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新幹線

 この連載を始めてもう一年の月日が過ぎた。ああ、一年間よく飲んだものだ、と思っていたら、過労からか高熱を出し、丸二日寝込んだ。幸い外の仕事は無く、自宅作業を予定していたのだが、時間の余裕はまだ少しある。そして、先程ようやくビールを口にしたが、然程旨く無い。まだまだ胃腸は本調子ではない。まあ、一年目にして期せずして二日間の休肝日となった訳だ。

 さて、今までこの連載はタイトルを土地の名前にしていたが、それは単に自分が酒を飲んだ場所に基づいただけで、その土地ならではの酒や肴、と言うものにはそれ程触れてはいない。店の名前すら書いていないものも多いし、然程旨くは無かった、と言うのも少なくは無い、が、それも含めて、良い酒だったのだ。
 もちろん、極上の酒と肴があったり、同行者との会話が盛り上がったり、初めて降り立った土地での見知らぬ人との出会いがあったり、知らない郷愁を感じる酒場だったり、と、良い酒の要因はいくつもある。が、まあ当たり前だが、自分の心持ちが大事で、ほとんどの場合は杯を前にして一口飲み、グッと重心が下がり落ち着くのが好きなだけなのだ。そして、それが自分にとっての良い酒の基本だ。

 だから、どこで飲んでいても、結局同じなのだ。

 
 と言う訳で、今回は新幹線移動中の酒について書こう。

 新幹線で飲む事は結構多い。もちろん、午前中に東京を出立しなければならないときは飲む事は無いが、夕方の入り時間だったりすると、時々350mlのビールをあおったりする。つまみは要らない。妙に眠くなったりするのを避けるため、とも言えるが、読書をしていて手持ち無沙汰になり、煙草を吸いたくなって喫煙コーナーに行くのもまた面倒なのだ。なので、ビールをちびちびやりながら本を読む。とは言え、喫煙出来る新幹線は東海道山陽新幹線だけだ。東北新幹線の場合は列車によっては仙台駅の停車時間が長く、ホームの喫煙所でゆっくり吸う事も出来る。ただ、そんな事を考えながらビールを飲むのは落ち着かない。
 煙草の話はさておき、この場合本を読み終わらない方が良い。何時だったか、読みかけの本を持って行ったら、名古屋に着く前に読み終わってしまい、眠ってしまった。京都で下車予定が起きたら新大阪を出るところ。新神戸から引き返したと言う訳だ。

 でも、そんな喉の潤し方より酒が旨いのは、やはり本番が終わってからの一杯である。東京に戻る場合はその先自宅までの足取りや手持ち機材の事も考えて程々にしておくが、本番直後の帰京という事になれば、なんとなく打ち上げ気分にもなる。そう言う場合は、車内のワゴンサービスが重要だが、遅い時間はあまり期待出来ないので、幾つか買い求めて乗り込む。まあ、少なめにしておくのだが、どうにも飲み足らなく感じる時もあり、塩梅が難しい。

 夜の新幹線車中の飲酒率は高い。やはり、皆仕事を終えた後の一杯なのであろう。酒宴らしくささやかに盛り上がっている輩も見かける。昼間コーヒーなんぞ飲んでいる時のさきいかや干し鱈等の臭いはあまり気持ちの良いものではないが、この状態では当たり前だ。自分も飲む状況になっているのだから、全く勝手なのものである。そして、手持ちの酒が無くなると、ワゴンサービスが待ち遠しいし、もうすぐそこに来ているのが、見えているのになかなか自分の所に辿り着かない歯痒さを感じる時もある。

 そんな新幹線飲みと言えば、湯川潮音嬢を思い出す。彼女にとって本番後の新幹線車中はなによりの打ち上げかの様で杯が重なる。乗り込む前にある程度の缶酎ハイの類いを買い込んでいるのだが、興が乗って来ると、足りなくなる。ワゴンサービス来ないかな、なんてつぶやいたと思ったら、少年の様な素早さで隣の車両に消えて行った。そして、缶酎ハイを3~4本抱えて戻って来る。もちろん、我々にも振る舞ってくれるのだが、既に熱海は通過している。だからそんなに時間は無いのだ。結局、最後の一本を飲み干せず、それを持ったまま潮音嬢は下車する。ただでさえファンシーな佇まいの彼女と缶酎ハイというのは結びつきにくいが、片手に飲みかけをこぼさぬよう握ったまま駅のホームを行く姿は、かなり可笑しい。そんな姿を想像したく無い潮音ファンは、私の所為にしてくれても構わないが、結局、どこかで一杯やっていきませんか、と言う事になり、駅前の屋台で飲み直すのだ。

 そんな打ち上げ状態に近い飲み方より、もっと落ち着くのが移動日ののんびりした車中飲みだ。この場合の移動日というのは、東京に戻る場合ではなく、ツアー中の移動。早朝や昼間の移動でその日に本番が控えている場合はさすがに飲まないが、本番終わって夜の移動や午後の移動でその日の本番が無い時は、軽くビールを開ける。

 夜汽車の移動は好きだ。恥ずかしいが、少しセンチメンタルにもなる。友は酒だ。時折、メンバー交え和気藹々とやることもあるが、独りも悪くない。その日の自分の仕事を思い起こす。反省もままあるし、うまくいったところもある。素晴らしい瞬間を思い出すこともある。

 そして仕事から離れる。そんな時「男はつらいよ」寅さんの夜汽車の車窓風景を語るシーンや、リリーもの初作の網走行きの夜行のシーンを思い出したりする。

 何、きどってんだよ、と言われそうだが、気取りついでに、サッポロビールの復刻缶で気分を出してみたりもする。


 さて、宿に着いた。楽器を置いて飲み直すか。

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