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火車 感想

●はじめに

 まずはこの記事に目を留めて頂きありがとうございます。

 あくまでここに書かれていることは「感想」です。この作品に対するマイナス点は挙げていますが誹謗中傷する意図はなく、この作品を好きな人にはどうかその自分の感想を大切にしていただきたいと思います。そのため、noteとしてハッシュタグはつけていません(ツイッターには# noteのみつけて投稿しようと思っています)。

 また、自由気ままに書いているためネタバレを含みます。気になる方は読まないことをおすすめします。


※この記事には

●はじめに
●本題
●お気に入りのシーン
●気になること
●経済小説として
●最後に

の6項目を設けています。一つ一つは長くないと思いますが、宜しければお時間ある時に読んでくださいませ。



●本題

 宮部みゆきの『火車』を読み切った。以前別のサイトで、宮部みゆきの短編集『堪忍箱』の感想を載せた際に「この人の長編を読んでみたい」と書いたが、その結果ネットで評価の高かった『火車』を選んだ。主人公の亡き妻の親戚・和也の婚約者の失踪がきっかけでとんでもない事実が判明することから始まるサスペンスである。

 私も忍耐力のある方ではないので仕事が忙しい時などは手が回らず、数週間、数ヶ月間空けながら一冊読み切ることが常なのだが、これもその一つだった。だけど、それが常だからか本を開けば思い出すのも早い。というわけで、満足感はある。


●お気に入りのシーン

 特にお気に入りなのが新城喬子が「死んでてくれ、お父さん」と願いながら官報のページを繰るシーン。家族の死を願うというのは、穏やかな家族の元に生まれた人なら到底理解できない感覚だろう。でも、少し表現しづらいが、「自分にはない思考回路に出会う」だとか「当たり前が崩れ去る瞬間」とか、そういうものにある種の特別な感覚を抱いている自分としては、興味深いシーンだった。あまり恵まれた家庭に生まれてこなかった喬子を否定しきれない人もいると思うが、私も喬子に感情移入しがちなタイプだと思う。だが、家族に負の感情を抱くことが信じられない人間も世の中にはいることもわかっているつもりなので、その喬子の姿に幻滅する倉田も必然だと思う。どちらも人間らしいのだ。

 そして幻滅されたことに気づき、絶望する喬子。二人の心情と間、緩急のついた時間の流れ方にとても惹き込まれる。

 ここで「死んでてくれ、どうか死んでてくれ、お父さん。」に「、」のルビを振るセンスも好きだ。それが倉田にとって浅ましいというか、普通に過ごしていたら抱き得ない感情だというのを強調している(あくまで「倉田にとって」だ)。たまに何のためにここに点を付けたのだろう? と感じる小説もあるが、こういうのが効果的な使われ方だと思う。


●気になること

 一つマイナスな点を挙げるとしたら、完全には決着がついていないことだ。もう95%は完成している。しかし、保が失踪中だった喬子の肩に手をかけるところでこの小説は終わる。


 結局彰子はどうなったのか? 本当に喬子が彰子に手をかけたのか? 本間の推理が合っているとすれば、彰子の頭部はどこにあるのか? 作中、変に彰子に情けをかけた痕跡を残していた喬子だが、本当のところ彰子をどう思っていたのか? そういうところを喬子の口から聞いてみたかった。

 あとは、保かな。それだけ彰子に思い入れがあるなら、まず作中で気持ちの整理がつくということはないと思う。が、もし喬子から彰子の現状を聞けば一定の区切りは迎えるとも思う。その時保はどうするのか……。

 事の発端となった和也にも最後くらい出てきてほしかったな。そして、この事実をどう受け止めるのか。

 もちろん、このドキッとする瞬間で終わるというところが好きだと言う人はいるだろう。私がこの点をマイナスとして挙げたのは、完全に個人の好みだ。この作品に落ち度はないと考える人もいると思う。


●経済小説として

 また、最後の解説では物語にクレジットカードや闇金、破産が絡んでいることから「推理小説であると同時に、経済小説である」とあり、確かに私も「へえ〜、そうなんだ」と思いながら読んでいた節がある。

 ただ、この小説自体30年近く前の小説で、この解説も25年ほど前のものである。現在に通じる部分もあると思うが、ちょうどこの頃に起こったと思われるバブル崩壊に加えてリーマンショック、コロナ禍を始めこの間に様々な経済的変化に見舞われている。また、少しこの小説でも触れられている奨学金制度の問題なども深刻化し、「男女共働きの時代」も強調されるようになった。その癖寿命も長くなって、定年引き上げや医療費負担額の増加、年金を始めとした社会保障費の確保なども議論されている。

 もしこれを「経済小説」と呼ぶなら現在とはまた状況が変わっていることも念頭に入れて読んだ方がいいだろう。


●最後に

 以上が私が感じたことである。私は多分、現代の小説家では恩田陸さんの小説を一番読んでいると思うが(と言っても冒頭で言ったように読むペースが遅いので彼女の小説ですらごく一部しか知らない)、宮部さんの小説にも負けないくらいの迫力、間、雰囲気、心理描写、それに伴う人間味、それとは対照的なようで絶妙に絡んでいる心地よい非現実感がある。今後もこのような小説に出会いたい。

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