私信:さなコン2「スプリット|継橋」について

継橋さんへ

 以前からそうだけど、私的な文章はラフに書くようにしてるんで、俺の好きなように書き散らさせていただく。
 さなコン2に応募されていた作品である「スプリット | 継橋」について、どうして俺が推しているのかが主題。
 結論を言うと、この作品は、俺がどうあがいても好きになる要素である地獄が書いてあるからスキなのだ。

 普通に内容のネタバレしまくりますので読んでない人は先に読んで。


補足:継橋さんとの関係について

 ネットの知人。アイドル百合二次創作をしている(らしい)。アイドルマスターとか遊戯王とかウマ娘とか、ゲーム関連はかなり詳しそうな空気を漂わせている。ただ、それ以上のことはほぼわからん。
 8年くらいは繋がりがあるけど、創作活動とか遊び以外のことにマジで興味ねえんだなって思いました。俺が。

 でまあ、知人だから推してるんじゃなくて、作品読んで普通によかったんで推してるってことを言っておく。嫌いな作品を推したりしたら色々なものがダメになるし、そんなことをするメリットが俺にない。お前にはまだまだ働いてもらわなくちゃならないからな。


スキポイント:はじまりから絶望

 この作品、噛めば噛むほど始まりがいい。課題文を消化してからドンと言い切る文章が入る。

 あたしにとって「人間の類い」という意味の「人類」に定義しうる存在は世界にひとりしかいなかったから、この文章に一切の誤謬はない。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17558073
スプリット | 継橋

 開幕から不穏な空気しか吸えない。SFコンテストで他の人たちがどうやって全人類を永遠に眠らせようかとか滅亡させようかとか考えている時に、人類ってのはあたしが認めるやつだけなんだよっていう強めの自我を見せて言い切ってしまうのがいい。これが人間の意志力ってもんだよ。
 後々にわかるけど、現生人類がほぼ全員まるっと生きているし寝てもいないという状況なのに課題文の条件を満たすテキストにしちゃってて、主人公の性格が駄々洩れしてるのもポイントが高い。


スキポイント:歪すぎる人間たち

 冷静に考えると登場人物にろくなやつがいない。だからこそ、ヒロインがやたらとキラキラしてて、それが作品のラストを際立たせる。

  • 主人公・智奏

    • 諦念強め、人間関係ほぼ破綻、自分否定マシマシ、とまともな要素がない。イジメを受けてるわ、父親にそれを気づいてもらえないわ、そのくせヒロインの電とは一線を引くわと、不具合の特盛セット。

    • 行動原理を理解できないとなんなんだよコイツ自業自得だろ、という気持ちになる。でもそこが子供らしくて好き。この子はあくまでも自分の理想の世界に生きていて、それゆえに現実がうまくいかないっていうだけなんだよね。

    • 皮肉なことに、思い込むとその方向に真っすぐに伸びて行ってしまうのは父親そっくり。

  • ヒロイン・電

    • VR空間の天使みたいな子。キラキラして見える。

    • 智奏のことを肯定してしまうため、踏み込みが甘い。主人公がもっとこの子を求めていればって思うところもあるけど、主人公があれでは無理。

    • なんか善性の塊みたいなやつだなと思っていたけど、設定的に本当に善性の塊だと判明する。キャラ造形完璧かよ。

  • 父親

    • 研究者で、家庭を顧みないし自分がやってることはなんでも正しいとか思っているタイプのクソ父親。自己肯定感の塊で、存在してるだけで腹が立つタイプの人間。

    • こいつがクソだから最後が際立つので、仕事については本当によくできる。

  • いじめっ子たち

    • 物理でイジメてくる人々。首をビニール紐でくくるとか、すでにイジメの域を超えてる気がするが、主人公の性格を考えるとここまでエスカレートするのも頷ける。

    • 話の中ではなんの被害も受けない一方的な加害者として描かれているので結構胸糞悪くなる要素のひとつ。だけどこいつらのいじめがないと話が成り立たないんだからしょうがない。


スキポイント:スプリットの意味

 この作品には、現実的にはできるわけがない、理想としての割り切りを求める主人公の苦悩が描かれる。
 スプリットはそのまま分割を意味する英単語で、主人公がひたすらに自分と電を分割して考えようとしてる、というのが最初の意味。
 なんだけど、これがラストの展開で物理的&精神的な分割に変わるところがいい。あとで語るけど、主人公が自分と電を分かつための方法としてハサミを使うという行動に出るところがたまらない。
 物理的な実体であれば確かにハサミで切り分ければ分割される感じがするんだけど、人間関係とか自分の思いだとかいうものは綺麗に切れるものではないので、それを考えると本当にむちゃくちゃなことをしている。だけど、その非論理的なところが如何にも小説的だよ。


スキポイント:父親をハサミで分割

 電は父親が実験のために作った存在で、実在の人間ではない。設定としては、主人公のポジティブな部分をコピーした存在となっている。そしてその電が突然にいなくなってしまう。いなくなった電を主人公は探すが見つからない。
 後日、家に帰ってくるとVR機器が片付けられてしまっていて、主人公は父親に事情を訊く。すると先ほどの設定+実験器具は片付けて、電は削除したという話が出てくる。
 この瞬間に、主人公の中にあった人類への希望みたいなものが完全に消えてなくなって、衝動的な行動が発生する。
 その時の文章が最高だった。

 調理機のアラートが鳴り響く。あたしはそれがいつもの数倍うるさく、耳を劈くように感じた。心臓もうるさい。頭が重くて、あたしは食卓に手をついた。あたしの手元には、レトルトのパッケージを開封するための鋏があった。

 ――切り分けないと。あたしと『電』を。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17558073
スプリット | 継橋

 人間が壊れる瞬間愛好家としては満点の出来です。思考回路が狂ってるんだけど、その狂い方を理解できれば、行動に妥当性があるように思えてくる。
 このあと、主人公は父親に自分と電が何を話していたのかを身体に教えてやる(要するに父親を殺害する)ことになる。いいぞ。


スキポイント:破滅

 ラストで主人公がすべての破滅を悟るところの流れがいい。文章自体にはまだ調整の余地があるかなと思うけど、もはやすべてが取り返しのつかない状態になって冒頭の文章に帰結すると考えると、いい味の破滅だった。


残念ポイント:主人公と電の接続

 要するに主人公と電が(ある意味では)同一人物なのだが、それを作品内で暗示しているシーンが書かれてない。ある時に偶然出会っただけで終わっているので、後から出てきた設定にあまり納得感がない。
 後から読み返した時になるほどと思えるよう部分がないと、読めば読むほど粗が気になってきてしまう。


残念ポイント:電との交流シーンの書き方

 電と会話をしながら現実のことについて言及しているシーンが始まるんだけど、そのシーンが会話でさらさらと流れていってしまってるのがもったいない。作品内容から考えると、ひどい現実ときれいなVR世界を対比させたいので、VR世界内のことをもっと詳しく書いておいた方がよかったかなと思う。現実の描写が濃密で迫真の出来というのもあって、そのせいでVR側が弱くなってしまっている。
 電のキャラクターはよくできているし、電について書くときはしっかりと描写があるので、それ以外の部分、特に主人公についての情報、ないし描写の力が足りてないんだろうな、という気がする。


残念ポイント:シーンの切り分け方

 シーンとシーンの切り分け方があまりよろしくない。各シーンがどこにどうやって接続されてるのかが単純に読み取りづらい。
 シーン単体で見ても、始まりが会話から始まってるケースが多くなんのシーンが始まったのか先を読まないとすぐにわからないことが多かったので、これだけでも相当な数の読者をふるい落としてると思う。
 これは俺もあとで気づいたことなんだけど、この作品をさっと読もうとすると、シーン間の接続がうまくいかなくなってびっくりした。
 この作品は、じっくり読めば意味がわかるけど、流し読みするとまるで意味がわからなくなる。そういう意味では読者に優しくない。


総括:近所の地獄、あと創作者として死ぬなと言うこと

 スプリットはSF小説として見ると非常に小さな作品だなと思うんだけど、青春小説としては、隣の家で起こってても不思議じゃないようなことが書いてあるので、そこがたまらなく愛おしい。
 本人にも何回か伝えたんだけど、この話は近所にある地獄が書いてあるのが推しポイントのひとつ。
 昔からそうなんだけど、なんかどうしようもないほどに何かがぶっ壊れた時、言いようのない気持ちが味わえて気分がよくなる。この作品はその壊し方が現実に近いところに置いてあって、それがすっと身体に入ってくるから愛情深く接することができるんだな、と俺は勝手にそう思っている。

 まあ、俺が推しても数値が伸びてないところを見ると、おそらく世間受けは悪いんだろうなという気がするし、残念ポイントがポコポコ出てきちゃってるし、なにより書いた本人があまり納得してなさそうだったんで、客観的に見るとまだまだ伸びしろがあるんだろうなあという気がする。

 でも逆に言えば、完璧にできてるけど面白くない小説みたいな救いようのないものを書いてるわけじゃないので、これに懲りずに創作者として生きててくれ、と願う。

 それに、さなコン2には俺も参加してて、4つ(計39,086文字)も文章を書いておきながらいまだにスプリットを越えたと確信できるものはできてない。それでも生きてる。だから俺を見て笑って生きろ。



 ところで、さなコン2のローラー感想してたけど、読むだけでつらいのが結構あるから、もういいかなって感じがしてる。

 今回は以上です。
 ここまでお付き合いくださった方、誠にありがとうございました。

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