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自動ドアのセンサー、タッチパネルの画面

 自分は人を驚かせるつもりはないが、声をかけてもなかなか気づいてもらえないタイプだ。「気配なかったから気づかなかった。」と素の状態で言われてしまう。

 気力とか熱量とか、生きているものにある何かが足りないのだろう。

 生物として認識させるものが足りないせいか、一昔前は自動ドアが開かなかったり通過中に挟まれたりということがよくあった。開かないドアの前で、左右に動いたり手を上下したりするのは恥ずかしい。最近は技術向上のおかげか、その回数はかなり減った。

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 以前勤務していたビルでは、エレベーターのボタンがタッチパネルのようになっていた。触れなくても指を近づけると、反応しているようだった。しかし、自分の場合は運が悪いとよぶためのボタンが反応しない、乗っても行先階ボタンが反応しない、という業務外での困難が時々あった。

 コンビニのコピー機もなかなか反応しない。指の角度や触れる場所を何度も変えて、やっと目的が達成できる。

 こんな状況だったので、スマホを購入する時はかなり悩んだ。

 万が一、反応しないとなると持つ意味がない。

 日を変え店を変え、何度も店頭で展示品を触り、大丈夫だと確信してからの購入だった。

 操作はできる。しかし、指紋認証は登録できても実際使うと反応しない。また速さや細やかさが必要なゲームでは、思うような操作ができず、少しストレスだ。とは言え、もっと色々と反応しない可能性を覚悟していたので十分である。

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 世の中に、自分のような人がどれぐらいいるのか、わからない。勤務先の自動ドアやエレベーターが(自分にとって)不便な時、同僚に聞いてみても同じ事が起きている人はいなかった。

 まさか、よんだエレベーターのドアが開き、乗り込んだら中で行先階ボタンが反応せず取り残されている人間がいる、とは誰も思わない。気配も薄いので、気づくと驚かれ変な目で見られるのはいい気持ちではない。

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 タッチパネル式だったエレベーターは、先日行くとボタン式に変わっていた。かわりに、外側にあったエレベーターの所在階を示す表示がなくなり、もともと遅いエレベーターなので待ち時間が予測できないという別のストレスが生じた。

 自分にとって確実に使えるようになったエレベーターのボタンは、今のようにウイルスを警戒する世の中からいうと、触れなくて良かったものが触れなければならなくなったのだから後退したという人の方が多いのかもしれない。

 エレベーターがどこにいるかわからなくなり、自分は待ち時間のストレスが増えたが、待てばいつかくるもんだと気持ちに余裕のある人なら、そんな変化は気づかないかもしれない。

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 人によって便利さは違うし、不便の尺度も違う。

 それを色々と研究し、形にして世の中に発表していく。ただ淡々と目の前の書類を処理する仕事をしている自分には、そんな気づきと発明の仕事は終わりの見えない果てしないものに感じる。

 いやもしかしたら、開発のお仕事の方からすると、日々書類を処理する仕事は終わりのない果てしない戦いに見えるのかもしれない。

 隣の芝生は青いではないが、自分の仕事も小さいながらも何かしら社会を動かす力になっているはず、と熱量の少ない自分を励ましながら、今日も仕事に向かうのであった。 

 

 

ありがとうございます^_^