風の匂いに振り回されて

 専門学校でテレビCMの制作をしていた頃、何のCMを作っている時か忘れたが、こんな15秒のストーリーを提案した。

 CMは消防車のサイレンの音から始まる。消防士が火災現場に到着すると、一軒の家が燃えている。「被害者0、確認しました。」と無線でやりとりをする消防士の声が聞こえる。どうやら住人は逃げ切ったらしい。かたわらで、ひとつの家族が消防士に色々と聞かれている。お母さんらしき人は、ずっと泣いていた。その手を見ると、両親は銀行通帳とお財布を手に持っていて、子供は一台のミニカーを握りしめていた。

 これが何を題材にしたCMだったか全く思い出せないのだが、大人と子供の価値観の違いを表したかった。しかし、この案は通らなかった。理由は、サイレンの音や火災の映像を見て、トラウマを思い出させたり、実際に被害にあった人が強いショックを感じてしまうからだ。若いとはいえ、浅はかだったなと思う。CMは商品をよく見せないといけないのに、不快な思いにさせるのは本末転倒。というかまじで、テレビCMで火災現場の映像を、作り物だとしても流そうとしてたなんて、頭悪すぎたし、多分炎上していたとおもう。てか、家より燃えてた気がする。

 当時から僕は「大人は通帳を持って、子供はミニカーを持って逃げる。」なんて、アプローチの仕方がややポエミーだった。おそらく感受性も豊かだった。例えば、人からドーナツを貰った時は、嬉しさのあまり、すぐには食べずにしばらくドーナツを眺め、うっとりし、その後、真ん中に穴が空いていることに無性に悲しくなり、やや虚しい気持ちでパクリと食べる。ドーナツはもちろん美味しいので、その美味しさにまたうっとりとして、ドーナツ大好き!となって終わる。つまり、マジで面倒臭い性格なのだ。

 専門学校に通っている時、ヒロタ君というバイト先の友達に遊びに誘われた。「今日は、外にいたら風の匂いで泣きそうになるから家にいたい」と伝え、断ろうとすると、ヒロタ君は「じゃあ家で遊ぼう」となり、ヒロタ君は僕の家にきた。ヒロタ君は家に来てすぐに「もしかしてだけどさ、さくらい君も風の匂いわかるの?」とまっすぐな目で聞いてきた。まるでアニメの一話目を見てるみたいだった。俺たちしか持っていない特殊能力?でも風の匂いがわかる能力って一体・・・と思いながら、話を聞くと、そうではなかった。ヒロタ君も、たまに風の匂いで泣きそうになる時があるらしく、それを大学の友達に話すと「風に匂いなんてないだろ、なに臭いこと言ってんだよ!」と笑われたらしい。ヒロタ君は、その言葉をひどく間に受け、落ち込んでいた。その友達も「何臭いこと言ってんだよ!・・・匂いだけに!!なんちゃって!」とか言えば、ヒロタ君もこんなに考え込まなかったかもしれない。ナンセンスな友達だぜ、まったく。そんなこともあり、ヒロタ君は「風の匂いがわかる」という同じ人種の僕を見つけて嬉しかったらしい。僕も僕で、風の匂いにいちいち心を動かされている友達は、当時周りにいなかったので嬉しかった。

 それから10年以上経ち、もうほとんどの人と連絡を取らなくなったが、しばらくヒロタ君とは連絡をとり続けていた。ヒロタ君は、元々パイロットを目指して大学に入ったが、大学の途中で夢は変わり、国境なき医師団に所属することを目標として、医師になるための勉強をしていた。

 結局、ヒロタ君ともあまり連絡を取らなくなった。ちなみに航空会社、ジェットスターのキャラクターに「ジェッ太くん」と名前をつけたのはヒロタ君だった。(一般公募で選ばれた)なので、ジェットスターに乗るたびに、ヒロタ君を思い出す。先日、ジェットスターに乗る機会があったので、ジェッ太くんのイラストと一緒に写真を撮り、ヒロタ君に「久しぶり!元気かい?」とLINEをしてみた。一ヶ月経つが、返事はない。多分、もう返事は来ないんだろう。夢は叶ったのか、生きているのか死んでいるのか、大事にしたいと思える人と出会えたか、何ひとつわからないが、僕の胸の中では今も元気に生きている。いつか会えたらいいなと思うけど、会えなくてもいいかなとも思う。それでも、また、取り止めのない話をしてみたかったな。「家が火事になったら、何持って逃げる??」とか、そういう話を。

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