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シリア-9- イドリブ

写真 : トルコと国境を接する町、イドリブ県ハーレム

アレッポでの取材を終えて、トルコに戻りました。このまま、帰国して売り込みをするにはまだ物足りないと感じました。シリアは戦争状態にありました。民衆蜂起から武装蜂起へと発展した都市は西部ホムスから始まり、南部ダラー、中部ハマー、ダマスカス郊外、アレッポ、各地へと広がりました。その中で、ホムスと同様、早い段階から武装闘争に移行しながらも、それほど注目を浴びていない県がありました。それがシリア北西部に位置するイドリブ県です。

・初めての密入国

トルコは約900キロにわたり、シリアと国境を接しています。互いに行き来できる国境はいくつもありますが、シリアが戦争状態に陥り、2012年10月時点で開いているゲートは僕がアレッポ行きで利用した「バーブ・アル=サラーム(平和の門)」一つだけでした。その他は全て閉鎖されています。イドリブ県に入るための国境が「バーブ・アル=ハワー(風の門))」ですが、こちらも閉ざされていました。

僕はトルコ南部の都市アンタキヤに向かいました。ここからさらにバスで2時間ほど行くと、レイハンリという小さな町に到着します。町の中央に時計台があり、その周りに商店街やレストランが密集しています。ホテルも数件あります。それだけの町ですが、シリア人が大量に押し寄せていました。すぐ隣がシリアなのです。そのため、イドリブ県だけでなく、アレッポ、ハマー、ホムスから逃れてきている難民が溢れていました。

時計台のすぐ近くに小さな病院がありました。そこにはシリアでは治療できない重傷者が何百人も搬送されてパンク状態にありました。

「どうしてこんなにたくさんのシリア人がいるの?確か、国境は閉鎖されているんだよね?」

僕は病院で働く医師に聞いてみました。

「いや、国境は開いているさ」

「えっ!そうなの。だったら、僕も入れるのかなあ」

「それは無理だ。今はシリア人しか国境は通過できない」

医師の話を聞いて、僕は肩を落としました。

「ただ、ここにいるシリア人の多くが国境を通らずに来たんだ」

「それは、つまり、密入国?」

「まあ密入国といえばそうなるか。別にこの辺りだと、国境といっても、簡単な鉄条網があるだけで、トルコ軍の監視も厳しくない」

数日後、僕はシリア人のガイドを探り当てました。医師の話が事実なら、簡単に国境が超えられる。そう感じて、情報収集をするうちに、国境越えを手引きしてくれる一人のシリア人と知り合いました。

彼は現役の自由シリア軍であり、出身地がイドリブ県のハーレムでした。ハーレムとは今いるこの町、レイハンリの隣の町にあたりますが、レイハンリはトルコ、ハーレムはシリアになります。しかも、このハーレムは激戦地で、レイハンリにいても、砲弾や銃声、また空爆の音が聞こえるほど近い距離にありました。

さて、自由シリア軍の彼は、「これから村に帰るから、お前を連れて行ってやるよ」と気軽に応じてくれました。密入国になります。初めてのことで僕は緊張しました。まず国境に向かいます。レイハンリとハーレムを隔てる、つまりトルコとシリアの国境線は、鉄条網で仕切られていました。トルコ軍の監視塔がところどころに点在しています。

到着した場所は見晴らしのよい平原でした。しかも、トルコ軍の装甲車が二台ほど待機しており、兵士の姿も何人か確認できました。こんなところから入れば、すぐにトルコ軍に見つかるんじゃないかと僕はドキドキしていました。すると、ガイドの彼は何を思ったのか、そのトルコ軍に軽い足取りで近づいていきました。15分ほど僕は身を伏せて待ちました。

「トルコ軍の兵士と話したんだけど、ここから入ることはできないらしい。さすがに目の前で密入国するやつを黙認することはできないって」

そんなことは当たり前だろ。僕はあきれました。すると、彼は歩き出し、先ほどの場所から300メートルほどしか離れていない場所で立ち止まりました。

「ここからなら、大丈夫だ」

目の前には鉄条網があります。トルコとシリアの国境です。

「でも、さっきトルコ兵がいたところから、ちょっとしか離れていないじゃないか。見つかったら、どうするんだ?」

僕は初めての密入国です。これは犯罪です。捕まったら、取材どころか国外退去にもなりかねません。僕の不安に彼は不思議なことを言いました。

「えっ、だって、さっきのトルコ兵がここからだったら、別に入っても問題ないって教えてくれたんだ。だから大丈夫だろうよ」

「ん?それって、えーと、つまり、国境を警備するトルコ兵が、密入国の手引きをしてくれたってこと?」

「手引きじゃないさ。ただ、抜け道を教えてくれただけさ」

それって、手引きと変わらないじゃないだろうか。僕は頭が混乱しました。でも、たぶん、戦争が始まるずっと前から、国境を接する町では、こうした往来が習慣化されていたのかもしれません。僕はそう自分を納得させました。

鉄条網をくぐります。シリアです。パスポートにはスタンプも押されません。シリアのビザももちろんありません。税関もありません。誰もいません。あるのはザルような鉄条網だけ。

小道をしばらく歩きました。彼は両脇にある木々から野球ボールほどの果実をもぎ取りました。それを僕に放り投げました。熟れたザクロでした。

「今はザクロの収穫の時期なんだ。でも、誰も収穫する者がいない。みんな逃げた。残っているのは自由シリア軍だけさ」

彼はそう言って笑いました。

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