アラサー魔法少女と新人社員の話

○あらすじ
怪物対魔法少女の戦闘が日常化、エンタメ化している世界。桃井リチアは魔法少女を支える事務所の社員として働いていた。彼女はある日、フリーで活動している縁ウヅキと出会う。
リチアは憧れの魔法少女の職に就きながらも、自分の弱さに向き合いながら成長する。
新人社員とアラサーベテラン魔法少女のタッグが最大級の敵に立ち向かう!


20△△年
突如我々の生活を脅かした怪物、ザムアイン。我々日本人は、この怪物から災害級の被害を受けていた。
そんな日本に差し込んだ一筋の光。それが、魔法少女クライノートであった。

光り輝く剣を携えた5人の戦士が怪物に切りかかる。その姿を勇者に例える者もいれば、まるで天使のようだと評する者もいた。
彼女たちが巨大なザムアインに刃を突き刺すと、強い光があたりを包み込んだ。街を破壊したザムアインは瞬く間に消え去った。

「か、かっこいい~!」

彼女たちの活躍は、一人の少女の運命をも動かした。戦闘の様子を映した中継を見ながら感動に震える少女の名は桃井リチア。彼女は一瞬で魔法少女に心を奪われた。いつか、彼女たちを支える存在になりたい。その思いが彼女を突き動かした。


現在
世は魔法少女戦国時代。15年前はクライノート達にザムアイン退治を一任していたが、ザムアインの増加に伴い魔法少女たちも増員された。彼女たちの華麗で力強い戦闘を観戦することは次第に人々の娯楽となり、人気獲得のために魔法少女の戦闘はより人々の印象に残るよう洗練されていった。

金剛グループ。魔法少女たちのスケジュール管理、武器開発、マネジメントなど、全てのサポートを行うこの国で最大級の魔法少女事務所。リチアは現在、この会社で演出部門に所属している。

「うう…重いー!」

リチアは魔法少女アミキティア対ザムアイン戦の際に生じたガレキを掃除していた。足場が不安定な中の掃除はかなりの体力を要する。

「おい、桃井!さっさとそれ運んじまえ!シャキッとせんか!」

上長からお叱りが飛んでくる。あんたはいいな、ガタイがよくて。

戦闘後のガレキ処理も演出部門の立派な仕事である。戦闘後の地域は警察、救急隊、野次馬などが出入りし、パニック状態である。そこで重機を運転することはかなり困難で、今もなお人の手である程度の復旧作業や清掃を行っている。

「きれいな街に戻すのも、俺ら演出の仕事なんだぞ~?」

「わかってますけど…。もっとこう…変身とか必殺技とか、花形の仕事がしたいです!」

魔法少女の代名詞とも言える変身や、必殺技を支えることは演出家の憧れである。

「だったら早く腕を磨くんだな。腕を」

しかし、近年の技術向上によりそれを行うことは容易でなく、ベテランや能力が高いものが行うのが一般的だ。リチアのような平凡なド新人には機材を触ることすら許されない。
ふう、息を着くと遠くに見覚えのない人影が見える。

「すみませーん!皆様あちらにご移動をお願いしてますー!」

大声で伝えるが、彼女は誘導した方向と逆方向へ行ってしまった。慌てて追いかける。角を曲がると小さな男の子とともに彼女はいた。

「おねえさんは、まほうしょうじょなの?」

「うん、そうよ」

「へ~、アミキティアみたいにかわいくないね」

…たまらず声をかけた。

「あ!スタッフさんですか?この子、迷子になってたので…」

「ご、ご協力ありがとうございます!」

大きなツインテールを携えた彼女はハッとして、ブローチを取り出す。眩い光に包みこまれたかと思うと、その魔法少女の変身は解け、30代くらいの女性の姿に戻っていた。

「私、縁ウヅキ。今はフリーで魔法少女をやっているの」

様々なサポートが必要になった昨今の魔法少女業界で、フリーとは珍しい。もっと詳しく話を聞かせてもらえないだろうか…などと、ついよそ事を考えてしまった。

すると突然、大きな地響きがリチア達を襲った。この音は…

「ザムアイン!」

ウヅキの血相が変わる。先ほどしまったブローチを再び取り出そうとする手を、慌てて止める。時間を空けずに変身することは体に負担が大きすぎる。魔法少女の関係者として、たとえ所属でなくともその負担を見過ごすことはできない。止める手に思わず力がこもる。彼女の大きな瞳がこちらを見る。

「…何するの?」

「さっきまで変身してましたよね?危険です」

「それはあなたの所の子達も同じよね?」

失礼、と断りを入れリチアの手を振り払い、瞬く間に駆けていった。
腰にまいたポシェットの中の携帯電話がかすかに振動する。上司から何件も電話がかかってきていたが、ウヅキとのやりとりに夢中で気が付かなかった。

「おい!どこで何をしてる!」

「魔法少女が単独で戦闘に向かっています!」

「うちのか?」

「いえ、違います」

金剛の魔法少女ではないといえ、戦地の最も近くにいるのは自分だ。なにか指示を仰ごうと緊張感に喉が渇く。

「だったら、今すぐ戻ってこい。こちらが別の魔法少女を手配する」

はい、そうですかと引き下がりたくはない。一方、自分が指示を無視してまで戦地に突撃して何になる。リチアは少し口をつむった後答えた。

「はい、了解しました」

返事をした後通話を切り、自分の足元を見つめる。やはり、自分の中の正義感が自分を許せなかった。

「ウヅキさん!私も行きます!」

リチアは見えない背中に向かって叫んだあと、彼女が戦っている場所にむかって駆け出した。強い地鳴りと舞い上がる砂埃でうまく前に進めない。それでも地面を懸命に蹴る。
耳をつんざくような爆音が近づく。この角を曲がった先の大通りが、戦地だ。

「私にだって…できる!」

自分を奮い立たせた後、大通りに飛び出した。

「ウヅキさん!助けに来ました!」

「さっきの…リチアちゃん!?」

驚いたとはいえ、ウヅキは戦闘中である。お互いに攻撃の手が緩まることはない。魔法少女事務所に勤めているとはいえ、目の前で繰り広げられるそれはリチアが理解できる範疇をはるかに超えていた。すさまじい光景に、なんか映画みたいだな、と思った。

また、ひとつの疑問がつい、口からこぼれる。

「ここまで来たけど…何すればいいの?」

夢中になって戦地のど真ん中まで走ってきたが、自分がいつも任されているのはガレキ処理や雑用ばかり。対怪物に関しては入社前の座学のみだ。自分が戦闘能力になるのはこの場では現実的ではない。

どうしよう、と空を仰ぐと、目の前に大きな岩の塊のようなものが降ってくるのが見えた。あ、ザムアインの拳だと直感で理解した。もう死ぬんだと悟った直後、身体がふわりと宙に浮いた。

「ばか!なにボーっとしてんの!」

天使って意外と口調強いなと思いつつ声のほうに目をやると、声の主はウヅキだった。逃げ遅れた自分を抱えて空高くジャンプし、その攻撃をよけてくれたらしい。頬に触れる風が気持ちいい。

「リチアちゃん、どうしてこんなところに?」

「あの、ウヅキさんの力になりに来ました!」

言ったと同時に二人は着地した。うまく建物の陰に隠れることができたので怪物は二人を見失ったままだ。ウヅキはリチアを腕から降ろすと怪物に照準を合わせながら言った。

「じゃあ、助けてもらっちゃおうかな?」

ちらりと振り返りながら続ける。

「でも、振り落とされないようにね?」

「はい!勉強させてもらいます!」

リチアの返事を聞くとウヅキは怪物に向かって駆け出した。リチアも後ろから必死に追いかける。ウヅキは怪物の頭上を目指すため、深く体を沈めた後、なぜかすくっと立ち上がり仁王立ちの体制に戻ってしまった。

「図書館の中に女の子がいる!リチアちゃん、安全な場所まで誘導して!」

急な指示に思わず心臓が跳ねる。ウヅキは高度な視力で図書館の中をキャッチできているが、自分にはわからない。中にいるらしい女の子を救出するには建物の中に入り、子供を見つけ出し安全を確保しながら導かなければならない。図書館に入るためにはさらに怪物に接近する必要がある。

先ほどの光景がつい蘇ってくる。もしもまた攻撃の標的になれば、今度こそ命を落とすことになるだろう。人間はそう簡単には変わらない。血の気が引いていくのを感じ、足がすくむ。

「何してるの!?早く!」

「す、すみません…脚が…動かなくて」

ウヅキの瞳が揺らぐのが見えた。使えないなと思われただろうか。一瞬何か考えたような顔をした後、ウヅキはまた怪物に立ち向かっていった。

もっとできると思っていた。好きなことにならどれだけでも力を発揮すると、そう確信していたはずなのに。蓋を開けてみれば何もできないどころか迷惑までかけてしまう。リチアは自分の不出来を恥じながら、その場で立ち尽くすことしかできなかった。

ザムアインがぶんと右腕をあげ、リチアの体は強風に煽られる。ウヅキは目の前のザムアインをにらみつけたまま動かない。ザムアインが拳を振り下ろすと、再度強い風が吹きつけ、リチアは腕で顔を覆うようにしながら目を閉じた。

風がやみ、ゆっくり目を開けると変身の解けたウヅキが図書館の壁に打ち付けられぐったりと座り込んでいた。
相手が戦闘不能と判断したザムアインは地面を揺らしながら隣の街へ去っていった。リチアはウヅキを心配して駆け寄るが、かける言葉が見つからない。二人の間に流れた沈黙をウヅキが破る。

「女の子、迎えに行かなくちゃね」

ウヅキはゆっくりと立ち上がり、一人で図書館の中へ入っていった。リチアはその後ろをついていく。女の子を探しながら、リチアはおそるおそる口を開いた。

「あの…すみませんでした」

「ん?なんのこと?」

口調は穏やかだがウヅキは女の子を探したまま、リチアのほうを振り返らなかった。今どんな顔をしているのだろうか、そんなことを考えていたら妙な間が空いてしまった。

「私のせいでウヅキさんが…負けてしまったことです」

ウヅキはうーんと唸った。あのね、とウヅキが話し始めたとき、本棚の陰から小さな子供の足が見えた。ウヅキはその足に向かって声をかけた。

「おーい、一緒に帰ろう!」

二人がのぞき込むと女の子は絵本を眺めていた。夢中になっているようで、二人とは目が合わない。

「えほんよんでるから、あとでね」 

女の子に怯えている様子はなく、少しほっとする。ウヅキは女の子の隣に座り込んで一緒に絵本を読みだしてしまった。リチアが二人に帰るよう説得しようとすると携帯が鳴った。

リチアは携帯電話の画面を確認し、顔をしかめた。会社からだ。電話に出ると、上司がいきなり怒鳴ってきた。内容はもちろんリチアが上長の指示を無視し、外部の戦士と戦闘を開始した挙句、怪物は取り逃がしたことについてだ。その後、新人戦士が急遽戦闘に駆り出されたものの、討伐に時間がかかり各所に甚大なダメージが発生したそうだ。
もし、リチアが勝手な行動をとらず詳細な状況の説明や報告がなされていれば、会社はもっと迅速に動くことができた。しかし、リチアはそれを怠った。
何度も謝った。謝ることしかできなかった。結局、始末書と無期限の自宅謹慎が言い渡され、その電話は切れた。情けなさに涙が出そうで、その場から動けない。
ウヅキに肩を叩かれたが、急いで背を向けてうなずくことしかできなかった。

「あいつに私が負けちゃったのは、リチアちゃんのせいじゃないよ」

ウヅキがリチアの肩をつかみ、身体をぐるっと半回転させ言った。

「もっと強くならなくちゃね」

小さく頷いてから走って図書館を飛び出した。


戦闘後の場所では頭上や足元に気を付ける。魔法少女対怪物戦が日常になった近年での、一般常識である。思わず図書館から飛び出してしまったが、気を付けて歩く。破壊された外壁や地割れにつまずかないように、頭上の看板やオブジェなどの落下に巻き込まれないように…。
そこであることに気が付く。

「街が壊れていない…?」

人々が避難しているため、いつも通りとは言えないが建物や道路に大きな損傷は見られない。戦闘が起きては後片付けばかりしているリチアにとっては信じられない光景だった。


自宅謹慎中も戦闘中継を眺めていた。ザムアインは飽きもせず今日も私たちの街を襲いに来る。エースチームであるアミキティアが瞬く間に現れ、色とりどりの戦士に変身した。先日、アミキティア専用の新しい武器が開発され、彼女たちの戦闘力は格段に上がった。しかし、強い皮膚をもったザムアインは簡単にその刃を通さない。力も強く苦戦しているようだ。

「すごいなぁ…」

思わずこぼれる。しかしそれはアミキティアに向けられたものではない。後ろで奔走している同僚に向けてのものだった。一組の戦士たちが戦闘を開始し、勝利に導くため、その後ろに何人もの人員を要する。いち視聴者だった頃は気が付かなかった。

今でも魔法少女が好きだ。しかし、手放しで楽しもうとしても、つい勉強しよう技術を盗まなければと観賞ではなく観察を始めてしまう。
私は魔法少女が好き。そのはずなのに…。もっと、画面をぼんやり眺めてみよう。溜まっていた家事でもしながら見ようかと立ち上がろうとすると、画面からサイレンの音が聞こえてきた。

それは、金剛の市民課が鳴らした魔法少女たちの戦闘能力が低下したことを知らせるサイレンだった。つまり彼女たちは負けているということだ。
魔法少女たちの戦闘能力が低下しているということは、被害範囲の拡大の危険がある。そのため、安全確保や戦闘力要請の合図として鳴らされる。
りチアはいてもたってもいられず、部屋着のまま自室を飛び出した。


その頃、ウヅキはセンチの近くにあるビルの屋上にいた。フェンスに軽く肘を置き、足元の地獄を見つめていた。リチアが扉を音を立てながら開け、屋上に駆け込む。

「ウヅキさん!」

リチアに気づいたウヅキは、一瞬驚いた顔をした後、微笑みかける。リチアの顔は息切れのせいか険しい。膝に手を置き、目線を足元の光景にやる。

「ウヅキさん、行かないんですか」

静かに首を振ると、目線はまた足元に戻ってしまった。

「行かないんじゃなくて、行けないの」

強い風が吹く。激しくなびいた髪に隠れ、顔はよく見えない。静かに発されたその声は今にもかき消されてしまいそうだった。すう、と息を吸い込んだ後、また話し出す。

「もう、用無しなのよ。一人で魔法少女やるなんて無理があった。日に日にザムアインは強くなってる。それに負けないようにいろんな人が協力して立ち向かってる。なのに、誰のサポートも受けずに戦おうなんて、やっぱり無理だって分からされたの。」

もう、歳だからと冗談ぽく言いながら笑ってみせたが、それがリチアにはとてつもなく悲しい笑顔に見えた。足元の強い光や轟音が、まるで花火のようだ。

「それにね?悔しいけど、魔法少女になれるのもこの間で最後だったみたい」

ウヅキは胸元のブローチを、太陽にかざしながら続けた。

「私の変身ブローチ、綺麗だよねえ。形は少しずつ違うけど、魔法少女はみんな変身アイテムを持ってる。さて、新人社員君?この仕組み、知ってる?」

変身アイテムを使って変身するのは知っているが、改めて仕組みと言われると難しい。

「このアイテムはね、変換機なの。応援してくれている人たちのパワーをこのアイテムで自分のパワーに変換して、変身したり戦ったりする。魔法少女たちが人気を奪い合ってるのはそのためよ」

ウヅキがブローチを下からぽーんと投げると、光を反射してきらりと光り、手元に収まった。

「このアイテムが開発されたときはすごく感動した。変身ってすっごくエネルギーがいるじゃない?でも、応援の力さえあれば私たちは変身できるって。
だけど、素敵な後輩たちが増えていくにつれて、私たちのことなんて忘れられていっちゃってね。力がだんだん減ってきて、あれが最後になっちゃったみたい」

「私たち?」

「そうよ、私、最初からひとりで戦ってたわけじゃないの。クライノートってグループで戦ってたのよ」

「ウヅキさん…クライノートだったんですか!?」

あら、知ってる?と驚いてみせるウヅキの手をリチアが強くつかむ。そして、きちんと届くように願いながら、目を見て伝えた。

「ウヅキさん、魔法少女を辞めないで!」

カっと体温が上がる。心臓は高鳴り、肌が上気するのを止められない。空回りしそうな自分の言葉を、深呼吸で整えた。

「あなたは、強くて優しい魔法少女です。あの戦闘が終わった後、気づいたんです。まったく汚れていないあの街のこと。あれは、そこに住む人たちや現場復旧に割かれるスタッフを思ってですよね。とどめになったあの攻撃、あれは私やあの女の子をかばったんですね?」

ウヅキはきゅっと口角を上げたあと、髪を耳にかけ、リチアのことを見る。

「かつてクライノートだった人間が、あんな無様なところを見せて申し訳なかったわ。
知ってる?かつてクライノートだったメンバーはね、それぞれ夢を見つけたり大切な人と出会ったりしてみーんな戦いの場から退いたの。残ったのは私だけ。それからずっと一人で戦ってきた。でも、それももう終わりなの」

沈黙が二人を貫いた。リチアの携帯電話がその沈黙を破る。

「は、はい!桃井です!」

「桃井、お前今どこにいる」

声の主は上司だ。ここで、勝手に外出してビルの屋上にいますと言ってやるほど正直者ではない。

「えっと、自宅です!」

「へえ、ずいぶんと風通しの良い家に住んでるんだなあ」

…大企業のトップクラスともなると鋭い洞察力を持っている。
うまい言い訳も見つけられず、黙ってしまった。

「…では、自宅なので失礼します!」

えい!と通話を切る。上司はどんな顔をしているだろうか。
そんなことを思い悩むよりも、今は大切なことがある。

「私が辞めてほしくないと思ったのは、あなたがクライノートだからじゃない。その、驚きましたけど…」

握った拳が小刻みに震える。汗がにじんでくるのがわかる。でも、伝えたい。

「私があなたを支えます。今度こそ、絶対に…!」

すると、ウヅキのブローチがきらきらと輝きだした。驚きで大きく開いたウヅキの瞳までその光を反射して輝いて見える。

「ウヅキさん、戦いましょう!一緒に!」

ウヅキは唾をごくりと飲み込み、大きく頷く。

「ええ、ついてきて!」

ブローチを空にかざすと大きな光に包まれ、ゆっくり目を開けると変身したウヅキが現れた。いくよ、と声をかけるとリチアの手をつかみ柵からジャンプした。二人の身体がビルの屋上から地上へ急降下する。
二秒後、ふわりと着地し目をそっと開くとウヅキの背中から大きな翼が生えていた。

「か、かっこいい!」

リチアの中の魔法少女を愛する心が暴れ回る。しかし夢中になる暇もなく、金剛の車が2人を囲む。車からスーツの男たちがぞろぞろと降りてくる。

「桃井!いい加減身分勝手な行動は慎め!」

怪物討伐のためとはいえ、二人の行動は金剛グループの管理下外である。ましてやリチアは謹慎中の身。上層部からマークされていても致し方なかった。
リチアはおそるおそる口を開く。

「お言葉ですが、この戦況を覆すことができるのは、彼女だけではないでしょうか…」

「俺らは俺らで、新人たちを出動させてなんとかしようとしているところだ」

「ですが、効果があるとは思えません!彼女たちのことをなんだと思っているんですか!」

話を聞かない問題児だと認識されたのか、次は諭すように語り掛けられた。

「あのな、世の中にはルールってもんがあるんだ。そこからはみ出ようとする奴を俺らは許すわけにいかないんだ。わかるな?
それと横の戦士、その姿見て思い出したよ。元クライノートだよな?昔は頑張ってくれてたみたいだが、今はこの通り代替わりしちまってんだ。あんたに今更何ができる?」

そんなことありません!そう言ったつもりだったが、抗議の言葉より先に手が出てしまった。にぶい音に気が付いたころにはウヅキを詰った男は頬をおさえながら倒れ、自身の握りこんだ拳が少ししびれていた。

とんでもないことをしてしまったのではないかと思考が止まる。カッとなったとはいえ、人をぶつのはよくない。戸惑っていると、隣からウヅキの楽しそうな笑い声が聞こえる。

「リチアちゃん、やっぱり面白いねえ!」

リチアを抱えウヅキは空へ飛び立ち、地上の大人たちにウインクを決めた。2人は戦地へ飛び立つ。

「さてと…。でっかい口に、ごつごつの皮膚、ぶっといしっぽ…。まさに怪獣ね。」

ベテランのウヅキとはいえ、あの大きさのザムアインを一人で相手しようと思うとかなり骨が折れる。しかも、現場はすでに混乱を極めていて、自分の戦闘による被害は限りなくゼロに抑えようと考えているだろう。

「ウヅキさん、しっぽを狙ってください」

「その心は?」

「あいつ、尻尾を振り回し続けてます。でも、攻撃や破壊が目的じゃなさそうなんです。ほら、ほとんど当たってない。意外と手足で着実に破壊行為をしてる。まるで、しっぽは誰にも触らせないぞって言ってるみたい。だから、あいつの弱点はしっぽなんじゃないかって思ったんです。」

続けて思いついた作戦を説明してみる。

「私をおとりにしてください!私があいつの気をそらします。攻撃対象に狙いを定める間しっぽに隙ができる。その間にウヅキさんが後ろに回り込んでしっぽを狙えばきっと勝てます!」

ウヅキは、うんうん、と感心したように話を聞いている。憧れの存在に肯定してもらえたことがなんだか誇らしかった。

「却下。そんな作戦じゃあなたが危険すぎる」

ウヅキの言う通り、この作戦はリチア自身の安全を無視しないと成り立たない。もし、ウヅキがザムアインを倒すことができなかったら、リチアは一瞬で死ぬ。それにもかかわらず、リチアだけがこの作戦に勝機を見出していた。

「大丈夫です。私にはあなたがついてます。それに、あなたにも私がついてます!」

たしかに、作戦もなくザムアインのテリトリーに入り込んで急所を狙うのはかなり困難だ。あれやこれやと作戦会議する時間もない。ぐっと目を閉じてから、ウヅキは決心をした。

「わかった。その作戦乗るわ。その代わり、これを」

リチアに手のひらくらいの大きさの銃を手渡す。

「これ、見たことあるかしら?クライノートが昔使ってた武器なんだけど…。今回は特別。ピンチになったらこれを使って。死ぬ前によ?」

銃を見つめながら、小さく震えているのが伝わってきた。いくら力になると言っても、いざ戦闘能力になるとすると恐怖心が湧くのは仕方ない。

「リチアちゃん…」

「か、感動です!これ、プリアリストガンですよね!まままさか私がこれを持つ日がくるなんて…!」

「リチアちゃん落ち着いて!もう、大丈夫かしら…」

「はい!任せてください!」

興奮気味のリチアを連れ遊園地へ向かう。普段は人がにぎわう遊園地だが、今はまるで時が止まったようだった。
そんな遊園地の観覧車の頂上、ゴンドラの中ではなく鉄筋の上でリチアはスタンバイすることになった。

「私が絶対に守るから」

 そう伝えたあとウヅキはザムアインの背後へ飛び立ち、すぐに背中は見えなくなった。
ザムアインの動きに合わせ風が吹き、身体が煽られる。うめき声で内臓が震える。まるでザムアインに身体ごと支配されているようだ、と意識しだすと一気に恐怖心が吹き出す。

「だ、だめ!こんなんじゃだめ!しっかりしろ私!」

 自分を鼓舞しながらザムアインの気をこちらに向けようとする。しかし、大きく手を振ってみたり、大声を出したりしてもこちらに気が付かないようだ。

 ウヅキは今何をしているだろうか、恐怖と焦りが入り交じる。
プリアリストガンの銃口を空に向け、引き金を引く。爆音と眩い光線がリチアの手元から発せられた。ゆっくりと、ザムアインがこちらに振り向いた。


「あの子…無茶して!」

ザムアインの破壊行動は一瞬止まり、次はリチアを攻撃対象に決めたようだ。
ザムアインは空も震えるほどの咆哮をあげた後、リチアのいる観覧車目掛けて猛スピードで走り出した。ウヅキはすぐに追いかける。このまま追い付けなければ観覧車にたどり着いてしまう。

「その子に…触るな!」

 ウヅキは両手で必死にザムアインのしっぽを捕えると、そのまま強く引っ張った。同時にリチアのプリアリストガンが額を貫く。ぶちぶちぶちと肉が切り裂かれる鈍い音と銃声が混ざる。ザムアインは悲鳴のように強く鳴いたあとずしんと倒れた。
2人は勝利したのだ。


 2人の健闘はまるで夢だったかのように、通常通りザムアイン処理は執り行われた。リチアも地上に戻り作業を開始しようとすると、いつもの上長が声をかけてきた。

「桃井、もういいぞ。
本日付けで、お前の退職が決まった。…お上が決めたことだ。分かってくれ」

崩れ落ちそうなリチアの肩をウヅキが抱いた。

「それはちょうど良かった。この逸材、私が頂くわ!ねえ、リチアちゃん、これからは私と戦ってくれるかしら?」

おわり

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