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風の記憶

あの時、芽吹いた拙い若葉をそっと、そっと育てながら7年たった
今、新たな転機を迎えた新月の夜に思いを寄せて。過去に書いたFBノートを転載しています。生まれた歌たちに付随する物語。

2018年2月17日(土)記(写真:ふるさとに咲く ニリンソウ )

 ※

亡くなる3日前のことだった
往診に来てくれた医師からは
もって後一週間でしょうと告げられて
すでに数日過ぎていた

薄れる意識の中にあった母
ほとんど眠り続けるようになって
幻覚なのか夢なのか
現実ではない世界に包まれているように見えた

元気がとりえのような母だった
そこに寝ているのは
もう母ではないような気さえした

「お母さん
もうすぐお別れだよ
分かるよね!」

一瞬、意識を取り戻した母に呼びかけた


母は頷いた
最期の意思疎通になるかもしれないことを、私は心のどこかで認識していた
母を看取る覚悟を決めた私に
神様が与えてくれた直感だった


「お母さん・・・
怖くないよ
先に行って待っててね

大丈夫
私も後から行くから」

私の言葉に大きく頷いた母の腕が
かすかに動くのを感じた
それは
私を抱きしめようとしたのだと察知した私は
覆いかぶさるように母を抱いた
母は私のうなじに最期の力で腕を回した

「お母さん
ありがとね・・・」
抱き合いながら母の耳元にささやくと
母の腕に一層の力がこもるのがわかった
声にならない母の言葉を
全身で感じた

「ちぃちゃん
ありがとう・・・」

声は発せずとも、確かにそう聴こえた


母と最期に繋がった時間が
今になって輝いている

愛し、愛された二人の時間


それは、この世に生れ落ちた私を
母が最初に抱いた
その瞬間にも似ている気がする

出産も
看取りも
命を抱きしめることに
他ならない

理由のない
愛の衝動に包まれて・・


死に水をとる、そんな言葉も作法も知らなかったけれど
乾いていく母の口元を、ガーゼで湿らせて
母が好きだった童謡をいくつも歌い掛けて
3日後
私の腕の中で母は旅立った

誰かに聴かせる為ではなく
私のままで
私の歌を
拙く歌った『風の記憶』2011/05/23公開


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