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特定最低賃金について語る。

さて、皆さんは特定最低賃金(産業別最低賃金、以下「特定最賃」)についてご存じだろうか。主として鉄鋼業・電子部品産業・百貨店や総合スーパーなどに設けられている、その名の通り産業別に設けられた最低賃金のことである。しかしながら、この特定最賃の知名度は低い。ニュースサイトにおいても軽く触れられるのみであり、特定最賃を中心に置いた論文等も少ない。そのため、最初に解説や歴史を挟みつつ、研究内容に移ろうと思う。

(以下、日本地図画像は地図を描く!の画像を転用したもの)

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(ヘッダー画像は地域別最低賃金。もともと変遷図を作る予定だったため、色合いが全体的に明るいままになっている。)
まず最低賃金について軽く説明すると、1959年に最低賃金法が制定され、1978年に都道府県別の目安制度が設けられるようになった。それ以降は2002年頃まで年3%前後の上昇があり、その後2009年頃まで停滞、2014年頃まで生活保護をも下回る都市部等での引き上げが行われた後、2019年まで年3%前後で増加している。

特定最低賃金について

本題に入ろう。最低賃金法によると、特定最低賃金は、

第十五条 労働者又は使用者の全部又は一部を代表する者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣又は都道府県労働局長に対し、当該労働者若しくは使用者に適用される一定の事業若しくは職業に係る最低賃金(以下「特定最低賃金」という。)の決定又は当該労働者若しくは使用者に現に適用されている特定最低賃金の改正若しくは廃止の決定をするよう申し出ることができる。(出典:最低賃金法(e-gov法令検索))

とある。主として自動車産業や電子部品製造など、日本の根幹を支える製造業や、大型小売業などで適用されている。コスト削減を目的に特定最賃を廃止し地域別で揃えたい経営側と、特定最賃を引き上げたい労働者側で毎年労使交渉が行われて、一部は地域別に取り込まれて廃止されたものもあれば、現存し増額傾向にあるものもある。

当サイトでは大まかに、鉄鋼,電子,船舶,金属,光学,商品小売,自動車小売,自動車製造,汎用機械,百貨店,非鉄,計量,輸送を主要産業として見ていくことにする。なお、特定最低賃金については、厚生労働省の特設ページを参照した。

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(上の画像は大まかな分類でまとめたもの。元ファイルは私の運営するサイトよりダウンロード可。)
多くの業界で取り入れられているが、とりわけ「鉄鋼」、「電子」、「商品小売」、「自動車小売」、「自動車製造」、「百貨店」がやや目立つ。そのため、当記事ではここに重点的にスポットを当てることとする。

電子産業(電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業)

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(画像は2020年の地域別最低賃金に対してどれだけ上回ってるかの図。愛媛は+101円)

これについては東京・和歌山・沖縄を除くすべての道府県で設けられている。また、神奈川・愛知ではすでに地域別最低賃金に追い抜かれており、神奈川は平成27年、愛知は平成30年を最後に実質廃止されている。

ゼロを除いた平均では+41.5円となっており、低い地域別のそれをうまく補完する形となっている。

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(画像は電子部品の特定最賃を画像にしたもの。)

鉄鋼産業(鉄鋼業)

鉄鋼業に対し特定最賃を敷いている都道府県は15都道府県。うち、東京・神奈川は追いついているので実質13道府県となっている。

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(画像は2020年の地域別最低賃金に対してどれだけ上回ってるかの図。)
電子の時とは違い、製鉄所が設けられる地域は沿岸部など限られるため、都道府県数は少ない。しかし、大阪が+4円である以外は概ね50円以上高くなっており、100円以上上回る県も珍しくない。0を除く平均は+96.77円。

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商品小売(各種商品小売業)

各種商品小売業とは、同様に制定している(いた)埼玉県の労働局によると、『日本標準産業分類解説の「衣、食、住にわたる各種の商品を一括して一事業所で小売する事業所が分類される。この事業所は、その性格上いずれが主たる販売商品であるかが判別できないものであって、百貨店、デパートメントストアなどと呼ばれるものにその例が多い。」によるもの』が該当し、百貨店・総合スーパー(I561)もそれに内包される(なお、コンビニエンスストアは飲食料品小売業に分類されるためこれには該当しない)。そのため、最初の画像およびExcelサイトでは別記しているが、今回の表ではまとめることにする。

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2020年時点で有効な地域は17県。うち、岩手・富山・石川・福井・和歌山・山口・福岡は百貨店・総合スーパーのみが該当する。かつては多くの都道府県で採用されてきたが、徐々に地域別最低賃金に追いつかれ、残っている県でも1桁~20円ほどの差であることが多い。0を除く平均は商品小売が+16.60円、百貨店が+20.63円。

自動車小売業

自動車小売業および、次述の自動車製造業は日本を代表する産業の一つである自動車産業にかかわる業態である。このほか、山形県では自動車整備業にも特定最賃が設けられているが、1県のみであるため省略。

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2020年時点で現存するのは18府県。うち、秋田・新潟・愛知・京都・島根・福岡・大分・宮崎・鹿児島の9府県は新車に限定されている(新潟は「自動車部分品・附属品小売業」も含む)。

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0を除く平均は+50.39円。主として、北東北や九州など、クルマ社会の地域で指定されている。

自動車製造業

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指定されている県は14県。0を除く平均は+70.86円となっている。

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自動車産業が強い県で顕著であり、東海地方はトヨタの本社がある愛知こそ指定されていないものの、隣接する岐阜・三重やその隣の滋賀で指定されており、愛知県と遜色ない賃金相場となっている。

その他

・船舶も鉄鋼と同じく少数精鋭・高額型。10県で平均+87.80円。
・汎用機械(はん用機械器具、生産用機械器具、業務用機械器具製造業)も平均額が高く、19県で+72.79円。

高知県の一般貨物自動車運送業

その他の事例で特筆すべきものはというと、高知県の一般貨物自動車運送業がある。910円で2020年の最低賃金を+118円上回るのだが、実は2007年6月から上昇していない。当時(2006年改正)の最低賃金は615円であり、+295円の差があったこととなる。2018年の記事だが、機関紙連合通信社(労働運動家の業界紙とされる新聞)の記事でも高知県の所定内賃金が広島・大阪のそれに匹敵するレベルであることが示されており、極めて特異的である。
これには、特に本州からの架橋がされるまで他県から高知県へ輸送するのが難しく、バブル景気の1989年に特定最賃が設けられたことに始まる。ただし、それでも人手不足のようではある。

都道府県別にみる特定最賃

最後に、都道府県別で特定最賃を見てみよう。当ファイルで挙げた主力産業に限定して見ていくと、東京・神奈川・沖縄は0、鳥取・高知が1となっている。

かつては東京で4業種、神奈川で7業種が指定されていたが、いずれも800円台で頭打ちとなっており、東京では平成26年(同25年度)、神奈川では平成27年(同26年度)の改定をもって追いつかれ、廃止状態となっている。
沖縄に関しては、新聞業が唯一835円で最低賃金を超過している。

高知は上述のトラック運送業があるが、鳥取は電子部品製造と、平成28年に追いつかれた各種商品小売業の2つのみである。

大阪は7業種で指定されているが、既存の最低賃金をわずかに上回りながらも、7業種とも残っている。愛知も4業種で特定最賃が残っている。

さいごに

左右両方、あるいは下からも最低賃金の増額を求められる中で、大企業・中堅企業も地域別最低賃金のままでいられるかというとそうでもなく、自ら動きだして労働者のベースを上げることもこれからは必要になってきている。コロナ明け後も経済成長が進む社会になり、会社も成長できる社会になるよう、会社、そして業界でも考えなければならないことであると思われる。

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