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自分探しのきっかけは占いだった話

なんとなく、自分が自分じゃない気がすると思ったのはいつからだったか

社会人になってからに違いないと思う

まず、入社する会社を失敗した。
後から間違いなく失敗だったと思うけれど、就職活動で、自己アピールで書くものが全く思い浮かばず、絶対にネームバリューのあるような会社には入れないと思っていた。でも、自己分析したら「経営者になりたい」と出てきたので、それを念頭に置いた。

入社した会社は、経営者を育てます!と大々的に謳っていた。業界研究は、したつもりだけど、もう心が惹かれているからいい部分しか調べなかった(見えていなかった)と思う、全くやったことのない業界だったけれどまぁ大丈夫だろうと思っていた。

3年経ったとき、「もうやめたい」と心底思う瞬間があった。「新卒は3年でやめる」というのが「やめた新卒が甘い」みたいな捉え方をしていて、そうはなりたくないと思ったのでやめなかった。

5年経ったとき、めっちゃ過酷な状況だったけれど、なんかがんばってしまった。辛いのも見ないようにして、辛くてももう離れられないとどこかで思っていて、最悪な人間関係と過酷な労働条件の中、なんとか生き抜いた。

もう少し経ったとき、もうなんか何がなんだかわからなくなった。
好きな服を買ったはずなのに着たくなかったり、普通の人はこうだからこうするみたいな考え方しかできなくなっていて、それが元凶なんだけど自覚はなくて、でもなんか苦しい。

そんな感じのときに占いに出会って、「今わけわからないね」って言われて泣いた。わけわからないことすらわかっていないのを自覚した瞬間だった。

今から考えたら、3年目にやめればよかったし、5年目だって逃げ出せば良かった。でもやらなかった。できなかった。それは、「実家に帰る選択肢が全くなかったから。」「実家が安心できる場所じゃなかったから」。

私の母はいわゆるアダルトチルドレンだったのだと思う。
家事をしてくれないとか、そういうことはなかったけれど、お母さんかわいそうと思っていた。甘えないようにしていた。妹と遊んでいるのを見て「私遊んでもらったことないのに」とショックを受けた。学生時代一人暮らしをしたけれど、向こうから電話がかかってきたことがない。学生のうちに「これがアイデンティティの喪失か…」と思ったこともあった。

母の呪い。最終的にそこにたどり着いて、幼少期の気持ちによしよしして、いっぱい解放した。母の前で泣いてみたし、自分の為の時間を取って、ゆったりした。がんばろうとする子供から少しずつ卒業していった数年間。

私は小さい頃から私のようで私ではなかったのかもしれない。それに気がついて、取り戻してきた社会人生活だった。

がんばるのをやめていったら、結婚した。
ほんとは辞めたい仕事を、辞めたいって言えなくてなぜか頑張ってしまった(どうしても頑張るクセが抜けない)数年を経て、辞めることを決め、子供授かって辞めた。

苦しいって、そう思っちゃいけない気がしたりするから厄介な感情なのかもしれない。社会的通念と思われる変な常識が邪魔することがある。苦しいって思って大丈夫なのだ。そしてこれが苦しい気持ちなのだと自覚していない場合もあるからこれまた色々ある。


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