ブーケのようなご褒美を ep.本心

次の日、私は営業中にしおりを完成させた。

 一つはすみれを入れて紫のリボンを巻いたもの。もうひとつはブルーレースフラワーを入れて青いリボンを巻いたもの。

 これは自画自賛してもいい具合に良い出来栄えだった。

 早速写真を取って一星さんに送ると、これ以上ないほど褒めて貰えた。そして

〈そのすみれが入ってる方が俺のでええやんな?〉

 というメッセージが追加で届いた。

 私は逆だと思っていた旨を伝えると即刻〈いやや〉と届いた。

〈そのすみれのは俺のや。そしたら辛い時にすみれちゃん思い出して頑張れる〉

 なんでこの人は私の心に刺さるとげをいつも溶かしてしまうのだろう。「独占欲」なんて嫌いだったのに、「すみれは俺の」という文章がたまらなく嬉しかった。

 分かりました。と文章を打ってからその文字を消した。そして代わりに

〈分かった。取りに来てくれるの楽しみにしてる〉

 と送信した。

 私なりのいつものお礼。いつも私の心のとげを溶かしてくれる人の軽いわがままくらい私だって叶えたい。

 一星さんからの返事はなかった。きっと仕事に戻ったのだろう。私も精一杯仕事をして一星さんが来てくれるのを待ち続けよう。


 私の願いは叶わず次の日に長谷川さんがしおりを受け取りに来た。

「すみません、自分で」

 相変わらず謝るのが癖なのは変わらないみたい。

「いえいえ、一星さんの手に届くのであればいいんです」

 なんて口では言ったけれど会いたかったのもまた本心。私は長谷川さんにコーヒーをお出しした。本当の今日のお茶は紅茶系だったのだが、長谷川さんは紅茶系が苦手らしい。

 また、すみませんと謝られた。

「一星をテレビで見た事ありますか?」

 長谷川さんはコーヒーを一口飲んでから切り出した。正直自分の部屋にテレビはなく以前柳じいさんの部屋で見たきり見ていない。

「少しだけ…」

 と言葉を濁すと長谷川さんの顔に笑顔が浮かんだ。

「それなら良かったです」

「良かった…?」

 普通少ししか見ていないと言われたら嫌なのではないだろうか。

 そんな私の心中を察してか、長谷川さんはゆっくりとした口調で今までの一星さんのグループの話をし始めた。

「私がマネージャーになったのは彼らがデビューして間もない頃からで、ずっと彼らを見てきたんです。彼らは関西発のグループで東京に出てきてまったくと言って良い程東京で売れなかったんです。関西で培った物が何も通用しないって皆で泣きながら反省会したこともありました」

 長谷川さんはじっとコーヒーの水面を見つめてずっと暗い顔をしている。きっとその反省会の時もそんな感じだったのだろう。

「後輩たちはどんどんと力を付けて、彼らは東京のテレビで見ることがなかったんです。もっぱら関西のローカルテレビばかりで全国にファンがいるにも関わらず関西圏に住んでいる方々にしか彼らの姿を届けることが出来なかったんです」

 そこまで話して長谷川さんは顔をパッと上げた。その顔には笑顔が浮かんでいた。

「でも、彼らの凄い所はそれでも腐らなかったんです。日々、スタッフ陣営への気配りも忘れず、共演してお世話になった人たちへこれでもかと感謝を伝え、自分たちよりも後輩が活躍して喜んだんです」

 長谷川さんはコーヒーを一口飲んだ。

「そんな彼らの口癖は必ず返ってくる、なんです。良い行いをすれば自分たちにいいことが起こるし、悪い行いをすれば自分たちに悪い事が起こる。それを本気で信じて、本気で実行して、本当に実現させたんです」

 普段一星さんを見ていてもそれに通ずる所を時折見ていた。近くの人がスプーンを落としてしまったら率先して拾って私の所に届けて、自ら新しいものを落とした人のところに持っていく。飲み物を溢してしまった人がいたらまず相手の心配をしてから、私に新しい物や拭くものを求めに来る。

 本来は張本人たちがやればいいものを一星さんは率先して手伝い、気遣う。

「ようやく彼らのそんな努力が実を結んで東京の番組にも呼ばれてドラマにも出させていただけて、冠まで持つことが出来るまでになったんです」

 長谷川さんの表情はとても穏やかで、心の底から良かったと思っているのが滲んでいる。

「やっぱり売れてくると天狗になる人多くいて、それこそ後輩グループのマネージャーなんかと話すと、横暴で自分のことなめてて下僕のように扱われる、なんて言ってたりして」

 紫苑さんも言っていたことが反芻した。「芸能人なんて表と裏の顔があるからね」という言葉。

「でもね彼らは違うんですよ。むしろ昔より感謝してくれて。私たちがご飯を抜いて仕事をしていたらお弁当を届けてくれたり、束の間の休息でどこかに出かけたらお土産をスタッフ全員に買ってきてくれたり、とにかく優しい人たちの集団なんです」

 コーヒーを飲み切ったコップの中に残った氷を長谷川さんは、カランカランと音を立てて混ぜる。

「私は仕事が出来ない人間でどこにも拾ってもらえなかったのに、彼らだけは私を見捨てないでくれた。人間には得意不得意があるよなって励ましてくれたんです。たくさん助けてもらった。だから彼らには幸せになってもらいたいんです。それは仕事面でも、プライベートでも」

 コップを横に少しずらして長谷川さんはテーブルに頭がつきそうな程頭を下げた。

「どうか、一星を幸せにしてあげて下さい。もし危機に陥ったら私たちマネージャーが全力で守ります。だから、どうか…どうか一星をよろしくお願いします」

 私はすぐには何も言えなかった。一星さんの大変だった新人時代。それを支えたマネージャー。一星さんの口からよく聞くとは思っていたが、そこには大きな困難を乗り越えた事があるから。そんな人にお願いされたのだ。

 正直、仕事が軌道に乗ってるんです、邪魔しないでください。そう言われると覚悟していた。そう言われたらその通りだから身を引こうとまで考えていた。

 でもそうじゃなかった。本当に心の底から一星さんの幸せを願っている。たくさん苦労をしたからこそ幸せになってほしいという願い。

 私にこのお店の常連さんがいるように一星さんにも、一星さんの幸せを願う人がいるのだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 私も長谷川さんに負けじと頭を下げた。それだけ思われている人の思いを継ぐのだから、きっと私たちは幸せになれる、そう思った。

 長谷川さんは私から紫のリボンのしおりを受け取って、「ごちそうさまでした」とまた深々と頭を下げながらお店を後にした。


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