「バラモン左翼」が新たな階級闘争を生む?

いつも面白い「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」さんが、「バラモン左翼」という話をしていました。

トマス・ピケティが論文の中で、「『左翼』はインテリのエリート(バラモン左翼)の党になってしまったが、『右翼』はビジネスエリート(商人右翼)の党とみなされている。」と書いているのだそうです。

そして同じくピケティは「インドの伝統的なカースト制度では、上級カーストはバラモン(僧侶、知識人)とクシャトリア、ヴァイシャ(軍人、商人)に分けられる。現代の政治的紛争もなにがしかこの分断に沿っているようである」とも書いているとのこと。

興味深かったので、ブログ中で紹介されていた「ソーシャル・ヨーロッパ」の記事と、さらにトマス・ピケティの論文も実際に読んでみました。ピケティ論文の方はお得意の歴史的なデータ推移の緻密な分析から書いているので、途中かなり端折って読みましたが…

Thomas Piketty "Brahmin Left vs Merchant Right: Rising Inequality & the Changing Structure of Political Conflict (Evidence from France, Britain and the US, 1948-2017)" WID.world WORKING PAPER SERIES N° 2018/7, March 2018 http://piketty.pse.ens.fr/files/Piketty2018.pdf

ピケティ論文の結論は、アメリカとヨーロッパ(英仏)では現在、高学歴エリートは左翼政党を支持し、高所得エリートは右翼政党を支持しているということです。第二次世界大戦直後は、左翼は低所得・低学歴の人たちが支持してきたにも関わらず、今では高学歴エリートの政党になってしまっているんだ、と。

ただし高所得エリートが右翼政党を支持する傾向はやや弱まっているようです。すると、高学歴・高所得エリートが左翼政党を支持しつつあるという構図?いずれにしてもピケティが述べるのは、分析結果を踏まえると、高学歴・高所得という複合的エリートによる「グローバリスト」(多文化主義とか経済のグローバル化を支持している人たちみたいな意味か?)が、階層の低い人々を無視・排除していることによって、その人々が「ナチビスト」(ナチズムのような排他主義・全体主義者)としてポピュリズムに走る土壌を作っているのではないか、みたいな主張をしています。

もう一つの「ソーシャル・ヨーロッパ」のダニィ・ロドリクの記事「何が左翼を止めてきたのか?」は、こうした左翼の変質について(左翼のジャーナルであるにも関わらず)、かなり辛辣に批判しています。

What’s Been Stopping The Left?
by Dani Rodrik on 20th April 2018 https://www.socialeurope.eu/whats-been-stopping-the-left

いわく、(不平等な格差を減らすはずの)民主主義は反対の方向に向かっているんだ、と。高所得者がより税金の負担をするための所得税の累進性は低下しているし、逆に、低所得者により負担を強いる逆進的な消費税への依存度は増加している。そして、インフラへの投資(日本で言えば建設国債ですね)を増やす代わりに、政府は低い技能の労働者たちに特に有害な、「緊縮政策」を追求している、と。

なぜ左翼は変質したか。それは、少なくとも米国では、アイデンティティ政治(性別、人種、および性的指向などでの差別の問題に敏感になること)にかまけて、収入と仕事の面倒な問題(ブレッド・アンド・バター問題)を放り出したからだと。

こうした指摘、日本でもかなり当てはまるのではないかと思います(もちろんピケティは日本の政党支持の歴史は分析していませんが)。リベラルの人でもなぜか格差を広げる消費増税に賛成して、所得税の累進を高めるのに消極的だったり、未来への投資となる国債発行にとても強く反対してたりしますから。

しかし、なぜ左翼が高学歴エリートになると、所得格差の問題に関心をなくすのかが、あまり明確に定かではありません。「明日のおまんまのことを考えるのは低俗なこと。もっと高尚なことを政治ではするべきなんだ」という感じなのでしょうか…。ピケティやロドリクは、高学歴の人々は「やればできる」という実力主義を信じているからだ、と説明するのですが、あまり私は腑に落ちないところですね(確かに日本でもリベラルの人は自由と個人主義を重視しているので、ネオリベラリズムに親和的であると感じる時もありますが)。

実際、福祉の研究者の方と消費増税について議論していたとき、初めは北欧では消費税が福祉を支えていて、日本でも福祉目的税になっているから重要なのだ。とその方はおっしゃられていたのですが、私が直間比率や消費税の逆累進性の話に触れ、なぜ所得税の累進強めるのではだめなのか、とお聞きしたところ、「所得税でこれ以上取られたら私は大変なんです!」と言われびっくりしてしまったことがあります。消費税は所得税より逆累進性あって低所得の人、年金暮らしの人へ負担が強まるんですよって説明して、福祉の研究者の方であれば、共感して理解していただけると思ったのですが。

どうしたら低所得者層を「包摂」した政治的なコミュニティを作り上げ、所得格差を克服し、社会的な連帯をはかることができるのか。ピケティもロドリクも、そのことを今後の課題としているように思います。日本でも同じことが言えるでしょうね。

余談ながら、日本維新の会が大阪でなぜ強い支持を得ているのか(にも関わらず、大阪都構想はなぜ住民から拒否されるのか)という分析をしているこちらの研究も興味深いです。維新はブームではなく、ポピュリズムでもない、というのがこの研究の結論です。


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