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彼氏の借金を清算した話

社会人1年目の終わりに、職場の先輩を好きになった。職場の先輩は女癖は悪くなく、優しい人だった。
何度かお茶をしていい雰囲気になった頃、「実は、借金がある」と打ち明けられた。付き合う前に言ってくれるのだから良心的だと判断した。身近に借金持ちは誰ひとりいなかったから実感もなく、社会人1年目で危機感もなく、あまり深く考えずに『そうなんだ。まあ、自分が迷惑かけられなければいいか』と思った。

「借金はいくらくらい?」と聞くと150万円くらいとのこと。
そのくらいなら大丈夫かな、と思いつつ、「ごはんなら食べさせてあげるけどお金は貸さないよ」と宣言した。実際、わたしの方が10歳近く年下だったけれどよくごはんを食べさせてあげていた。同じ職場だったからお昼ごはんも一緒に食べていて、特に負担にも思わなかったので、それなりに平和に付き合いを続けていた。

その人が毎月の支払いをしている場面に付き合ったことがある。
ATMで返済をしたその場で、すぐにまたいくらかのお金を下ろした。「そのお金は?」と聞くと「今月はまだこれだけ下ろせるから」との返答が返ってきた。「??」となり聞いてみたところ、どうやら返済すればまた月の限度額いっぱいまで借りられるというザ・自転車操業をしていたのだった。しかし本人にその自覚が乏しい。月の限度額=貯金額と言いたげなふるまいに、初めて理解不能な感覚を覚えた。

付き合って2年が経ち、だんだんと自転車操業があやうくなってきた。「お金貸して」と言われるようになり、「お金は貸さないって言ったじゃん」と言いつつも、「冷たい…」という顔をされるのに負けて9万円を貸した。ただし借用書を書かせた上で。
思ったより厳しいとでも感じたか、そのお金はちゃんと返ってきた。数ヵ月してまた頼み込まれ、仕方なく20万円を貸した。そのお金は今も返ってきていない。

自分に影響が及んだことで強烈な危機感を感じた。そばで見ていてもザ・自転車操業では元金が減るわけがない。このままじゃ共倒れだし、そんなのはまっぴらごめんだ。
本屋に行って債務整理関連の本を2~3冊買ってきて、呑気にゲーセンにいる彼に「読んで」と袋ごと渡した。同じ本を自分用にも買って、家で読んだ。彼もさすがにまずいと思ったのか、素直に本を読んでくれた。

債務整理方法は大きく4つ。自己破産、個人再生、任意整理、特定調停。自己破産は一番よく聞くが、浪費が原因の借金には免責が下りず、免責が下りなければ借金帳消しとはならない。個人再生はプロに頼まないと難しそうな感じに思えた。特定調停は簡易裁判所に申し立てさえできれば、プロに頼まなくてもできそうだった。
今でこそCMで過払い金請求という言葉が広く知られるようになったけれど、当時は今ほど浸透していなかった。聞けば元金を借りてから10年近く返済し続けているということで、ちゃんと弁護士なり司法書士に依頼していれば、過払い分が返ってくる可能性は高かったんだろうと思う。プロの門を叩くのは心理的なハードルが高かったこと、依頼料が払えるほどの過払い分が返ってくるのか分からないことで二人とも躊躇して、過払い分が返ってこないことを理解した上で特定調停を選んだ。
本人のこれからを思うとプロに頼んだ方が良かったのかもしれない、と今でも思うことがある。ただ、イチから自分達で模索し、やり遂げたことで勉強にはなった。

特定調停は、調停員さんに間に入ってもらって各社との話し合いを行い、会社ごとに支払い免除または減額の取り決めができる手続きだ。特定調停をするに当たり、借金関連の書類を全て引っ張り出して借金総額を洗い出してもらった。正確に申告しないと全て無効になる可能性があったためだ。
付き合い始めた当初、150万と言っていた借金は洗い出し途中で300万に増え、最終的には500万にまで膨れ上がった。書類を持って簡易裁判所へ行き、書き方を教えてもらいながら申し立て用紙を記入し、2~3千円分の収入印紙を貼る。調停にかかる実費はほぼこれだけだった。後は裁判所からの連絡に従い、すべての会社との話し合いが終わるまで何回か足を運ぶのみ。

特定調停を申し立てて助かったことは、申し立てた時点からいったん返済がストップできたこと。毎月のようにお金を貸してほしいと目で訴えてくるのにはほとほと困っていたから、わたし自身もホッとした。数ヶ月かけて全社との話し合いを終え、最終的に決まった金額は全社合算して月3万円、3年間の支払い。全額免除になった会社もいくつもあった。申し立てる前は月14万円くらいは返済に充てていたから、本当に雲泥の差があった。
調停員さんに「周りに同じように困っている人がいたらいつでも来るように言ってね」と優しく声をかけてもらったそうで、本人もご機嫌だった。給料の大部分を自分のために使える生活は相当嬉しかったらしい。(それでもわたしの20万円はのらりくらりとかわして返してくれなかった)

3年間の返済を終えたら感謝してプロポーズしてくれるのかな、という期待はもろくも崩れ去り、返済を完全に終える直前、彼はわたしよりも更に5歳ほど若い子に告白されてその子を選んだ。5年付き合って、借金を減らす手伝いもした挙げ句にこの仕打ちか…と涙にくれて、それでもわたしは諦めがつかなかった。20代の一番楽しい時期を彼と一緒に過ごす時間に費やしてきたから。
その事を告げられてから2週間は混乱して泣いて過ごして、でも何とか別れの話し合いを終えて真夏のアスファルトの道をとぼとぼと歩いて帰った。

別れてからしばらくは、ランチパックのチョコクリーム1つで命を繋いでいた。秋頃、久しぶりに連絡が来て会うことになり、過去最高に痩せた姿で会ったら「気持ち悪い」と言われて本当に納得がいかなかった。
新しい彼女とはラブラブとのことだったけれど、聞くと経済的には元彼と同類のようで、結局人は似たような立ち位置の人を選ぶのかな…と感じた。その彼女には『元カノには救ってもらってとても感謝している』と話しているそうで、誰も幸せにならない話だなぁと思った。
「彼女とラブラブなら何のためにわたしと会ったのか」と聞くと「何となく、何してるかなぁと思って」と呑気な返答。人がこれだけ苦しんでいたのに。

5年も付き合っていたので、彼の経済的な感覚は何となく分かるようになっていた。
実家が経済的に困窮していて、近所の人に体操服を買ってもらったりと子どもの頃から第三者の善意に甘えて暮らしてきたから、人からお金をかけてもらうことに抵抗がなく、ある意味(人が自分を助けてくれることは)当然だという感覚を持っていること。大人になりお給料が入ることが嬉しくて浪費した結果の借金であったこと。
その感覚を裏付ける話はいくつかある。
たまには旅行に行きたいとわたしが旅行代を全額出しての旅行中、テレビが壊れたからと少し前に買ってあげた安いテレビを勝手に物々交換に出されていたことが判明。「もっといいテレビになったよ!」と自慢され、「人の金で買ったモノを何だと思ってるんだ!」と旅行先の往来でブチ切れて喧嘩になったこと。
別の日に安いスーツを買ってあげたら、帰り道で紙袋を持ったまま何故か唐突に別れ話をされて、「え、いまお金出してもらったばかりのところで別れ話?え?」と理解不能な状況に混乱したこと。(おそらくその頃に若い子に告白されたんだろう)
後から考えると、そういう人と結婚に至らなかったことはわたしにとってラッキーだったと思う。

借金に対する知識もついたので、交際相手の事業の借金に悩む女友達を相手に「免責が下りれば借金なんてないも同然!官報には載るけど!」と力説していたら、その場にいた法学部出身の男友達に「すごいね、よく知ってるね」と笑われた。
その男友達には、その後「婚活してるんだー」などと話した折に「その人は大丈夫?借金」と聞かれ、「大丈夫。あの人、こないだカードで払ってたから借金無いよ」と答えたらまた爆笑された。「何その基準!俺、彼女がカード使ってるかなんて見たことないよ。俺もローン組んでるけどカード使えるよ」とのこと。
笑い話にできるのならこの経験も捨てたものではないし、笑い飛ばしてくれる友達がいるのは幸せなことだと思う。

元彼からは別れた翌年にヨリを戻したいと連絡が来た。
戻りたいと言う割には「結婚は1年後を目安に…」などと消極的なことを言うので笑ってしまった。
それを断り、彼は今どこでどうしているのか何も知らない。あんなに好きで、自分の人生をかけようと思っていたはずなのに、一度壊れるともう元には戻れないんだな…と冷めた自分の心に自分でびっくりした。
願わくば、彼が借金の無い生活を継続できていることを祈るばかりだ。

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