一番の友人

窓を開けると、近くのこども園の園庭で連日行われている運動会の練習の様子が聞こえてきます

ダンスの曲でしょうか

ケツメイシの「友よ」が繰り返し聞こえてきます

春になると毎年どこかで必ず耳にするケツメイシの「さくら」を聞くと、私の摂食障害も嘘も性的な仕事も全て受け入れてくれようと努力してくれた、あの彼のことを思い出します

彼に誘われてお花見に出かけた上野公園
待ち合わせにシフォン素材のふんわりした白いロングスカートと、デコルテがきれいに見える襟ぐりが少しあいた、エメラルドグリーンのトップスを合わせ、白いペタンコ靴と小ぶりの藤編みバックを持ち、植え込みのあたりで彼を待っていると、観光客らしい数人の外国人グループに声をかけられ、待ち合わせの人が来るまで行動をともにして一緒に写真を撮ってほしいと言われました

体の大きな彼らに囲まれ、断ろうにもうまく言葉が出ずに戸惑っていると
ふいに手を掴まれその輪の中から抜け出すことができました

私の手を掴み早足でその集団から離れながら「待ち合わせしてる中で一番綺麗で目立ってたもんな」と照れたように言った彼からふんわり香った香水と、彼の髪についていた花びらがひらひらと目の前を舞い落ちたあの瞬間を、まるで昨日のことのように覚えています

あの春の日から数カ月後、私達は別れました

ケツメイシの曲を聞くと、どうしてもあの日のあの瞬間を思い出してしまい切なくなるのであまり耳に入れないようにしていました

でも、仕事中聞こえてくる運動会練習の「友よ」はもう受け入れるしかありません

連日聞こえてくるので、仕事の手を休めじっくりと歌詞に耳を傾けました

聞いているうちに

摂食障害で体調が思わしくなく、約束を何回も反故にするうちに離れていった友人

環境が変わって自然と付き合いのなくなった友人

言葉の真意が伝わらず怒らせてしまい、そのまま修復のできていない友人

今はもう連絡の途絶えたかつての友人達を思い出しました

そして、そんな私にどんな時も寄り添い、決して見捨てず今まで一緒に生きてきてくれた存在に気が付き、いつの間にか涙ぐんでいました

その存在は私自身でした

私が私の人生に見切りをつけていたら、今ここに私はいなかった

私の一番の友は私自身

そう思ったら

今までよく生きてきたね

と自分を労わってあげたい気持ちになりました



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