見出し画像

第31話≪カナデの章⑦≫【piero/mascot/crown】―「坂」と八咫鴉の剣(やたからすのつるぎ)―

『天(あま)の海(うみ)に 雲(くも)の波立ち 月(つき)の舟(ふね)
         星(ほし)の林(はやし)に 漕(こ)ぎ隠(かく)る見ゆ』
(万葉集 7・1068 人麻呂歌集)
ー天の海に 雲の波は立ち 月の舟が 星の林に 漕ぎ隠れ行くのが見える

天、海、雲、波、月、舟、星、林…

カナデはこの歌を万葉集を紐解いているとき、頭の中に真っ先に描いた画は「天地創造」と「ノアの箱舟」だった。
未だキリスト教が伝来していない千年以上も前の時代に、国境ならずの次元を超えたかのような伝承が残っているのだ。まるでだまし絵をみているような錯覚を覚える。

一筋の光を指す清勾玉が導くのは何なのだろう?
好奇心で高松塚古墳から天武天皇・持統天皇稜の急勾配の階段を上がり、手を合わせた後、右手の細い道から黄色の地元のかぼちゃが置いてあるのを横目に階段を下り、「坂」を上り、新しくできた地下道をくぐり抜け、また階段をあがり、外にでて、また「坂」を上り、飛鳥の名所である亀石の横の休憩所で自動販売機のジンジャエールを買ってベンチに座り、呼吸のリズムを整える。シマリスココはずっとカナデの左肩にちょこんと器用に座っているが、カナデが辛口のジンジャエールで「ぷはっ!」と喉を潤している間、明日香村しかとれない独特の野菜をみて大興奮している。カナデもその新鮮でとれたてしかも珍しい愛情の詰まった農作物がなんと100円(!)で売っているのをみて明日村の人々の優しさをじんわり感じる。まるまるとしたサツマイモ色の人参か大根のようなものをココが齧ろうとするので、「ひゃー!ココ!まって!お金ちゃんと払ってから!」と急いで100円を農家のおばあちゃんに渡す。カナデですら両手で抱えないといけないくらい、まるまると天地の恵みと育ててらっしゃる村民の方の愛情と汗の結晶の塊にココは嬉しそうにあちこちに歯形をつける。

「坂」。
「坂」は上りと下りがある。
「坂」にまつわる伝説は日本各地で多い。
「坂」をあがると、そこに行ける筈なのに別の場所に飛ばされるだとか、上りは過去、下りは未来、途中で転んだら不吉だとか。

カナデは光り続ける清勾玉を眺めながらジンジャーエールを飲み干すと、走馬灯のように駆け巡り出す記憶の歯車が逆向きに、半時計周りに回り出す。


ものすごく急勾配の「坂」をジリジリと焼けつくすような炎天下の暑さの真夏のある日。まだ、十津川村で暮らしていたカナデは日本のマチュピチュといわれる外界から切り離された稀少な村の全貌をみようといつものように「あの坂道」をのぼっていた。ところが、いくら登っても登ってもどこまでも登坂は続く。
あれ、おかしいな。陽炎の仕業かな。熱中症になっちゃうよ。
額から噴き出す汗をぬぐいながらも、懸命に登る。上る。昇る。
もうつくはずなのになんで?
後ろを振り返っちゃだめだと言われ続けていた。神隠しにあうよと。
だけど、坂道のてっぺんとの距離が縮まらない。
流石におかしいと熱さでボーーっとする頭でカナデは「後ろ」を振り向いた。
「後ろ」は歩いてきた筈の道がない。
嘘でしょ!?
道がない。景色というものも村の姿も何もない。なにこれ!?
背筋が凍る。
ヒグラシの鳴き声の合唱がうわんうわんとサイレンのようにこだまする。

カナデは恐る恐るそこにある筈の「上り坂」をゆっくりまた見上げる。

「上り坂」ではなく、目の前には「下り坂」がどこまでも伸びている。


…怖い‼‼

夕暮れで八咫鴉(やたからす)のお告げの時刻も近づいているのに…!
このまま下ればいいの!?
泣きそうになりながら、必死に「下り坂」を降りる。

「「「後ろの正面だぁ~れだ」」」

カゴメの囃子の一節の合唱が後ろからこどもの笑い声のようなものに交じって、カナデの恐怖をさらに倍増にさせる。
座敷童(ざしきわらし)だ!!!!
半泣きのカナデはいつも魚や湖に生息する小さなエビのような生き物をすくって遊ぶ沼の横のもうじき真っ暗になりそうな竹藪を全速力で走る。
沼には河童がいる…
私は皿なんてもってない!!!
夜の山道は神隠しの伝説と表裏一体。
「坂」ではなくて今は平坦な道を走っているから大丈夫な筈…!
電灯もない暗闇のなかは鬱蒼としていてまだ小さいカナデにとっては何もかもが幽霊のような化け物のようで、あの世とこの世がわからなくなる境界線の世界を必死に走り続けていた。
下に根を張った巨木の足にひっかかって、カナデは転ぶ。

「…いたっ」
細い脚の膝が擦り剝け泥んこの上に血が滲む。何に引っかかったのか確認するために、後ろを振り返ろうとするが先ほどの「坂」の恐怖が込み上げてくる。
鴉(からす)たちがぎゃぁっぎゃぁっっと不快な鳴き声で頭上を旋回する。


「わたしは八咫鴉の剣(やたからすのつるぎ)はもってない!!!!」


カナデは熊野古道からやってきた修行僧の伝承の話を思い出して大声で叫ぶ。

はっ
カナデはベンチに座って右手に清勾玉、左手に飲み干したジンジャエールの空の缶、膝にはカナデを心配そうに見守るシマリスココ。ココはつぶらな瞳で、大丈夫?と口元に野菜の食べかけをつけたままじっとカナデをみている。

今のは幻夢…?
可愛いココを心配させないように気丈なカナデに戻る。
「ココ、有難う。大丈夫。おなか一杯になった?出発しようか?」
ココを撫でていると気持ちはすとんと楽になる。

ココはカナデの左肩によじ登り、カナデはココの食べかけの野菜をカバンにいれて清勾玉の指す方向目指して出発する。

いただいたサポートはクリエイターの活動費として使わせていただきます。