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どんな薬が効くのか、遺伝子が教えてくれる

慶應義塾大学病院 腫瘍センター がんゲノムユニットの西原広史教授から、「がんゲノム医療」についてお伺いしました。
慶應大学病院は、厚生労働省から「がんゲノム医療中核拠点病院」に認定され、当院のがんゲノム連携病院17施設 (2023年8月現在)と共に、がんゲノム医療を推進しています。

慶應義塾大学病院 腫瘍センター がんゲノムユニットの西原広史教授

同じ遺伝子異常をもつがん患者は世界に自分しかいない

―がんゲノム医療について、説明をお願いします。
西原
 がんを効果的に治療するためには、数万という単位の遺伝子のうち、がんの原因となっている遺伝子の異常を調べて、「自分のがんの性格」を知るということが一番です。その遺伝子異常に基づいて「どういう治療が良いか」を提案していくのががんゲノム医療です。ただ、今のところ治療には現在ある薬を使うしかないわけですから、うまくマッチする薬があれば良い薬の提案ができるということです。
 可能性として例えば、「肺がんの人に乳がんの薬がすごく効く」ということも十分にあり得ます。自分のがんの性格を正しく理解することが「がんゲノム医療」の本質です。
 我々が実施しているPleSSision検査では、がんに関係する160の遺伝子を調べて、その中にどんな遺伝子異常があるかを見つけます。基本的に遺伝子異常のないがんはないと言い切って良いと思います。必ずどこかに異常があるのでそれを捉えます。
 この遺伝子異常には、ある程度共通するものがあります。例えば膵臓がんではKrasという遺伝子の異常が8~9割くらいの患者さんに出ます。
 ところが、それに関連する他の遺伝子異常のパターンが人によって違います。つまりがんの原因は一人一人少しずつ違います。極論すると、全く同じ遺伝子異常を持つがん患者は世界に二人といないのです。
 とはいえ、3つくらいの遺伝子異常が共通していることはあります。今までのがん遺伝子検査は1個の遺伝子しか見ませんでした。例えば、EGFR、Kras、HER2などで、「この遺伝子異常にはこの薬」という具合にやってきたのですが、よく見たら遺伝子異常は一人ずつ違ったということです。言ってみれば、「日本人にはこの薬」と言って投与していますが、日本人といっても皆が違います。それを一人ずつ個人的に見ていくためには遺伝子を見ないと分からないということです。

遺伝子異常は一つではない

―肺がんでは複数の遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、BRAF)検査が保険適応になっていると思いますが、それらの進化版と考えてよろしいでしょうか。
西原
 それをさらに細かく見ていくということです。肺がんの治療はかなり確立されていて、EGFR、ALKなどの遺伝子異常といった大きな括りでやっても薬がよく効くので、肺がん領域では従来のやり方が奏功しました。しかし、他のがんでは同じようにやってもうまくいきません。
 例えば、BRAFという遺伝子異常が肺がんの5%にあります。その人達にはBRAFに対する薬が効くので、2018年に保険適応が承認されました。
 しかし、BRAF異常は大腸がんにもよくあります。ところが、大腸がんの人に同じ薬を投与しても効かないのです。それは、肺がんと大腸がんのBRAF異常では背景の遺伝子異常が違うからだと思います。
 現在、薬の開発は一つの遺伝子異常に対して行われますから、同じ遺伝子異常で効かないというのはおかしいという理屈になります。ということは、一つの遺伝子異常だけ見ていてもダメだということを意味しています。しかし、そういう解析はまだされていません。そのためには他の遺伝子異常のパターンを調べないとダメでしょうね。

将来の展望―初期がんから遺伝子検査を受けたい

―がんが見つかった当初に遺伝子検査を受けることはできませんか? 現在は、標準治療がないか、または治療が終了したなど厳しい条件がありますが。
西原
 治療開始当初に遺伝子検査を受けることがベストだと思います。理屈で言えば間違いなくそうです。そういう方向になると良いと思います。しかし、日本の医療保険制度の中で「がんの人の全員に検査ができるか」というと、医療経済上難しいと思います。
 最初に遺伝子を調べて、「この薬、治療法がベストマッチ」とわかる人は欧米では40%います。欧米では合理的に、例えば肺がんの人に乳がんの薬が有効とわかった場合、アメリカの保険は民間ですから、保険会社がデータを見て「これは正当性がある」と判断すると医療機関にOKが出て治療できます。しかし、日本は公的医療保険(国民皆保険制度)なので「国が良いと言わない限りお金は出ない」のです。
 私達も遺伝子検査をした結果、6割の方に「この治療法が良い」と判明しますが、実際に治療できる確率は10%くらいです。
―治療費が実費になっても試したいという人はいると思いますが、効く薬がわかっても使えない理由は?
西原
 日本で承認されているがんの臓器以外では、薬の使用が認められないからです。また、個人が自費で適応外の治療薬を使うことも混合診療につながる恐れがあるため推奨されていません。ゲノム医療については、掛け声の割に実際に活用される例が少なく、日本国内では個人情報管理の観点からも参照データベースの整備は進んでいません。
―今後、いつごろから活用できる見通しでしょうか?
西原
 遺伝子異常を元にした個別化治療は、一人一人に合った治療を行うという視点に立っており、均一化された治療を行う保険診療の概念と相容れない側面を持っています。これを打破してくれると期待されているのが、医療ビッグデータに基づくデータサイエンスです。つまり、多くのがん患者の治療情報と遺伝子異常がデータベース化されれば、それを参照することで、有効な治療法を提示できるわけです。

『国民のための名医ランキング 2021~2023―いざという時の頼れる医師ガイド 全国名医1045人厳選』450頁より

慶應義塾大学病院 腫瘍センター でがんゲノム医療推進

慶應義塾大学病院の腫瘍センターは、外来化学療法ユニット、放射線治療ユニット、緩和医療ユニット、低侵襲療法研究開発ユニット、リハビリテーションユニット、ゲノム医療ユニットの6つのユニットからなる診療部門です。
2017年から「遺伝子パネル検査」を導入し、2019年3月よりヒトのほぼ全ての遺伝子を解析する検査を開始しており、我が国のがんゲノム医療をけん引してきました。2018年2月に厚生労働省から「がんゲノム医療中核拠点病院」に認定され、当院のがんゲノム連携病院17施設 (2023年8月現在)と共に、がんゲノム医療を推進しています。


『最新版 国民のための名医ランキング 2024~2026―いざという時の頼れる医師ガイド 全国名医1020人厳選』241頁より


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