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第38話≪ユウカの章③≫【caretaker】―スラブ叙事詩の卑弥呼(ヒ巫女)による盟神探湯(くかたち)―

五島市福江港。
五島列島の南にあたり下五島のうちのひとつである。
絶対音感の持ち主はこの大自然に溶け込むカトリック教会の鐘の音の楽譜に変換できるだろうか。

下船したユウカはまっすぐ水ノ浦教会堂へとマイカーを走らせる。
助手席の窓を半分開けて外気をいれる。譲りものと引き受けた父の形見のロレックスの腕時計をみると時計の針は朝7時丁度を指している。5つの教会へのいつもの洗礼義務は予定通りに進みそうだ。
助手席の窓から入る空気は冷たいがのびのび育った大自然の香りを連れてきて夜勤明けの疲労を澄み渡らせてくれる。
乗船中に出逢った長崎の街猫と思われる黒猫ではないもう一匹のカステラに釣られて現れた茶白猫はなかなかユウカから離れず、ユウカに連れてってよ!といわんばかりの勢いからのユウカのドライブへのすっかり慣れた顔してのお供である。茶白猫の気質はおっとり、嫌なことや危機一髪のこともすぐ忘れてしまう赤毛遺伝子特有のリセット機能を持ち合わせた、優しくてよく寝る一般的な猫のイメージとは離れる猫らしくないマイペース天然猫さんである。助手席にチョコンと乗って天然娘の如くのグルーミングをのんびりしながらのほほんと外の景色をみている。とりあえずユウカはこの茶白猫のことをララと呼ぶことにした。

車で45分走らすと白い外観が美しい木造教会堂が目に飛び込んでくる。

水ノ浦教会堂は現在の聖堂では木造教会堂としては国内最大規模を誇る。キリシタン弾圧を乗り越えた人々が、明治13年(1880)に建立したものである。

車から降り立つとユウカは颯爽と教会堂に入り、まだ誰もいない場所で修道服にテキパキ素早く着替える。隠れキリシタンと掛け合わせた和洋折衷な白装束のようなデザインにも見える。顔を隠すレースにより神体化したマリアであり卑弥呼(ヒ巫女)の存在を受け継いだものとして讃美歌を歌い、迷える子羊に盟神探湯(くかたち)の清めを催すのだ。
首からぶら下げる大きなロザリオには三種の神器の一種の魔境がレリーフされている。魔境とは鏡の光反射により悪払いをするというのが通説だが、これは間違いで真の魔境は背面にはマリアや何かの象徴が浮き表れてくるようになっている。
ユウカのロザリオはユウカの一族代々が引き継ぐもので、これは幼少期の頃、まだ父が生きていた時に大浦天主堂の神父から「スラブ叙事詩の血を受け継ぐもの」という謎の言葉とともに5歳にして修道女の冠を取る才を崇められ、神の子として人ならずの聖母マリアの血統そして魏志倭人伝に記載される「邪馬台国は北部九州から船で十日。歩いて一か月かかる」北部九州の福岡県みやま市周辺にあった『山門県(やまたのあがた)』の女帝でもある巫女としての途方もなく大きな洗礼を何の運命(さだめ)なのだろうか引き継ぐことになったのでる。

「『モノ』は古来『鬼』または『神』という意味だった。もののけ。『モノ』には神が宿り鬼に化ける」

修道女の姿のユウカはロザリオと聖剣を纏い、聖水をキリスト像の前に捧げ十字を切る。それからロザリオを片手に目をつぶり跪くと讃美歌をソプラノの音色で聖堂に響き渡せる。
ユウカの一部始終をこっそり陰からみてた茶白猫ララはこの讃美歌を聞いた途端に、ふわっと浮き上がると次の瞬間、ボフンっという音をたてて「はわぁぁぁ」とメルヘンな美少女に変身してしまった。

どすんと教会の固くて狭い長木椅子に落っこちたララは「ひょえええええ」と一人(一匹?)慌て放題である。
驚き一つもせずレースマスクで表情はみえないユウカは振り返るとララに冷静な顔で「魔界からようこそ」と挨拶する。

ララは「なんでぇええ」と目がぐるぐるまわって完全に動揺、冷静さは忘却の彼方だ。

ユウカはまたキリスト像の方に向くと「直感よ」と一言讃美歌の続きを歌う。
すると、教会堂にはどこからともなく「三つ子の魂百まで。アーメン」と言いながら足のない人影の霊たちや孤児のこどもたちが集まってきて、教会堂はあっという間に満員になってしまった。

ユウカの讃美歌が終わると、ユウカは集まった『迷える子羊』の魂の方に向かって「みなさん、おはようございます」と朝礼をする。
「では盟神探湯(くかたち)を始めましょう」

ユウカのその言葉とともにキリスト像の前に注がれた聖水はぶくぶく沸騰しだし湯気をだしはじめあっという間に熱湯になった。<BR>
聖堂に寄り集まった霊の魂たちは、その熱湯に手をいれて火傷を負わなければ天国へ、火傷を負えば地獄に落ちる。一番目の女性の霊はすっと右手を熱湯に入れてもなんともなく、光の粒になって天の方向へ粒子は羽ばたく。二番目の邪険そうな男の霊は苦悶の表情で震える右手を入れるとあっという間に熱傷3度。

ぎゃぁあああああああああっつ

聖堂に盟神探湯の洗礼を受けた男の絶叫が響き渡る。

「生前に何の罪もないこどもを洗脳させ、生きた兵としてマインドコントロールした7つの大罪の罪を犯した者よ。ヘルヘイムへお行きなさい」<BR>
ユウカはロザリオを掲げ反転させると魔境にはヘルヘイムの番人微笑したヘルが映っており、審判で地獄行きになったものの魂はその魔境に黒い残像とともに吸い込まれてゆく。

ララは終始どうしよどうしよと未だ狼狽するが、自身は脚(足)があり魔女であることを思い出すと気を取り直してこの息をのむ光景をぶるぶる震えながら見守るのであった。

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