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室蘭

 ああ、すっかりここのコラムも滞ってしまった。酒の方は滞る事無く飲んでいたのだが、全く書く暇がなかった。今でも書いている余裕は無いのだが、まあ、眠る前の落ち着く為のキーパンチだ。ここ数ヶ月いろいろなところで飲んでいるのだが、変わった事は無い。いつもと変わらず場所を変えてちびちびやっているだけだ。

 ひとまず、記憶が薄れないうちに、記しておこう。

 まずは室蘭。

 北海道の都市だ。面積が狭いので、人口密度は高い、と聞いたことはある。相当前に一度だけ来た事があるが、全く覚えていない。港と地球岬(行った事は無いが)というキーワードしか出てこない。

 その日の移動は車で、しかも割と短時間だった。途中で登別に寄り土産物屋を素見した。鮭をくわえた熊の木彫りをいろいろ見てみる。多分、買うと後悔するのだろうが、何故か欲しくなる。とは言え、やはりそれなりの大きさのものでないと、購買欲は満たされないので、まあ値が張るし、それに持って変える事を考えると現実的ではない。安価な木彫りはやはり一目見て分かる。これらは全くそそられない。折角なので、ペナントでも買おうと思い、店員に尋ねるが、そんなものはもう無い。子供の頃、割と観光ペナントを買った事があったのだが、天井に円を描くほどは集められなかった。その後、突然ダサイものに感じて、処分してしまった。しばらくして、ジェフ&マリア・マルダーのアルバムのジャケット写真にペナントが写っていたし、吉祥寺マンダラ2の近くの(最近は看板こそあるがおそらく店じまいの)柴田食堂のカウンターの中にもハワイのペナントが貼ってあった。そんな感じで自宅の作業場にも何気なく貼りたかったのだが、仕方ない。

 そうして登別を後にして、室蘭に到着。何となく思い出した事は街の地理が非常に把握しにくい、と言う事だ。突然、天然の要塞のような港の風景が広がる橋を渡ると市街地に入る。斜面に街が作られている事が分かるが、はっきり言って寂れている。以前に来たときはそんな事はあまり感じなかったような気がする。

 サウンドチェックの時間まで、宿で一休み。フロントで付近の地図を貰う。今夜の会場の場所を把握し、繁華街の場所も確かめてみる。歩いて2分程で繁華街、そしてその端に会場がある。グルメマップのようなものも貰い、部屋で一服しながら、何となく見てみる。ちょっと前に知人から聞いていたのだが、室蘭焼きとり、というご当地ものが人気らしく、確かに焼き鳥屋が多い。という事は、居酒屋なのだが。そして、最近ではカレーラーメンなるものにも力を入れているらしい。函館の塩、札幌の味噌、旭川の醤油、に続けと言わんばかりのアピールではある。まあ、地域おこしのご当地グルメは各地に散見するが、然程感心した事は無い。とは言え、これが支持され百年も二百年も続けば十分な歴史になる訳だし、聡明期ならでは面白さもある。ただ、明治時代からこの地のしみじみ愛されてきた焼きとりはここ最近で全国区で知られるようになったらしく、なんとなく期待も高まる。
 ただ、以前ほど旅の酒でその地のものを欲さなくなった。むしろ、最近はどこに行っても同じようなものを選んでいる事が多くなった。九州でも麦焼酎だし、沖縄でも近海ものの魚だし、関西でも信州そばを食ったりしている。ときおり普段よく口にするものから、その土地を強烈に感じたりする事もある。自分にとっては、それくらいで十分なのかもしれない。

 さて、会場に向かうとしよう。坂をおり、右に曲がる道はかつてはアーケード街だったが、今は屋根が撤去されている。いずれにせよ、シャッター街に近いが空が見える分、暗くはない。が、室蘭駅近くの繁華街という事を考えるとちとさみしい。人も少ない。時折の路地はまだ開いていない飲み屋がちらほらあり、よくよく見てみると、確かに焼きとり屋は多い。

 今夜の会場の店はダーツバーとも言うべきところで、狭くはないが、特にステージというものがある訳ではなく、サウンドチェックは少々手こずる。モニター状況は芳しいとは言えないが、まあ、良くある事だ。楽器のチェックが終わる頃、カルメン・マキさんが到着。そして、今回のツアーメンバーはヴァイオリンの太田惠資さんと私の総勢三人である。

 ツアーも3日目だったので、リハーサルは早めに切り上げたかったが、音がなかなか定まらない。とは言え、開演一時間前には切り上げて軽く飲みに外へ出た。

 人通りは少しは増えたように思えたが、週末にしては寂しい。地元の主催者の方に、焼きとり屋を紹介され、そこに向かう。道すがら、何軒かの焼きとり屋を見かけるが、どこも暖簾に存在感があり、この人通りの少なさとうらはらに逞しい。おそらくそのどこへ入っても良い店であろう。
 路地を左に曲がるとその店はあった。「吉田屋」。
 すかさず扉を開けて、驚いた。ほぼ満員ではないか。カウンターが20席程、テーブルが4~5卓で20人程、表の人通りからは想像出来ない活気に我々は目を丸くした。
 運良く入り口の一番近くに三人掛けのテーブルがあり、陣取る事が出来た。高齢の姉妹らしき二人がカウンター内で忙しくしているが、そのうちの一人がフロアも対応している。この客数を二人で切り盛りしているとは、大変な事だ。

 私はビールで喉を潤わせ、マキさんはワイン以外の色の付いた酒はまず飲まないので、最初から焼酎だ。しかも彼女はほとんど何かで割った酒は飲まない。なので、私がウーロンハイやレッドアイを飲んでいると、何よ、それ、と馬鹿にする(笑)。太田さんも割と強い酒が好みのようで、早々と焼酎に移行し、私はちびちびとビールを飲み続け、焼きとりを待った。
 店の混雑の割には早めにその焼きとりはテーブルに届いた。正確には鶏では無く、豚なので焼きとん。関東では埼玉・東松山のものを思い起こさせるヴォリュームだ。
 たれと芥子が良い。肉も旨いが、ねぎまのタマネギがすこぶる旨い。これだけで酒が進む、と焼酎に移行。

 追加の皿も届く。カウンターの常連らしき人が、運んでくれた。皆、良い顔でのんでるなぁ。と、こちらはそろそろ仕事の時間だ。

 準備があるので、マキさんは先に退席。本番まであと20分程、酒の残りはちょうど良い気もしたが、この焼きとりの味には少し足りない。結局〆で瓶ビールを頼み、タマネギをつまんだ。そんなときの20分なんてあっという間で、ぎりぎりに会場に戻る。

 そんな軽いながらも良い飲み方をした時のステージは総じて良いのだ。
 そして、打ち上げはその店の食事と酒でお開き。12時前だったが宿に戻る。外は真っ暗だ。開いている店もほぼ無いと思われ、車で宿まで送っていただく。

 やはり、酒が足りない。部屋に楽器を置き、外に出た。もう一度旧アーケードの方へ行ってみる。やはり店は無い。それでもしぶとく10分程歩いてみる。赤提灯一軒発見。扉を開ける。常連らしき三人がこちらを見る。う~む、あまり気乗りせず、2秒で扉を閉める。普段なら入っているのだが、夕方の吉田屋の所為か、その沈滞気味の空気の中で呑みたいとは思わなかったのだ。

 他に店は無かった。結局、コンビニエンスでブラックニッカを買った。カップのカレーラーメンの陳列がやけに目立った。

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