小説×詩『藝術創造旋律の洪水』[chapter:≪カナデの章④≫【piero/mascot/crown】―万葉集からの‘トライアングル'―第20話]

『香具山は畝傍ををしと耳成しと相争ひき神代よりかくにあるらし いにしへもしかにあれこそ うつせみも妻を争ふらしき』(『万葉集』より引用)
―香具山は畝傍山を耳成山と争った。神の時代からこのようであったらしい。昔もそうだったからこそ、この世でも愛しい人を争うのだろう―
これは中大兄皇子(後の天智天皇)が、大和三山を自分の心境に置き換えて詠んだ歌である。
奈良にある大和三山である香具山、畝傍山、耳成山は絶世の美女であり歌人である額田王(ぬかたのおおきみ)を巡って中大兄皇子と大海人皇子が争った三角関係の象徴である。才色兼備で有名だった万葉歌人の額田王は、もともと弟・大海人皇子の妻だったが、後に天智天皇の妃になった。額田王も天智天皇を想う歌を詠み、二人の相思相愛が推察される。万葉集に残る3人の恋の思惑が、1300年以上経った今も新鮮に感じられる。これが大和三山の伝説だ。

3は好き。三角形は好き。トライアングルは好き。でも三角関係なんて不倫、浮気みたいなどろどろしたものじゃない。そんなの綺麗じゃない。

大阪駅まで見送ってくれたユウヤ先輩と別れた後、カナデは電車のつり革を握り揺られながらぼ~っとする脳内で悶々と考える。

ユウヤ先輩は私のことを好きだと言ってくだっさている。私の気持ちはどうなのかと聞かれると即答できない。♭にリアルに逢ってみたい…以前から胸に秘めていた思いが込み上げてくる。自分が穢れたような人間のように思えてきたカナデはなんだか悲しくなってきて胸が苦しい。電車から降りると自宅にまっすぐ向かう。夜風は冬の訪れを知らせながらカナデのマフラーを揺らす。

もう21時だというのに、自宅の鍵は閉まっており、窓の灯りは燈っていない。両親はまだ帰ってきてない。そっか。今日は金曜日だから、お母さんもお父さんもハナキンやねんな…。
私のことよりも会社や仕事の人の方が大切なんやね。もうそんなことで傷つくことは慣れっこだよ。

胃がきゅっとして食欲が沸かない。シマリスのココ目指して二階への階段を二段跳びで勢いつけて駆け上がる。

「ココ!ココ!ただいま!!」

ココはしっぽを丸くして顔をうずめてアンモナイトのような形で気持ちよくカナデのベッドの上で眠っていた。カナデのベッドに残るカナデの香りと温もりに包まれてココは安心しきって、木の実を握りしめたまま爆睡してる。
シマリスは冬になると冬眠をする。でもココは不思議なことに冬でも活発に元気に活動する。まるでカナデの守護神のように。

カナデはそんな無防備な姿で眠るココを起こさないように、そぉっと部屋着に着替える。着替えるとき一糸纏わぬ姿鏡に映った自分の姿をぼんやりみる。引き締まったくびれ、すらっと伸びる脚。少し痩せすぎかな…でも健康的な張りのある体は確実に二次性徴で徐々に丸みを帯びてきている。

わたしはまだまだこどもだよ…。

緊張し続けた体を緩めるために、柚子の入浴剤をいれた浴槽に胸下まで湯が浸かるまでお湯張りすると、カナデはさっと洗った体を柑橘の温かい海に沈め、ゆったり半身浴をする。

結婚って一体何なんだろう。
男女の関係って一体何なんだろう。
今日異性に初めて抱き締められたりして自分が汚れてしまったようなこの感覚に咽せてしまいそうな事実に自己嫌悪のようなものを感じる。
人は素直に誰かを好きになって、一歩一歩お互いの信用信頼を築きあげていって、身体を許せる関係になって誓い結んで…だけどその誓約はエターナルなものなのかな…
自分の両親の姿をみていると、初めからシャットアウトしたくなるような寂しい世界なんて私はこりごり。
人間不信のようなそんな目で現実世界を冷めた感情で渡り歩いてきた自分。どうせ壊れて後で痛く悲しい思いをするのならば、リスクマネジメントで男女の関係なんて私には必要ないと思わせ続けていた自分。でも胸の奥のもう一人の自分は幸福を探し続けて必死になって永遠の拠り所を探している。
傷つくってのは痛い。関係には永遠に続く関係もあれば、話し合って、壊しあって終わる関係もある。
ヒトは傷つくことを乗り越えて成長していく。
私は傷つくのは好きじゃない。壊れたときもっともっと人間不信に陥りそうなのが怖い。

ちゃぷんと音をたてて、カナデは浴槽のなかで体育座りをする。

誰かを愛すること。
誰かに愛されること。
ギブ&テイク。
私はテイクはいらないよ。
奉仕することで満たされるから。
でもそれは一方通行じゃないだろうか?
関係ってのは相手とキャッチボールして築き上げること。
初めから白馬に乗った王子様なんていいないのは知っている。
関係はいつも「はじめまして」から。

そして…関係はいつも「さよなら」…

弱くなって啼泣する自分の体をカナデは力強く思いっきり抱き締める。

私は裸のままで人間の誰かを愛せることってできるのかな。

泣き出しそうな夜空。

今キミ【♭】は何をしていますか?

入浴を済ませ、ドライヤーで髪を乾かすとき湯気で曇る鏡に震える手でハートを描いてみる。
優しい嘘でもいいから、私に「愛してる」といって欲しい。
恋愛って何?それは幸せの種?それとも悪魔の林檎?
鏡の中の自分に問いかける。

どきんとしたらもうそれは恋だと思う。
鏡の中のわたしが応える。
そんなに神経質にロジカルに考えずに、プラトニックに生きてみようよ。
自分の直感を信じてみようよ。

両親がやっとこさ帰宅したのか、カナデにおかえりなさいも言わずに罵声が飛び交っている。

もうこんな日常、見聞きしたくない!
帰宅するなり喧嘩を始める両親を視界に入れずに二階の自分の部屋の扉を開けてバタンっ!!と大きな音をたててココと自分だけの空間に不快なノイズが入らないように必死になる。
部屋を暗くしてココを抱き寄せ目をギュッと閉じ耳を塞ぐ。

こんな狂った現実なんてもうこりごり!
私は自由になるため、旅に出てやる!!!

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