小説×詩『藝術創造旋律の洪水』[chapter:≪カイ χの章④≫【scapegoate】~幻夢Ⅱ~ —不幸の大聖堂メルツバウ-第13話

立坑のような通路、階上にまで通じる人為的につくられた亀裂、天井の穴倉につながる螺旋状のトンネル、辺り一面に谷、窪み、洞穴が白熱電球で照らされ、そこではそれぞれに生命が与えられていた。
僕は残酷な洞窟と名付けられた遺跡で四肢のない少女の人形が飾られ、周りに灯篭が並べられた火成岩でできた背筋も凍るようなおどろおどろしい場所にいる。

か~ごめ か~ごめ か~ごのな~かのとぉ~りぃは~

天井からカゴメの囃子が聴こえる。
籠の中の鳥。
この四肢のない人形は自由を奪われている何かの象徴か?

キュビズムで作品をバラバラの断片のパズルのピースにしてから、またそれらを統合するという方法に拮抗して、原音ソナタの『fms』が「材料」・「素材」を寄せ集め、寄せ合わせ徐々に一つの世界を創造するという手法をとりメルツバウができた。
「自由とは抑制するものではない。放縦するものだ。」
後ろを振り返ると一人の初老が立っていた。
「…あなたは?」
「ダダのクローンだ。亡命芸術家でありながらも根気強く決然としてユーモアがありながらも動じない巧みに完璧な非凡な創造性を世に産み出した人間である。そなたの目の前のものもわたしが創った。クラブ・ダダの友人たちは皆ゲシュタポに逮捕されてしまった。」
返す言葉に困り、僕は黙ってその超人らしい初老を怪訝な表情で見据える。
「偶然とは奇跡の産物だ。折角そなたに出逢ったのだから一つ謎かけを差し上げよう」
「…謎かけ?」
「27の感覚をもつ恋人。1、鸚鵡(おうむ)は粒をもっている。2、夢現(ゆめうつつ)は赤い。3、粒はどんな色か。青はそなたの黄色い髪の色。赤は、そなたの緑の鳥の粒をやるせなく歌う」
そういうと初老は竜巻のごとく消えてしまった。
僕は初老のいった謎かけを頭の中で何度も反芻して首をかしげる。

ー27の感覚をもつ恋人

恋人?
恋?
母という産まれて初めて出逢う異性が自殺したのがトラウマの僕がそんな感情を抱いたことがそもそもあるだろうか?

ザザザザザザザザザザ…

気が付くと僕は窓も扉もない真っ白な壁に天井の立方体の中にたっていた。
真っ白の壁にもたれ、セミロングの美しい黒髪に清楚な《よく知っているはずの女性》が僕をみつめている。
少女といえばいいのか女性といえばいいのか表現に困る成長したキミ。
何処か哀愁を帯びながらも母のような強さを感じさせる‘つぼみ’。
目が合うと僕はどきんとして頬を赤く染めて視線を逸らす。
この声にならない胸がきゅっと締め付けられる感覚は一体何なのだろう。
キミは真珠のような純白のワンピースをゆらゆら揺らしながら僕に近づき、スラリとした白い腕を伸ばし僕の心臓あたりに柔らかくゆっくり手のひらを置く。
ぼくの鼓動は加速して爆発しそうだ。
必死に視線を逸らしてキミに心臓の音が伝わらないように後ろに下がろうとするとキミは精一杯背伸びして僕の耳元で小さい唇を動かして可愛らしくもどこか妖艶さもある声で囁く。
「ねぇ、人は何故絵を描くのかな?」
キミの言葉が僕の聴神経から側頭葉を伝い前頭葉を甘美に刺激すると僕は全身の力が抜け、地べたにしゃがみこんでしまう。
うずくまるような恰好の僕の隣にキミも腰を下ろして僕の顔を優しく撫でる。
くすぐったいような、なんて表現すればいいのだろう、恥ずかしくて堪らないし、こんな姿をキミに診てもらいたくないなんていうようなプライドのようなものもせりあがってくるし、でもキミの温度にまだ触れていたいという動物の本能のようなものも支配しようとしている。
キミは何処から出したのかグリム童話の絵本を取り出しパラパラめくる。
「寓話の世界観の中から学ぶべきことはとても多いの。この世でもっとも難しい本は抽象的な文章と絵から想像を膨らませなければならない絵本なの。」
キミからふわり花のようないい香りがして僕の思考回路は凄い勢いで減速中で返答にもごもごしてしまう。
キミに触れられそうなのに決して触れてはいけない。そんな定めにあるのかキミの細い肩を抱き寄せることなど異性に臆病な僕には到底できやしない。
「良い画にせよ悪い画にせよ、私たちが産まれたときに与えられた「人生」というキャンバスが知的資本の投資のために用意されていることに変わりはないわ。新しい「画家」は、その構成要素が手段でもある世界を、論拠のない簡素で明確な作品を創造し抗議するの。創造とは、私たちの目の前、キャンバスの上で別の条件と可能性がある世界へ移し変える現実の中で、幾何学的に平行であることが証明された二本の線を藝術的に出会わせるものなのよ」
「平行なのに二本の「線」が交じり合う?」
僕は不思議な話に自然と湧き出た疑問をキミに問いかける。
「そう。この世界は作品の中で明示も定義もされず、無数【∞】の変形【transformation】の中で鑑賞者【audience】に属しているの。この過程には創造者には動機も理論もないわ」

純潔の音階を持つ鈴と誓いの杯を交わしたキミの手にはワイングラス。グラスには「赤」の液体が注がれていた。
僕は「それを飲んじゃ駄目だあぁぁ!!!」とキミの手からその「赤」が注がれたグラスを割り落そうと必死になるが体が金縛りにあったようにびくとも動かせない。
キミが傷つくのはもうごめんだ。
「飲んじゃだめだぁぁあああ!!!!!!!!!!!」
僕は力の限り白い部屋に絶叫する。
渦、眩暈、次の瞬間キミはどこか悲しげで切なげな表情をみせるとグラスに柔らかい唇を添えグラスの中の「赤」をその神聖な体に入れる。
ガッシャン
キミは床に倒れ、ワイングラスは粉々に割れガラスの破片が剣の舞のごとく飛び散り、液体が白い床を「赤」く染める。

「………痛い…」

キミのか細く涙声の悲痛な叫びが小さく響く。
純白のワンピースのスカートの袖から白くスラリとした脚を伝って一筋の「血」が流れる。

「……痛い…誰か……痛い…助けて…」

閉ざされた空間で「赤」という蛮人共に徹底的に壊され、全身を震わせすすり泣くキミを僕は力強く抱きしめ守ってあげたい一心なのに体はびくとも動かない。

「動け!!動けよ僕の身体!!!!うわああああ!!!!」

不快な音をたてて歯車が回ってしまった。ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』の一節が脳内によぎる。

—≪永遠の真理≫

破滅的な青白い風が吹いていくる。
「キミが生きて死ぬのは僕とともに‘その場所’だよ!!!」
僕は亜流の渦に飲み込まれながらキミの心に届くように叫ぶ。
僕は飲み込まれていく。


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