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わからないこと

いま新社会人として会社で研修を受けている。研修、とひとくちに言っても様々な形のものがあると思う。業務に必要な技術を身につけるための課題であったり、会社のことを幅広くかつ深く知っていくための勉強であったり、社会人としての基本的な動き方を身につけるためのOJTだったり。

私はこの春大学を卒業して小さな会社に入社した。同期はひとりだけ、研修担当も総務部4名のうち人事を担当しているひとり。研修担当は転職して今の会社に入ってから何年も新人研修を担当しているそうだけど、ひとりの裁量に任せられている部分が大きいらしい。その上このご時世で本来の計画がどしゃどしゃと崩れ、研修担当とその上司が突発的に考えたオリジナリティ溢れる研修が行なわれている。だから、いま同じく新入社員として研修を受けている友だちがどんなことをしているのか、ひいては会社での研修が一般的にどういうものなのかよくわからない。

研修担当は素敵な人だし、優秀な社会人だ。入社前から、いやいや内定を承諾する前から親切に丁寧に向き合ってくださったし、任されている業務量がとても多いことは少し一緒にいただけでもわかる。そんな研修担当は4/1のオリエンテーションでこう言っていた。

「私の研修は厳しいと言われることが多いです。それは、この会社よりもっと厳しいところでもやっていけるように、という目標で私が研修をしているからです」

既に述べたように私の入社したのは小さな会社だ。基本的にみんな優しく仲良しな、いわゆるアットホームな職場である。就職活動のときからそれを感じられらこともこの会社に入りたいと思ったきっかけのひとつだ。でも、だからこそ、研修担当の掲げる目的や、それを初日にきちんと教えてくれることはとても素晴らしいことだと感じ、研修を頑張ろう!と私は素直に気合を入れた。

それから半月。日曜日の午後。私は初めて明日会社に行きたくないなあと思っている。正確に言えば、研修を受けたくないなあ、である。それは金曜日に起きた出来事のせい。実はここから本題です。文章を書くといつも長くなってしまう。

金曜日の朝、研修担当と新入社員ふたりで会議室に入り、その日の研修についての説明を受けた。総務部の机でちゃちゃっと済ましてしまうこともあるが、電話が鳴ったりなんだりすることもあり別室でこのように集まるのは珍しいことではない。私たちには元々の研修のプランが崩れて急遽与えられた課題などがあり、それをどう進めていく予定なのか、与えられた条件の不十分さにしどろもどろ答えては「それだとこれはどうかな?」「ここのことはきちんと考えたかな?」「それよりもここをやってほしいな?」「昨日の報告は十分だったかな?」とまあ研修らしく色々なことを言われて凹みつつ、今日も一日頑張ろう、となるはずだった。

「さてここからは少し楽しくない話なんだけど」

そう切り出されたのは服装の話だった。

私の入社した会社は服装自由で、もちろん業務内容によって変動はするだろうけれど、社内ではTシャツにデニムにスニーカーという人も珍しくない。アパレル関係の仕事であることもあり、ただカジュアルなだけでなく自分なりのおしゃれを楽しんでいる人も多いと感じる。少しだけ話をする機会があった昨年入社の先輩も、1年目からTシャツで出勤してたという話をしていたり、実際に社内で見かけたときにスウェットとシャカパンというスタイルだったりした。服装自由、これは私がこの会社に入社を決めた大きな理由だ。

4/1はリクルートスーツを着て出社した。そのようにあらかじめ言われていたからだ。2日目からはもうスーツは着ないから、会社用に買ったりしなくて大丈夫、とも言われていた。4/1のオリエンテーションの終わり際、研修担当は言った。

「明日からは私服で大丈夫!私も今日は一応革靴とか履いているけど、普段はパーカーにデニムにスニーカーだったりするから!」

土日におしゃれしてお出かけというのもままならない状況で、まあそもそも出社してるのがどうなんだという意見を一回棚上げすれば、出社時に好きな服が着られるというのはとても嬉しいことだった。

とはいえ次の日からパーカーにデニム、というのも難しいところで、研修担当も「周りを見つつだんだんカジュアルダウンしていけばいいよ」と言っていたのではじめはシャツやパンプスを合わせたりしながら私服通勤を楽しんでいた。雨のひどい日にはスウェットにスニーカーで楽にしたり、研修担当の綺麗なネイルに憧れてテンションをあげるべくマニュキアを塗ったりした。

ここで既に、「いやいや…」と思った人はこの先は読まないでください。「いやいやどんなにそう言われても最初はオフィスカジュアルでしょ」と思った人は、私より優等生ではあるけれど、黙っててください。だってそんなの、わかりますか?私にはわかりませんでした。

ということで、金曜日の朝言われたのは、自分たちの服装についてちょっと考えてみようねということだった。

「スニーカー禁止とまでは言わないけれど例えばデニムパンツはオフィスでの業務に合った服装かな?私はある程度実績があって仕事をしているから爪をギラギラにしたりしているけど、君たちの立場ではどうかな?」

デニムは楽だし業務上なんら問題はないと思った。周りの人たちも着ていた。服装は自由なんじゃないのか。そう初日に言っていなかったか。服装自由の職場で爪を塗るのに実績が必要なのか。なにもわからない。

「これはファッションセンスがどうといかいうことじゃないし、もちろん服装でなにかが判断されるわけでもないけど、わざわざハードルを高くしなくていいんじゃないかな、って言いたいだけだよ。はじめて会う人や社外の人がどう思うかを考えようっていう話で」

いろんなところに行けるはずだった研修の予定は崩れてずっと総務部にいるだけのオフィスワークだから、私服でいいって言われたから、私服を着てきているんだけどな。社外の人に会うなんてそんな機会一度もなかったし、これからの予定だって教えてもらえていないままなのにな。わからない。

「社内だって、君たちの耳に入るところでは当然されないだろうけど、今年の新入社員は随分……って言われてしまうかもしれないんだよ」

あまりにも意味が分からなくなってしまって、昼休みに去年入社した先輩社員に連絡したら「それ毎年あるひっかけなんだよ」とさらりと言われた。「うちの会社は全然私服で大丈夫なんだけど、もっと厳しいところに行っても大丈夫なようにっていうのがあるから、研修の間はオフィスカジュアルなんだよ」ああ、私服でお越し下さいと言っておいてスーツじゃないといけないやつだなあ。ああ、一貫した研修の目的、素晴らしい。厳しい研修には意味があるんだなあ、と思った。一瞬。

え?でも違くない?じゃあ初日に研修の間はオフィスカジュアルで、と言えばいいのに。なんでわざわざ試すようなことをするんだろう。わからない。私服と言われても周りが私服でも一個上が私服でもビビってカジュアルダウンし損ねてひっかけにひっかからないのが正解なのか、カジュアルを着てきた新入社員を立ち止まらせて考えさせるのが目的なのか、なんなのか。わからない。

社内の人に今年の新入社員は……と、もしも、本当に言われていたとしたらそれは研修担当のせいなんじゃないのか?だって私たちは言われた通りにしたんだもの。考えないで従ったわけじゃない。同期とも相談したし、周りの様子も見たし、どんな人に会うか会わないかとかも考えた上で、指示された通りにしたんだよ。

まず、立場によって着られる服が限られることに納得がいかない。だってそれ、中1は黒いリュックしかダメでキーホルダーも1個までしかダメで、中3にならないとスクバ使えないっていう荒れてた近隣の中学と同じことじゃん。暗黙の了解で、破るとイキってると思われて殴られるからダメなんでしょ。そりゃ服装の常識が異なる別の会社や取引先と会うときには、まだ信用されていない新人だからこそ気をつけるべきことってあると思う。でも、服装自由の社内で「研修中だから」という理由で私服を着るのを遠慮しなきゃいけなかったんだろうか。マニュキア塗るなんてもってのほかだったのだろうか。その暗黙の了解に辿り着くべきだったんだろうか。

あとそもそも私はオフィスカジュアルっていうのが全然わからない。そういう服装は好みじゃないし似合わないしっていうのもあるけど、ここまではオッケーこれはNGっていう基準が曖昧すぎるから。スーツやスーツに近いカチッとした服装、襟付きのシャツやジャケット、革靴などで誠意を見せるとか仕事感を出すとかいうのはわかる。でも薄ピンクはよくてビビッドな赤はダメとか、フレアスカートはいいけどデニムパンツはダメとか、スニーカーはありだとか襟はなくてもいいとか女性ならわりとカジュアルでもどうだこうだとかわかんない。意味わかんない。だからオフィスカジュアルの職を避けたら就職できる業界はすごく狭まったけど後悔していない。大切なことだから。(研修中でさえも1日たりともオフィスカジュアルが着たくないってことじゃない。実際学生時代はオフィスカジュアルの学習塾で働いていたし。初日にそう言われれば素直にそうしたと思う)

それからなにより空気を読んで服を着ようね、という圧力が最悪ってこと。人は見た目が何パーセントなのか知らないけど当然大事で、服装っていうのは自分で選ぶことのできる「見た目」だ。アイデンティティにも関わってくる。だからこそ、服装の規定をするならきちんと定めて提示するべきだと思うし、規定をしないで曖昧な圧力で萎縮させて、うっかり萎縮しなかった人の見た目を笑うのは、本当に無礼だと思う。別に笑われたわけじゃないけど、私は笑われたとしても笑った奴が悪いと思うから「そんな服着てたら笑われちゃうよ」で私の着たい服を制限できるなんて思ったら大間違いだ。

とはいえ金曜日の朝の曖昧な物言いは「研修中はオフィスカジュアルで」という業務命令だと受け取ったので、マニュキアも落としたし、デニムは着ない。月曜日はシルエットの素敵なグレーのシャツワンピースを着ようと思う。私は指示に従うだけだ。別に圧力に屈したわけではないし空気なんて読めないし、研修が終わったら配属先の上司に服装のことを聞いて、その指示に従うつもりだ。勝手に空気を読まないで、業務ごとに、会う人ごとにどうしたらいいかきちんと聞くつもりだ。そういう風に研修で教わったから。自分で考えた上で、絶対勝手に動くんじゃない!って。1年目は何もわからなくて当たり前なんだからって。

まあ実のところ、休業になってたりGWだったりで、来週からあんまり出社しないんだけどね。そろそろおうちで可愛い服着る日を設けて楽しもうかな。研修担当にもいつかちゃんと、この疑問をぶつけられたらいいな。わからないことはちゃんと聞くのが、新入社員の基本なので!

モヤモヤを吐き出してちょっとだけすっきりして、明日はちゃんと会社に行けそう。もしここまで読んでくれた人がいたら、本当にありがとう。あなたも今日はいい夢見てね。おわり。

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