マガジンのカバー画像

短編小説

29
これまでに書いた短編小説をまとめています。
運営しているクリエイター

#掌編小説

掌編小説|灰色の街

錆びれた街に「地獄」と呼ばれる 工場があった。 その工場はあまりに大きく 曇りの日には頭が雲で隠れた。 いつもどすん、どすんという 鈍い音が響き渡り 煙は勢いよく空へ上った。 その工場の周りには高い塀があり 中の様子を近くで見ることができない。 唯一、塀からはみ出た建物の頭上部分を 遠くから眺めるだけだった。 工場は昼夜動いていたが、 人が出入りするところを 一度も見たことがない。 建物の周りを今にも朽ちそうな 細い階段がぐるりと巡っていたが、 その階段を上る者も

掌編小説 | 雪が降った日

線のように月が細くなる夜だった。 リサが月に座っていると 彼がまたやってきた。 「今日は少しひんやりしてるね。」 リサがうんとうなずくと、 彼はこっちを向いてニコッとする。 「今日はたくさん雪が降ったんだね。 夜がこんなに明るいなんて。」 昼を過ぎたあたりから 雪がたくさん降り始めた。 リサは慌てて窓を開けると 冷たい風を顔に受けた。 大粒の雪が空から降ってきて リサの鼻や額にひんやりと当たる。 「これが雪なのね。 なんて素敵なの!」 リサはしばらく空を見な

掌編小説 | ピエロ

たばこを吸っているピエロのところに 一人の男の子が近づいた。 西には太陽が沈みかけ、 ピエロは売れ残りの風船を持っていた。 風がときおり吹いてきて、 そのたびに風船はゆっくり揺れた。 公園にはもうあまり人がいない。 先ほどまで騒いでいた子供たちも みんな家へ帰ったのだろう。 丘にある公園からは街を一望することができ、 沈む太陽もまた、見ることができた。 ピエロは今日もたばこを吸っている。 毎日この時間になると ピエロはたいていここにいた。 男の子はそれを知って