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短編小説

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これまでに書いた短編小説をまとめています。
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#ショートストーリー

ショートショート | 田中くん

1年5組の田中くんは、みんなに怖がられる存在だった。 家柄が家柄だけに、誰も田中くんに近づこうとはしなかった。 誰も、田中くんと目を合わせない。 田中くんは、話しかけられることもなければ、 いじめられることも当然なかった。 教室の窓際で堂々とタバコを吸っていても、 それをとがめる先生もない。 クラスメイトたちは何も気づかないふりをしながら 田中くんに目をつけられないことを常に気にした。 しかし、当の田中くんは誰かに目をつけようなどという 気持ちはさらさらなかった。

短編小説 | 海賊船

クラシックバレーの発表会終了後、振り付けを間違えてしまった妹のもとへお兄ちゃんはすぐさま駆けつけました。 そして妹にこう言ったのです。 「お前が一番綺麗だったよ!」と。 * 郵便局で働くフェルナンドは、残業の依頼を進んで引き受けました。 今度の週末は土曜日も日曜日も働く予定です。 すべては美しい恋人ルイーゼのため。 あのダイヤモンドの指輪を購入し、ルイーゼにプロポーズするのです。 ルイーゼはなんと言うだろうか。 ダイヤモンドの指輪を見た時にどんな顔をするだろ

【短編小説】 少年とリリー

夜の空から音楽が聴こえてきたのは、突然のことでした。 ピアノの前に座り、ぼーっと夜空を眺めていたときのことです。 最初は空耳かと思いましたが、やはりそれはどう考えても空から聞こえてくる音楽でした。 少年は半信半疑でピアノの鍵盤に指を置きました。 そして、空から聴こえてくるメロディーをそのまま音に乗せました。 なんてきれいな音だろう...... 少年は驚きながら、そしてうっとりしながら、夢中でピアノを弾きました。 あまりに綺麗なメロディーだったからです。 最初は

短編小説 | 父が月をとった日

*このお話は、フィリピン人の友人Viliamorさんが話してくれた子供時代の思い出に基づいています。 ある日、ぼくは父と一緒に田舎の夜道を歩いていた。 そしたら、月が大きく出ていたんだ。 とっても大きくて、それはそれはきれいな月だった。 ぼくはそこで立ち止まって、呆然と月を眺めていた。 そうして、父にこう言ったんだ。 「ねえ、パパ。あの月を取ってきて」って。 父は言った。 「うん、わかった。」と。 家に帰ると、さっそく僕は窓辺に椅子を持っていった。 そして