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罪深きシリア観光旅行

僕のシリア観光旅行はnoteに書き綴りました。観光期間は2022年6月です。たぶん、今回紹介する本の著者も僕と同時期にシリアを旅していたようです。僕が訪れた都市は、ダマスカス、パルミラ、ホムス、ハマ、アレッポ、マアルーラですが、著者はその他に、ボスラ、ラタキア、さらにダマスカス郊外のグータ地域のザマルカ地区にも足を運んでいます。

・観光旅行という名の硬派なルポルタージュ

シリアは近年になって外国からの観光客を受け入れるようになりました。ここで述べるシリアとは「アサド政権の支配地域」ということになります。アサド政権は外貨の獲得と自らの戦争の正当性を宣伝するため観光客を積極的に呼び込むようになりました。ただし、付き添いのガイドが必須です。

著者はヨルダンからシリアに入国しています。国境でガイドと合流して、シリアの旅行を始めます。著者はシリアの入国は初めてらしいのですが、普通の旅行者とはまったく異なる感情をシリアに抱いています。疑いと恐怖です。例えば、シリアに入国する際に、ガイドからシリア政府軍の少佐を紹介してもらう場面があります。普通の旅行者なら、挨拶を交わす程度で何事もなく終わります。でも、著者は、こう書きます。

「一瞬のうちに自分のすべてを見透かされたような感じがした。これ以上、目を合わせてはいけない」

実際に、人の心を読み取る力なんて、この軍人にはありませんが、でも、疑いと恐怖が著者にあるため、必要以上に相手に対して警戒します。そうなると、この著者は旅行者という身分を偽りながら、ジャーナリストとしてシリアに入国しているのかなあと感じます。ただ、それも少し違う気がします。旅行者という枠内で、ギリギリのところで、シリアの戦争を見たい、知りたいという、あくまで「観光」なのでしょう。

観光旅行というと、やはり現地の美味しい食べ物や名所旧跡の紹介、伝統、文化、宗教など日本とは違うカルチャーショック的な話題で盛り上がりますが、この本では、それらは詳しく触れられていません。詳しく触れないというより、著者が感じたこと見たこと聞いたこと、それらが全てシリアの戦争へと導かれて、集約されていきます。

・シリアの戦争への入門書

シリア関連の書籍は専門書からルポルタージュ、翻訳本も含めれば、20冊以上出ています。僕は大半には目を通していますが、観光旅行という視点からシリアの戦争が語られた書籍はこの一冊だけ、もしくは「戦場観光 シリアで最も有名な日本人(藤本敏文)」がありますが、後者は戦争日記のような感じで、本来の意味合いでの観光とは少し異なります。

この書籍は「入門書」としては最適だと思います。理由は、シリアの複雑な事情を簡潔にまとめている点であり、著者自身、シリアの戦争への知識が深いため、必要不可欠な箇所は逃さず書き記しています。イスラム国、ヌスラ戦線、自由シリア軍、政府軍、シャッビーハ、ヒズボラ、宗教ではスンニ派とアラウィー派、その他、サイドヤナ刑務所、グータ地域、化学兵器使用、重要なワードを著者は旅行をしながら、生のデータとして取り入れていきます。

旅先で出会う人々との会話も貴重です。僕自身、シリアを観光していたとき、著者と同じ感覚でした。ガイドが付き添い、ガイドがいなくても、秘密警察の存在に気を使い、なかなか観光しながらの取材は困難でした。著者はそれらに配慮しながらも、大胆な行動にも出ます。それは、著者の知りたいという気持ち、それは取材をして伝えるという使命感ではなく、自らのシリアへの強い想いに突き動かされた結果かもしれません。

・改めて考えさせられるシリアの戦争

一時期、シリアは世界を席巻しました。ウクライナがそうであるように、ガザがそうであるように。しかし、世界はシリアに有効な手立てを何一つ打とうとしませんでした。それは、しょせんシリアの戦争は国内のことであり、僕たちには影響はないでしょ?みたいな他人事だった気がします。時間の経過と共に、死傷者は積み重なり、人口の半数が家を失いました。そこから、何が生まれたのか。

家を失ったシリア人は難民となりヨーロッパに押しかけました。ヨーロッパは津波のように押し寄せるシリア人に危機感を抱きます。さらに、シリアにはイスラム国が登場します。彼らは欧米人を人質に取り、殺害し、ヨーロッパでテロを起こします。シリアの戦争を放置した結果、世界は混乱しました。日本でも、二人の日本人がイスラム国に処刑されています。

そして最大の過ちは、アサド政権が今でもなおシリアの大統領として君臨していることです。あれほど自国民を殺戮していた張本人が政権の座に留まっています。戦争に勝てば、全てが不問にされる。戦争中、あれほどアサド大統領を批判していた国々が、今、シリアの70パーセントを支配下におさめたアサド政権と手をつなでいたりします。

現在、シリアへの旅行は解禁されています。戦争に巻き込まれる危険もありません。ガイドが常に付き添い、観光名所の案内、ホテル、レストラン、移動手段の手配も全て整っています。ただ、アサド政権の支配地域での旅行であり、そこから見えるのは、アサド政権にとって利益となる表の部分だけです。裏の部分は覆い隠されていますが、見えないわけではありません。見ようと思えば、見えてくるのです。もしシリアに旅行する際には、この一冊を読んでから、向かわれることを強くお勧めします。

タイトルにある「罪深き」とは何か。読み終えた読者が、それぞれ考えるテーマかと思います。僕は戦争の取材から足を洗いました。人の不幸を見てきて、その不幸を背負って、死ぬまで取材を続けることが、ジャーナリストにとっての使命だろ!なんて言われたこともあります。でも、僕は辞めました。著者の本に目を通して、自分をふと見つめなおしたりしました。

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