ブーケのようなご褒美を
イベリスのお花に水をあげたら、店内のお花たちにもお水をあげたり入れ替えたり。それが終われば今度はカフェの準備。お店のBGMを付けて今日の紅茶の選定をする。紅茶の選定は自分の気分で選ぶことが多い。もちろんそんなこと関係なしに頼んで来る人もいる。それはそれで楽しい。
今日の気分はミルクティー。気分はとことん甘く。まずは自分用に入れる。なんて言ったって今日は待ちに待った日なのだ。
「こんにちわ~」
お店の扉を開けて入ってきたのは一週間に一回来てくれる、私の大切なひまわりこと日葵ちゃん。
「今日はたくさんピンクッションが届いたので持ってきました~」
「わぁ、綺麗だねぇ」
切り花を両手いっぱいに抱える日葵ちゃんは相変わらず物凄くかわいくて、よく笑うその様は本当にひまわりだ。私の気分が落ち込んだ時に駆けつけて明るく照らしてくれる、私のひまわり。
「すみれさん、ピンクッションの花言葉って何ですか?」
日葵ちゃんはいつも持ってきてくれるお花の花言葉を聞いてきてくれる。それを接客にも活かしてるんだとか。最近奥さんの代わりに接客を任せてもらえることが増えたみたいだ。それでももっとお花のことを知ろうとしているその姿勢は見習わなくてはいけない。
「ピンクッションは『どこでも成功を』かな。前向きな花言葉だね。」
「ほえ~、いい言葉ですね」
すみれさんの所で大切にしてもらうんだよ〜なんて声をかけている。いつの間にやら私の癖が映ってしまったらしい。いいやら悪いやら。
「ピンクッションの言葉、彼にあげたら喜びそうですね」
日葵ちゃんのひまわりみたいな可愛い笑顔をこちらに向けながら言う。
「確かに。一本余分にもらっとこうかなぁ」
「本当に大好きですねぇ」
そういう日葵ちゃんの言葉に顔が紅くなるのを感じていたら、そそくさと日葵ちゃんは次の配達先に向かった。
一方の私は貰ったピンクッションを早速水切りする作業に入った。水切りとは茎の切り口から空気が入らないように水の中で茎を斜めに切りなおす作業。これをするとお花の持ちがよくなる。そしてピンクッションを花瓶に入れる時は花瓶の中の水を少なくする。これも全部おばあちゃんからの受け売り。なんで少なくするのか理由も説明してくれたような気がするけど今だに思い出すことは出来ない。
さて、そろそろお店を開ける時間だ。
お店を開ける時間はいつも決まっている訳ではない。一応11時開店にはしているけど、入ってきたお花がたくさんであれば少し遅くなることもあるし、早めに常連さんが来れば断りを入れて作業をしながら店を開けることもある。
逆に閉店時間はきっちり決めている。と言っても、夜の8時までは営業するというものだ。それより遅くなっても構わない。ただ8時よりも前にお店を閉めることはない、という意味でしっかりと閉店時間というものを決めている。
でも今日は絶対に8時に閉める。約1年越しの約束が叶うのだから。
お店を出て、階段下に看板を出しに行く。これがこのお店が開店してますよの合図。開店してしまえば夜までの時間はあっという間。
常連さんとお話して、主婦の井戸端会議を片耳に洗い物をして、サラリーマンの邪魔にならないようにコーヒーをつぎ足す。
外が暗くなればなるほど時間を確認する回数も増えていく。
まださっき見てから5分しか経ってない。お店にはお客さんは残っていない。洗い物も済ませてしまった。あと30分したらお店を閉めて、お忍びデートに向かう。
あぁ、まだ3分しか経ってない。
そんなことを思っているとお店の扉が開いた。あぁ、もう30分で帰ってくれるかな?なんて思いながら扉の方を向けば、今日1日恋焦がれた人がいつもの優しい笑顔で立っていた。
「まだやってます?」
なんて、私を迎えに来てくれたのに他人行儀。そんなお茶目な部分が可笑しくて、私もその他人行儀に付き合ってあげる。
「あと30分で閉店ですけど…それでもよろしかったら」
「あれ、ここはあまり閉店時間がないって知り合いに聞いたんだけどな」
きっとその知り合いは長谷川さんか紫苑さん。
「今日は大事な予定があるので…」
「そうなんですね。大事な予定って?」
ニコニコしながらいつものようにカウンター席に座る。
「公園に行くんですよ」
「へぇ…いいですね」
1年も一緒にいれば何も言わなくても好きな飲み物は分かる。入れようと準備すると
「あ、カモミールティーってあります?」
「へ?」
いつものじゃないのだろうか。頭にはてなが浮かぶ。
「僕の大切な人に出会ったきっかけのお茶なんです。だから飲みたくて」
面と向かって大切な人と言われると相変わらず照れてしまう。というかいつまで続くのだろうか。
「そうなんですね」
「今日のデート相手のこと、好きなんですか?」
なんてニコニコ…いや、ニヤニヤしながら聞いてくる。これは私がさっきの言葉で照れているのが分かっている顔だ。
少しむかつくので仕返しをしよう。ちゃんと眼を見て、少しカウンターに身を乗り出して。
「はい、とっても大好きな人で神様からの贈り物のような人です。努力家で常に私のことを大切な人って言ってくれて。ものすごく忙しい人なのに連絡は絶対に途切れないし、時間があれば会いに来てくれるんです。そんな彼のことが私、とっても大好きなんです」
途中で彼が照れて顔をそむけそうになったのでがっちりと両手を使って逸らせないようにして最後まで言った。
「降参です」
「やった、勝った!」
「ほんまずるいわぁ」
ほんのり赤くなった一星さんの顔と勝ち誇った顔の私。
閉店まであと15分あるけどもうお客さんが来ることはないだろうと一星さんの隣に移動して自分用に入れたカモミールティーに口を付ける。
「すみれちゃん」
「ん?」
カップを置いて一星さんの方を向けば突然重ねられる口。ビックリしていると目の前にしてやったり、とでも言いたげな顔の一星さんがいる。
「俺の勝ちやな」
されたことを理解すると顔に熱が集まる。でも嬉しいと思ってしまうのだから重症だ。
「もう」
負けたことが悔しくて軽く隣にいる一星さんを叩く。
ゆったりとした時間が流れる。一星さんが今日あった話をひたすらにしている。メンバーがな、長谷川さんがな、後輩がなって。
あまりにも嬉しそうに話すものだから、それだけで今日一日一星さんが幸せに過ごせたのを感じることが出来る。
そんな話を聞いていれば15分なんてあっという間。続きは車の中で。
二人で階段を降りれば、前の時みたいに一星さんが助手席のドアを開けてくれる。
「ありがとう」
「ん、閉めるで」
そして絶対閉めるときに一言かけてくれる。些細な事かもしれない。でもそれを毎回できる人は少ない。一星さんと出かけるのはいつも一星さんの車。毎回助手席を開けてくれるし毎回声をかけてくれる。
車の中はさっきの話の続き。一星さんの話は楽しくていつもあっという間に時間が過ぎる。
前と同じ20分のドライブ。見えてくるのは前と同じ公園。違うのは私たちの関係性。それと季節。
「そういえばあそこの公園、カエデ以外に何があるん?」
「ついてからのお楽しみ~」
角度的にまだ見えない。立派なカエデが対角線にある立派な木を隠しているのだ。
一星さんが先に降りて助手席の扉を開けてくれる。私は待ちに待ったと言わんばかりに飛び出して、一星さんの手を引いて、早く早くと公園の中に入っていく。
「ちょちょ、待ってや」
「見てみて!綺麗じゃない!?」
そこにはカエデの木に負けないくらい立派な桜の木が立っていた。時期的には少し散りかけているが、ここ最近雨も無かったおかげかまだ綺麗に咲いている。
「すごいな…」
「でしょでしょ!」
私は桜の木の下で上を見上げた。視界いっぱいに薄ピンクが広がる。
「なんで一周回ってるん?」
一星さんが笑いながら尋ねる。気が付いたら私はくるっと回っていたみたいだ。
「360度薄ピンクの世界を堪能したくて?」
「なるほどな」
一星さんが私の隣に来て頭に手を伸ばす。
「またしおりにしてくれへん?」
一星さんの手にはいつの間にか頭に乗っていたらしい桜の花びらがあった。
年端もなくはしゃいだことに今更ながら恥ずかしさを覚えたが、その花びらを貰った。「もちろん」
私が笑えば一星さんも笑う。一星さんが笑えば私も笑う。
隣に一星さんがいるだけで楽しい。隣に一星さんがいるだけで、たったそれだけで私にとっては立派なデートになる。
「そうだ、新しいお花が届いたの」
「どんなん?」
「ピンクッションってお花でね…」
私たちのデートはまだまだ終わらない。20数年の苦痛に耐えたご褒美の恋。これ以上ないほどの幸せを噛みしめながら私たちは車に戻っていく。
背後で桜が私たちを祝福してくれているみたいだった。
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