「よろしくお願いします!」

 と言った。

 ちゃんと日葵ちゃんは仕事を忘れていなかったようで、私に向日葵を手渡してきた。向日葵と言っても大きな物じゃなくてミニ向日葵と呼ばれる一メートルに満たない品種。まだこれから花が開く、くらいのタイミングの物を持ってきてくれた。きっと綺麗な花を咲かせるだろう。

「すみれさん、向日葵の花言葉知ってます?」

 日葵ちゃんが訪ねてきた。もちろん知っている。あまりにも有名な花言葉だ。

「『あなただけを見つめる』でしょ?向日葵が太陽の方向を向くことから付けられたって聞いたことがある」

 私が答えると日葵ちゃんは、人差し指だけを左右に動かして、ちっちっちっ、と言った。

「それだけじゃないんですよ。『憧れ』っていう花言葉もあるんですよ」

 花言葉は一つの花に一つとは限らない。複数ある場合もある。例えば私の名前のすみれだったら『謙虚』『誠実』『小さな幸せ』。また、色によって花言葉が変わる場合もある。例えばチューリップ。赤は『家族への感謝』、ピンクは『労い』、オレンジは『照れ屋』。もっともっとあるのだが上げだしたらキリがない。後は、おじいちゃんがおばあちゃんを口説くときに使った本数なんかでも花言葉が変わったりするのだから面白い。

「私にとってすみれさんは『憧れ』です!だからたくさん届けに来ました!」

 日葵ちゃんは太陽にも負けない笑顔でそう言い放った。私にとっての日葵ちゃんは太陽だった。いつも心を明るく照らしてくれる。それが日葵ちゃんなりの愛。

「ありがとう。私にとって日葵ちゃんは太陽だよ」

 そう伝えると、照れちゃいます~とまた太陽みたいな笑顔で答えた。本当に名は体を表すって感じ。

 日葵ちゃんは何度もお店を振り返りながら、ありがとうございます~と言いながら次の配達先に向かった。

 日葵ちゃんから受け取った向日葵を中央のテーブルの一番目立つところに飾ると、ポプリをサシェに詰める作業を再開した。

 次はキヨさんあたりが来るかなぁと常連さんの到着を心待ちにしていると

「お、向日葵や」

 と聞きなれた関西弁が耳に届く。

「一星さん!」

「今日もう仕事行かなあかんからゆっくり出来ひんけど、完成したやろ?」

「はいっ!お待たせしました!」

 私は一星さんにサシェを手渡した。一星さんはゆっくりとそれを鼻に近づけてスッと香りを鼻に入れた。

「おぉ、ええ匂いや。これで仕事頑張れそう。ありがとう」

「よかったです、頑張ってくださいね」

 私激励を届けると、一星さんはサシェをまじまじと見て「手作り?」と聞いてきた。

「あんまり上手に縫えてないんですけど、一応…」

 すっかり忘れていたがお世辞にも綺麗に縫えているとは言い難い物を人にプレゼントしている事に恥ずかしさを覚える。

「いやいや、十分すぎるやろ。凄いわ」

 一星さんはいつも屈託なく私を褒める。私が凄いと思わない、普通のことでも凄いと褒めてくれる。それがくすぐったくて、でも嬉しくて、何とも言えない気持ちになる。

 下でマネージャー待ってるから、と一星さんは店を後にしてしまった。今をときめくアイドル様は大変だ。

 お昼過ぎにキヨさんが訪れた。今日お店に訪れてくれる人の第一声は向日葵が綺麗、だった。それだけ存在感が大きいお花なのだ。例に漏れずキヨさんもいつもの席に座ると

「向日葵があると夏が来たって感じだねぇ」

 と呟いた。

 私もそう感じていたので、今日のお茶はスッキリするペパーミントティーだった。キヨさんにお出しすると、また「夏だねぇ」と呟いた。

 じとじとした梅雨が去るといよいよ本格的な夏。夏っぽい事なんておばあちゃんの家に住んでいた時に縁側で花火をやったくらいだ。でも私にとっては大切な思い出。

 キヨさんにサシェを渡すと、上達したねと褒めてくれた。まだまだだけど、ともお茶目に言われた。やっぱりお裁縫をもう少しやろうかな。

「いい香りだね。オイルは何を使ったんだい?」

「ゼラニウムにしました。いい香りですよね。ゼラニウム好きなんです」

 ゼラニウムの香りが好きなのもあったが、『信頼』という花言葉にも注目した。花言葉が『信頼』なら、私が『信頼している人』にプレゼントするのに持ってこいだろう。

 キヨさんと次のポプリはどうしようかという話で盛り上がっていると、紫苑さんがいつもより早めにやってきた。

「あれ?早いですね」

「アニメ化の奴がようやく落ち着いて昨日丸一日寝てたから。さすがに寝すぎた」

 そう言いながらいつもは邪魔だからという理由で頭の上でまとめられている髪の毛が下がっている。男の人がいなくても分かる。これが色っぽいって奴だ。

 紫苑さんがキヨさんの隣に座る。どうしますか?と聞くと、たまにはすみれちゃんのオススメ飲もうかなと言ったので、苦手じゃないか確認してからアイスのペパーミントティーを入れる。

「あと、あれも出来たんでしょ?」

 お茶を入れてるときに紫苑さんに言われて振り返ると紫苑さんがニコニコしながらポプリを入れていた空き瓶を指さしていた。

「ちゃんと紫苑さんのもありますよ」

「やった」

 こういう時に紫苑さんのあどけなさが出る。あざといけどやり過ぎじゃない。モテるのも納得出来る。

 残りのお茶を入れている間は紫苑さんとキヨさんが仲良くお話している。紫苑さんはキヨさんとの話でインスピレーションを貰うことも多々あるそうで、話に行き詰るとよくキヨさんの部屋にいる。

 何でも色んなことを知っているキヨさんの話が楽しいらしい。それはなんとなく分かる。

 あと、サシェを渡していないのは柳じいさんだけだ。

「キヨさん、柳じいさんどこにいます?」

「ん?さぁ?旅行も聞いてないし、家にいるんじゃないか?」

 キヨさんも柳じいさんも元気に過ごしてはいるがそれなりに高齢なので、お互い旅行やら入院やらをするときは伝え合うようにしているそうだ。ここ最近柳じいさんを見ていない。旅行でも入院でも雨でもないのに、お店に一週間も来ていない。今まではこんなことがなかった。

 それをキヨさんに伝えるとビックリしたらしく、様子を見てくるとお店を出た。

「なんだかんだ仲いいよなぁ」

「普段は喧嘩ばっかりですけどね」

 ほんわかした空気が流れる。自分用のサシェはポケットに入れた。そうすると自分が何か動くたびにサシェの香りが自分の鼻にまで届く。

 まるでお花畑に放り出された気分になるのだ。

「この間の彼とはどうなった?」

 紫苑さんは冷やかしでもなく自然と聞いてきた。

「どうもこうも何もないですよ」

 彼に自分の過去を打ち明け大泣きしたのは黙っておこう。大の大人が恥ずかしい。紫苑さんは納得の言ってない顔をしたけど私の話さない気配を感じ取ったのかそこからは別のたわいもない話をした。

 しばらくするとキヨさんが戻ってきた。

「柳じいさんどうでした?」

「腰を痛めて医者にしばらく安静にしているようにと言われたそうだよ。年だねぇ」

 すると紫苑さんがすかさず

「キヨさんだって腰痛めてるじゃないか」

「そりゃ言っちゃいけないお約束だよ」

 とにやにやしながら言うもんだから可笑しくなってしまった。

 柳じいさんには今日の閉店後にお見舞いがてら渡しに行こう。八時を過ぎてしまうけれど前に九時からやってるドラマが面白いって話をしていたからきっと起きてる。

 ここ最近柳じいさんとも話していなかったから、ついでにおしゃべりしてから部屋に帰ろう。



 今日はきっかり八時にお店を閉めて、柳じいさんのお部屋に向かう。ピンポンを押してから少し時間が経ってから柳じいさんが出てくれた。

 私の顔を見ると柳じいさんは嬉しそうに笑ってお部屋に招き入れてくれた。

 よほど腰が痛いらしくゆっくりしか歩けないそうだ。

 長くもない廊下を二分ほどかけながら歩きリビングまで来た。私は柳じいさんに断りを入れコーヒーを入れることにした。

 リビングにはテレビが付いている。どうやら生放送のバラエティー番組みたいだ。

「この後のドラマが楽しみで付けてるんだよ」

 と柳じいさんはテレビの前のソファに腰を下ろした。

 コーヒーはもう夜も遅いのでカフェインレスの物を持ってきた。これで夜眠れなくなったなんて事になったら申し訳ないからね。

 お湯を沸かしゆっくりこの字を描きながらコーヒーをドリップしていく。むくむくと泡が出ては消えていく様がコーヒーが呼吸しているみたいで面白い。

「いや、ちゃいますよ!」

 ふとテレビから聞きなれた声がする。コーヒーの呼吸からテレビに目を移せば一星さんが司会者の人とお話している。おぉ、テレビの人だ。

 自分の部屋にテレビがないせいでテレビに映る一星さんの姿を見るのはこれが初めてだった。一星さんに並ぶ人たちは皆女優さんやら俳優さんの美男美女が多い。それでも一星さんは目を引くほど顔立ちが端正だ。

 これほどの美男美女が揃っている中でも目を引くという事は相当イケメンと呼ばれる分類なのだろう。アイドルなのだから当然と言われれば当然なのだが。

「すーちゃんはこんなのが好みかい?」

 いつの間にやら私を見ていた柳じいさんに言われる。

「違うよ。この人最近よくお店に来てくれるの」

「ほう、こんなイケメンがかい?」

 見たことねぇけどなぁと言葉が続く。

「そりゃあこんだけの売れっ子さんだもん。夜遅くに来たり、来てもすぐ帰ったりして柳じいさんに会うことはないよ」

「そいつは良かった。俺も男前だからすーちゃん男前に囲まれて困っちまうだろ?」

 私は柳じいさんの前にコーヒーを置いて隣に座った。

「確かにパニックになっちゃうかも」

 柳じいさんの昔の写真を見せて貰ったことがあるのだが、きっと当時は男前と騒がれただろうなと思うほどにかなり男前だった。今もその面影が残っている。

 そんな軽口が叩けるならきっと腰以外は元気なのだろう。

「んで?すーちゃんなにかあったかい?キヨにいじめられたか?」

 そうだ、居心地がよくて忘れてしまっていたがサシェを渡しに来たのだ。

 私はコーヒーを一旦置き、ポッケからサシェを取り出して柳じいさんの手に乗せた。

「ポプリが完成したから届けに来たの」

「おぉ、そうかそうか。わざわざありがとう」

 柳じいさんはサシェをゆっくりと眺めて大事そうに抱えた。

 テレビではまた一星さんが司会者の人と言葉を交わしている。ちょうどいい低い声にあの優しい笑顔は私がいつも見ている一星さんと何も変わらなかった。

 紫苑さんの芸能人は裏の顔にも注意した方が良いという忠告はきっと一星さんには当てはまらないだろう。

「すーちゃんは」

 テレビから柳じいさんに目線を移すと少し鋭い目つきをしている。少し尻込みしてしまう。さすが戦地にいたことはある。

「この男が好きかい?」

 私は答えに困った。もちろん常連さんとして好きだ。あの優しい笑顔と心地良い声はとても心が穏やかになる。

 でもその反面、他の常連さんとまったく同じ課と聞かれると素直に頷くことは出来ない。それが、相手が芸能人だからなのか、自分の弱みを受け止めてくれた人だからなのか、どれなのかイマイチ掴めない。

「まだ、分からない」

 これが今の私の答えだった。

 この答えを聞くと柳じいさんはそうかい、と顔を緩めた。

「紫苑先生を見ていたら分かるだろう。きっと芸能人はおれたちよりもっと苦しい生活をしてる」

 柳じいさんが顔を緩めたまま、でも言葉に鋭さを持ったまま続ける。

「でも、きっとすーちゃんはそんな人たちの癒しになれる。自信を持つといい。なんて言ったって癒された一人が言うんだからな」

 今度は言葉も顔も緩めて、一星さんのように優しく言ってくれた。

「癒されたの?」

「もちろんだとも。娘が亡くなったのは知ってるだろう?」

 柳じいさんはマスコットとサシェを触りながら目線を落とす。

「キヨにはたくさん励まして貰った。でもなんだか虚しくてな。そんな時にすーちゃんが来たんだ。娘が生きていたらきっとこんな感じなのだろうと心に火がもう一度灯ったのを感じたよ。何をしても味のしなかった食事の味が分かるようになった。花の色も分からないほど濁った世界が、すーちゃんのお店のおかげで色が分かるようになった。全部すーちゃんのおかげだ」

 柳じいさんは顔を上げて私を真っ直ぐに見つめた。

「おれの前に現れてくれてありがとう」

 深々と頭を下げる柳じいさんの後ろに女性が2人見えた気がした。きっと娘さんと奥さん。これからもよろしくお願いしますと言われているみたいだった。

「こちらこそ。柳じいさんがずっとお店に来て、美味しい美味しいって言ってくれるからここまで頑張れたの。柳じいさんいなきゃきっと途中背投げ出してるもん。私の方こそ、いつも傍にいてくれてありがとう」

 キヨさんと柳じいさんはお店開店当初からずっと通い続けてくれているのだ。この二人には感謝してもしきれない。

「なんだか照れくさくなっちまったな」

「確かに、そうだね」

 こんな風に感謝を伝え合うなんて付き合いたてのカップルみたいだ。

「おっ!ドラマが始まっちまう!」

 時計を見るとちょうど九時を指していた。集中して見たいんだとお部屋を追い出されてしまった。

 空には月がぽっかりと浮かんで夜空を明るく照らしていた。


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