三者鼎立の極み　前書き

三者鼎立の極み　前書き（１）

この物語は政治家・魔法師・暴力装置（リコリス）の三者が互いに張り合って対立した末の未来を描く物語である。

1943年10月、軍部独裁に立ち向かった一人の代議士が天皇の官吏を名乗りながら銃剣で欽定憲法を蹂躙する軍部に反発して自害した
かねてより親英米派で和平論者であった和平派の皇族はこれに激怒し鳩山一郎・宇垣一成・米内光政といった議会・陸軍非主流派・海軍の三巨頭を集めてクーデターを実行させた。これがいわゆる十月革命である。
しかしこの十月革命によって動揺した旧陸軍統制派は服従ではなく反逆の道を選び時の天皇を拉致した上長野で建設中であった松代大本営に新政府を樹立し、日本は内戦状態に陥る。

この内戦は前者が京都に首都を置き、後者が前述の通り長野を首都としたため「東西戦争」と呼ばれることになる。東西戦争では西軍側が連合国に依存する一方、東軍は魔法戦力に依存した。とくに甲信地域の「四葉家」、伊豆周辺の「七草家」、そして東京の城東の「十文字家」の三巨頭はこぞって「軍艦（海軍）と背広（議会政治家）に魔法が圧倒されてはならない」と積極的に東軍に加勢した

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三者鼎立の極み　前書き（２）
一方の西軍もまた京都に本拠地を置いていた朝廷以来の秘密治安維持組織「八咫烏」を東軍に潜入させて勤労動員に励む中学生や女学生のふりをした少年兵たちに都市レジスタンスとして東軍支配地で要人殺害などの任務にあたらせた。

この戦争を制したのは西軍であった。しかし西軍は日本再統一後早くも共和制（皇室と大統領を併存させるというイランや英連邦型の共和制）導入を巡る論争やそもそもの米内光政の指導力不足も相まって分裂していった。代わりに「帝政党」など極右勢力や旧東軍関係者、そして急進的な社会主義者など議会政治に懐疑的な立場から支持を得た近衛文麿が台頭していった。そして近衛は初代大統領となる。

しかし近衛はその反民主性が最初から最後まで足を引っ張り最後は自身の再選をかけて戦った大統領選での選挙干渉を受けて衆議院から弾劾勧告を受けて辞任に追い込まれた。代わって台頭したのは、それぞれ議会政治と経済政策の観点から近衛と対峙してきた三木武夫と池田勇人が率いる「憲政党」であった。

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三者鼎立の極み　前書き（３）

三木は憲政秩序の回復を名目に全方位外交とも揶揄される米中ソの狭間をかいくぐるかのような協調外交で安全保障環境の改善と経済成長を成し遂げた。三木政権を引き継いだ池田もまた「憲政擁護・経済優先・軽武装（3K）」という保守派と対峙する「民主派」の基本理念を確立していった。

池田が病気で退任するとこれまで政権から遠ざかっていた西尾末広や松村謙三といった憲政党内非主流派が大統領候補に名乗りをあげようになり憲政党内は混乱していった。その隙をついた佐藤栄作が大統領に当選したことにより1964年保守派は13年ぶりに政権に復帰した。

第7代大統領となった佐藤栄作は小選挙区比例代表並立制の導入や学内デモ規制など高圧的な態度で政権運営に臨んだ。さらに当初は共和制の破棄にも意欲を見せるなど非常に反動的な政権と見られていた。しかしその保守的な態度は徐々に軟化していった。その結果良くも悪くも中道右派という政治思想が日本に根付いたと言えるだろう。

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三者鼎立の極み　前書き（４）
話を少し戻すと「八咫烏」は池田大統領の黙認の下身内を拉致した南ベトナム政府への破壊工作を計画していた四葉家初代当主四葉元造への襲撃を実行していた。そのため政府と魔法師は保守政権になっても緊張関係が続いていた。事態を打開しなければならないことは政界関係者誰もが知っていた。

就任直後の佐藤はこのことを何も知らされていなかった民社党（憲政党の後継政党）総裁の西尾末広に知らせた上で秘密会談を行いある協定を結んだ。それは「民社党は八咫烏から魔法師を排除し『DA（ダイレクト・アタックの略）』への改組に協力する一方で政権与党もまた魔法師を国内の治安維持から距離を置かせるように努める」というものであった。この協定は「1964年コンセンサス」と後々呼ばれることになる。

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三者鼎立の極み　前書き（５）

この1964年コンセンサスで一番利益を得たのは佐藤栄作ら保守派である。いつ自分たちに銃口を向けるか分からない八咫烏を独立性の担保の名目で野党から切り離すことに成功したからだ。しかし民社党にとっても悪い話ではなかった。なぜなら魔法師という国家から半ば独立した存在の目を一般国民から海外に逸らせればアピールになるからである。

そして何より重要なのはこの1964年コンセンサスを承認する見返りを魔法師や『DA』は享受していたことである。有力魔法師は警察組織から手を引く分その戦力を一族に集中させることが出来るため名実ともに国防軍を超越した存在となり魔法師への政治干渉を気にせずに済むようになったからである。さらにDAにとっても悪い話ではない。DAは政府に四葉襲撃など政府に従属しなおかつ魔法師と対立した関係にあることを強いられていたが、そういったしがらみは今後なくなくなるからである。こうして「三者鼎立の極み」は「三方一両『得』の極み」となったのである。

三者鼎立の極み　前書き　（６）

佐藤が二期八年の任期を終えると再び政権は民社党へと戻る。新たに就任した大平正芳大統領は狂乱物価への素早い対処や米中接近を見計らった上での慎重な日中国交正常化など実務家らしい実直な政権運営に徹した。しかし政権末期には一般消費税導入を巡って佐々木良作や宮澤喜一といった党内非主流派との対立が深まり大統領予備選では意中の河本敏夫首相にバトンを渡せず史上初の社会主義者の大統領誕生へと繋がった。

その佐々木政権も期待外れに終わるといよいよ保守傍流の中曽根康弘が台頭していく。中曽根は四葉家と昵懇であり四葉丸抱えの大統領と陰口を叩かれていた。しかし実際には新冷戦に対応するために魔法戦力を使い倒すつもりであった。一族の外に情報を出したくないと渋る魔法師を説得し、アフガニスタンの武装ゲリラに魔法技術を供与したのもレーガンやサッチャー、あるいは全斗煥といった西側諸国の首脳の国家主義的傾向を持つ指導者と歩調を合わせた結果である。後にその魔法技術は冷戦崩壊後民族紛争やテロ攻撃に用いられることになる。

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三者鼎立の極み　前書き（７）

この中曽根政権で魔法師は政治不信を強めていった。奇しくも政界では疑獄事件が相次ぎ一般人の間でも同様に政治不信は強まっていた。魔法師は検察や国税当局と積極的に連携して政界再編をリードした。

この時保守の側から中曽根大統領弾劾（これ自体は失敗に終わる）をリードした勢力によってつくられた新党「自由新党」の実権を掌握した羽後努や小川一男は中曽根や竹下登与党幹事長と比べるとまだ若手で魔法師の圧迫を抑えることは出来なかった。

その一方で革新勢力の再編は保守と比べると穏やかなものであった。海辺俊夫という雄弁家で人気のある大統領候補の下でまとまっていたからである。海辺は1988年2月の大統領選で現職の中曽根や細山護自由新党代表幹事を下し政権交代を成し遂げていた。

しかし海辺はバブル崩壊の中山積する諸課題に取り組むのが精いっぱいで党内左派が求めていた魔法師やDAとの関係精算には取り組むことが出来なかった。与党を大蔵官僚出身の宮垣喜介など年長者に預けていたのもリーダーシップの欠如の大きな理由であった。もっとも魔法師とっては都合のいい革新政権であったが。

海辺と羽後は革新（民主派）と保守という違いを除けば実に似た大統領であった。急速な政界の若返りでリーダーシップを発揮出来ずただテレビジョンの方を向いて政権運営していたという点はとくに類似していた。もちろん本人の性格の良さから後世では一定の評価をする向きもある。だが海辺・羽後両政権で魔法師やDAへの文民統制は大きく損なわれたのは火を見るより明らかな失政であろう。

羽後の後に大統領となった菅野直樹・安藤慎二といった強烈な個性を持ち合わせた大統領の下で日本の世論は大きく分断された。保革のイデオロギーの差はこの上なく広がり「魔法」を巡る世論もその戦力としての重要性や民主的でない貴族のごとき寡頭制への批判は横に置かれただののしり合いの対象としてしか見られなくなった。

そんな中政界は『第三共和政』とも言うべき政界再編に見舞われていた。大阪を拠点とする日本改革の会・大沼小百合都知事が実質的党首を担う市民ファーストの会が大統領候補を一本化すると安藤の任期切れを受けた大統領選に臨むと決めたのだ。これに対して革新野党民社党はある程度の排除の洗礼を受けながらも合同を決意し『民権党』が誕生した。民権党は大統領候補と党総裁に大沼小百合を選出した

大沼率いる『民権党』は本質的に保守の系譜ながら革新的に見えるという不思議な大統領の下幅広い支持を受けた。そして時は2020年4月を迎える・・・

影の幹事長とも評され実際鹿児島選出の与党幹事長森岡豊の『最後の愛弟子』を自他ともに認める千葉１区選出の衆院議員雪ノ下陽乃（32）の政策担当秘書、比企谷八幡は自身が運転する型落ちの業務用バンで魔法の最高学府『魔法大学附属第一高等学校』の正門に乗りつけてきた。

しかし警備員が飛び出てきて駐車場に誘導されるとあっさりとそれに応じた。その様子をさも見せつけてやったと言わんばかりに鼻歌を歌いながら運転する様はいつになく陽気であった。

八幡はドアを閉めると何もないトランクをガサガサと漁り始めた。その様子を見かねた風紀委員長渡辺摩利と生徒会長七草真由美が駆け寄ってきた。

「来賓の方でしょうか？お困りでしたら案内致しますので身分証を頂戴出来ますか？」
摩利と後ろに控える真由美の表情はいつになく堅く歓迎されていない様子であった。
「衆議院内務委員長の代理ということで中に入れませんかね？この通りヨレヨレのスーツの中には何も入っていませんよ」
しかしさも自分が歓迎されている客のごとく振舞う八幡に呆れた様子の真由美はため息をつくと「どうぞ」と一言だけ呟いて勝手に行けとばかりに手を振った。

「困ります・・・ここは学校の敷地内ですよ。政治活動は慎んでいただかないと」
腕に紋章を付けた（一科生という上位クラスの証拠らしい）役員の忠告を無視して生徒一人一人に衆議院議員雪ノ下陽乃の名刺を渡していた。生徒の多くは困惑しながらも受け取っていたがそうではない生徒も居た。

赤毛の少女…千葉エリカは受け取らず無視して会話を続けていた。思春期の少女が中年の域に入りつつある腐った目の秘書を無視するのはごく普通のことでありここで八幡は引き下がるべきである。だが八幡は引き下がらなかった。ちょっとした騒ぎが起きればそれは教師の出番とばかりに雪ノ下雪乃…彼女が所属するＥ組の担任教師が詰め寄って来た。

「申し訳ありませんが退場願いますか？」
だがそんな冷たいまなざしを雪のようにおくる雪乃に対して実に八幡は馴れ馴れしかった。
「しょうがねぇだろ。お前の姉ちゃんのご指示だ。全部名刺配るまで帰るとな」
「はぁ…この前は雪ノ下建設には仕えても雪ノ下陽乃には仕えないなんて言ってたじゃない。せめて嫌がってる生徒には渡さないでくれるかしら？」
「あぁ分かったよ。じゃあ最後に一人だけ渡させてくれ」
引き下がったと思って油断した雪乃をかいくぐると怪訝そうな目で見つめていた男子生徒…司波達也の前に立った。
「衆議院議員雪ノ下陽乃の秘書の者です。司波達也さん。あなたにはとくにこの名刺を受け取ってもらいたい」
「はぁ…内務委員会と関係のある方ならご存じかと思いますが、俺はここに紋がない劣等生ですよ」
「確かにこの学校では劣等生かもしれない。しかしうちのボスは劣等生に構うことなどない」
それだけ言うと八幡は名刺をぶっきらぼうに投げつけて帰っていった。