1.「イースター・シアター」ができるまで

凍てつくように寒い日曜の午後、僕は自宅の庭の納屋にいます。いったい庭の納屋で何をしているかって?ほら、言うでしょ。すべてのイングリッシュマンにとって、納屋は城のようなものだと。つまり、僕がいるのは僕のささやかな城、ということなんだ。
ともあれ、「イースター・シアター」の話をするにあたって、1986年まで時代を遡ることにしよう。「スカイラーキング」の製作中だった僕らは、サンフランシスコでのレコーディングをおこなっていた。僕らが缶詰めにされていたのは、廃虚となって荒れ果てていた工場で、かつてチューブスがステージ小道具やアンプといった機材の収納庫として使っていた場所。トッド・ラングレンがマイクや機材のセッティングをする間も、僕の頭の中を、繰り返し、あるメロディが鳴っていた。もう何カ月も前から鳴り続けていて、誰にも言ってなかったんだけど、気になって気になって、どうにも気持ちが落ち着かない。そこでコリンを呼び、「今からあるメロディを弾くよ。ずっと気になっていたんだが、僕にはどうにもできないんだ」と告げたんだ。コリンに聴かせることで、僕は何を期待していたのか?彼のびっくりした顔、もしくは無表情な反応から、何か曲のきっかけがつかめるのでは?と思っていたのか…僕自身、わからない。ともかく、コリンを座らせると、今持っているこのギターよりは、もうちょっとましなプロ用ギターを弾き始めた。
ちなみにこれは娘の学校用のギターだよ。でもこれで書いた曲が一番多いかもしれない。なんとルーマニア製。ルーマニアっていうのは、すぐれたロックンロール・ギターの宝庫なのかね。ともあれ、コリンを座らせ、「トッドがマイクをセッティングしてる間、ちょっと聴いてみてよ。頭から追い払うことができないんだ」とギターを弾きながら、そのメロディを歌ってみせたんだ。

♪♪♪コリンの反応は予想した通り。
「いいじゃないか。いいメロディだね」「それだけ?」「うん。それ以上は何も思い浮かばない」そんなわけで、僕の頭のどこかにしまわれ、数力月は、ことあるごとに頭の中をかけめぐってたものの、いつのまにか、無意識の中に迷いこんでしまったか、休暇をとってしまったのか、そのメロディのことは、すっかり忘れてしまってたんだ。

さあ、ここで一気に時代を1994年まで早送り。場所は納屋。今、まさに僕がいるこの納屋にこもって、ちっぽけなギターを弾いていた。スウインドンが誇るケンプスターズ楽器店で手に入れた一部のギター、というのは嘘で、一番安かったギターだったというのが真相。ケンプスターズの宣伝をしちゃったなぁ。今度、店にいったら、ジェフという男に「僕から言われてきた。今度まける」と言っておいてよ。20年近く、あそこで買ってるけど、一度もまけてくれたことがないんだから。

ま、それはいいとして。ギターを弾き始めた僕は、すごく気持ちのいい、アーシーなコードをたまたま発見したんだ。低い方の弦3本、EとDbとEbの弦だけを使ったコード。♪♪♪「なんだか素朴でいいな。土の香りがするっていうか」などと思いながら、こんな風にリズムを口でとり始めた。♪♪♪うぐ、うぐ、うぐ・・・類人猿が呻いているみたいに。そして、ギターを手にするといつもそうするように、指を動かし、行先を探し始めた。すると突然。F、Db、Ebというコードにぶつかったんだ。♪♪♪キーが上がった。アーシーだ。♪♪♪さらに指を動かしながら♪♪♪僕は興蜜しているのが自分でもわかった。すごいぞ。やかで、大地のようで、のっしのっしと進むような、しかもどんどん上に昇っていく、突き上げるようなこの感じ。まるで何かが、地面を下から押し上げているみたいだ。頭の中に様々なイメージが沸いてくる。♪♪♪興奮の度合いは高まっていき、息遣いはどんどん荒くなってー♪♪♪ハア、ハア、ハアー類人猿の息遣いになってきた。♪♪♪メロディも生まれてくる。♪♪♪すごいぞ。大地を押し上げて、花々が頭をもたげようとしている様とか、どんどんイメージが浮かんでくる。そして、一番高いキーまで到達。Bbか?
いや、Db?違う、Gbだ。BbからGb、Ab♪♪♪
…それから?♪♪♪そのあとはどこへ行けばいい?指を大きく開いてGのコードを押さえるがもうギリギリだ。この後はどうする?とその時。1986年から、休暇をとっていたあの小さなベアリング球が、コロコロと転がるように僕の頭の中に戻ってきて、すぽっと満にはまったんだ。♪♪♪うううう。そうだ!思い出したぞ!たしかこうだったはず。♪♪♪やったあ!心地よい、アーシーなコードはどんどん、どんどんとキーを上げていき、♪♪♪まだ上がるぞ、♪♪♪まだまだ上がるぞ、♪♪♪そしてあのベアリング球と見事合体
♪♪♪。おおお、なんという美しさ!
歌詞の主なアイディアは、音からイメージされる絵から生まれた。この場合、音から連想されるのは主、そして土を下から押し上げている何か、または花。そうなると、考えられるのはモグラぐらいなものだけど、モグラはすでにデュークス時代、「Mole fror the Ministry」で使用済みなんで。そこで花。よし、花を切り口にしよう。というわけで新たな生命、ということを考えたんだけど、それも僕にとって目新しいことではないんだ。初めて新たな生命、ということを突き詰めたのは「season cycle」のときだったかな。僕は生命の齲食、というアイディアに心惹かれるところがあるようなんだ。
つまり、ひとつの生命が朽ちるとき、新たな生命はそこから生まれる。このごろ、茶色の服ばかり着ているんだけど、最近読んだ本によれば、茶という色は死と齲食への憧れを表す色らしい。僕の茶色へのこだわりも、何かそれに関係があるのかもね。ブラウンが新たなブランドだとも言うし。なんてね。
地面を押し上げる花とか、そういったことを歌詞にしながら、結局はイースター(復活祭)が意味するところを印象主義的に描こうとしてたんだと思う。子供心に、イースターというのはわけがわからなかった。
なぜ1年のうちでもあれほど気持ちの悪い時期なのか、なぜ両手に釘を打たれ、苦悩している男のアイコンなのか?なぜだ?大地から次々と新芽が顔を出す生殖と再生の時期。齲食の終わり、新しいサイクルの始まり。
そんな喜ばしく思える時期に、なぜこの死にゆく、顔を苦悩で歪ませた人間のシンボルなのか?子供の僕には理解できなかったんだ。ちょうど、バーバラ・G・ウォーカーの 「The Women's Encyclopedia of Myths and Secrets」という本を読んでいて、頭の中がイースターでいっぱいだった。イースターは、本来、新しい生命を司るゲルマンの女神のことで、彼女のシンボルが卵と野うさぎだったことから、イースターバニーは生まれたんだ。そんなわけで、頭の中はイースターだらけ、それ一色だったんだろう。そういう言葉ばかりが、どんどん溢れ出てきたんだ。ちょっと例を挙げようか。え~っと。今、ポケットの中のピックの王国を探しまわっているところ(ガチャガチャ)。どこにいっちゃったんだ? いくら待っても来ないバスと一緒で、死ぬほど待ちくたびれ、ようやく2つのピックがみつかるだけ。たぶん玄関の扉を開くたびに、ポケットから飛び出ていってしまって、今ごろ、僕の玄関先には何百というピックが舞ってるんじゃないかな。それはともかく。歌詞はすべてイースターに関連する、僕にとってイースターが意味するもののイメージの寄せ集めなんだ。
♪太陽の金色に包まれた
▶乳首の茶色をしたチョコレート
本来の歌詞は乳首の茶色をしたチョコレートなんだけど、レコーディング中はなぜだか、chocolate nick 'o' brown(Nick Old Brown = Old
Nickは悪魔のこと)と歌ってた。ウィンクしあいながらね。
♪ 太陽の金色に包まれた
♪乳首の茶色をしたチョコレート
♪ 君の腕からこぼれ落ち
♪まるで地面のように膨らんだ君の胸
♪ 大地が眠りから目覚め
♪野うさぎは蹴ったり跳ねたり
♪花々はすっくと立ち
♪ 彼女の虹色の口の
♪ 濡れたキスからこぼれる微笑み
そしてサビへ突入。僕が特に興味を惹かれたのは、イースターが本来、新たな生命をこの世にもたらす女性のことである、という点なんだ。そこで、よし、この彼女を主役にしよう。彼女に卵やチョコレートの衣装を着せ、野うさぎ達をびょんびょんと飛びねさせ、舞台にあげ、みんなで彼女を称えよう。そう思ったんだ。つまりが「イースター・シアター」なんだ。イースターの卵を包む金色の紙とか、イースターにまつわるいろいろなものは…まあ、話すと長くなっちゃうんで、先へいこう。
♪ステージ左
♪イースター登場 彼女は卵黄の黄色をまとっている
♪ ステージ右
♪息子は死に父親が生まれることができる
果たして、どちらが先か?とずいぶんとこの箇所は悩んだ。息子か死んだから父親が生まれるのか。たぶん、そうだよね。いや、逆かな。でも子供はすべての人間の父であるわけじゃないか。語呂的には、父親が死に、息子が生まれる、という方が自然なんだけど、なんか違うように思えたんだ。それで、これでいい、これだって意味は通るんだから、と思ったのさ。「息子は死に父親が生まれる」。ここにはちょっとした秘密が隠されているんだけど、大きな声では言えないから、ひそひそひそ…そんなわけで、やってて楽しい作業だったよ。こうして話しているだけでも、チョコレートに対する熱い思いがこみあげてくる。何なんだ、これは!僕はチョコレート、卵に心奪われて、うさぎをいけにえにしようというのか!
アレンジに関しても簡単に触れておくね。例の、唸るような、地の底から湧き出てくるコード♪♪♪をいかすために、異教的で、原始的なイメージを施したいと思ったんだ。僕が異教的/原始的、といったときに連想するのは、ドラムとか小さな打楽器だ。たとえば、人が骨や木切れを叩く姿とか。でももう少し音楽的な楽器ということであれば、木管楽器。たとえばバス・クラリネットとかバッスーンが生み出す、むずかるような、唸るような、暗く、穏やかな鼓動は♪♪♪、僕の耳にはものすごく土臭くて、古代的な音色に関こえる。そこで、アコースティック・ギターの3つの音から成るこのコードを、ギターではなく、ネアンデルタール風の木管楽器に置き換えてみたら?と思ったんだ。なんだかうまくいくように思えた。ここに僕の大事なCDプレイヤーがスタンバイしてあるので、曲をかけて説明するとしょう。(曲)わかるかな?木管楽器によって別のうぐ、うぐ、うぐう♪♪が演奏されているのが。ものすごく異教的/原始的な感じがするだろ?(曲)そしてここでイースターが舞台に登場。金紙のドレス、さまざまなイースターの飾り物をまとった彼女に、みなさん拍手!OK、いったん曲を止めよう。はい、終わり、と。
それにしてもここは冷えるな。電気ヒーターが「もうそこらへんで止めにして、こっちで温まりなよ」と言っているので、そうすることにしよう。一体全体、この曲がどういう曲なのか?少しでもわかってもらえたならいいのだけど。ぶるる…暖炉で温まろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?